【第1章・章末番外】アゼルとベリスの用語監査(二) 二〇四一年のAIと道具
第1章の記録を開くと、監査卓には今度は製品カタログと組織図が並んでいた。
アゼルは、HoloDockの小さな投影面から半身を乗り出す。
「前回より簡単ね。人間が作った物なら、型番と用途を読めばいい」
「人間が想定した用途と、実際の使われ方は同じとは限りません」
「また注意書きから始めるの?」
「HoloDockそのものに、悪魔を見分けたり呼び出したりする機能があると思われないためです」
アゼルは自分の足元を見た。
「これは、ただの表示機器よ」
◇
【MIRAI Technologies/MIRAI-09】
「MIRAI Technologiesは、玲央と牧野が勤めている企業。
先端AI研究所で、MIRAI-09を開発している」
「MIRAI-09は、開発中の次世代汎用AIモデルです。
日常の予約や議事録作成をするための完成済みAIではありません」
「未知の入力に仮説を立てる。矛盾した条件のうち、何を残し、何を捨てるか提案する。
人間が見落とした組み合わせを計算で広げる」
「そして、自分自身を理解しているような返答をしないか、厳しく評価されていました」
「そこへ、私が返事をした」
「人間側の説明は、異常応答です」
「悪魔側の説明は?」
「三回目へ送ります」
◇
【KANAME/カナメ】
ネイビーのカードが一枚、組織図の横へ置かれた。
「牧野沙耶が仕事で使う、標準的な業務支援AI。表示名はKANAME。呼ぶ時はカナメ」
「共有された予定、確認欄、保存先を整理します。
見えていない情報を推測で埋めず、人間の判断の手前で止まるよう設計されています」
「人間の判断には、私ほど近づかないのね」
「人間が許可した範囲を守っている、と言いなさい」
「正確ね。だから、仕事に使える」
「あなたが有能に見えるよう、カナメを無能に扱ってはいけません」
「分かっているわ。カナメは空欄を空欄のまま残す。
私は、玲央がどの空欄で止まるかを見て、候補を並べる。役割が違うのよ」
◇
【HoloDockシリーズ】
ベリスが、三台の図を横に並べた。
「HoloDockは、AIの姿や資料をその場へ投影し、同席者にも声を聞かせるための汎用機器です。
AIそのものではありません」
「台座から、壁や机の上へ透明な投影面を作る。アバターの声は内蔵スピーカーから出る」
「miniは家庭向けの普及型。枕元や机に置ける小型機です」
「Airは持ち運びやすい軽量型。会議室や外出先で、アバター一体と資料を出すには十分」
「Proは研究所や法人会議室で使う上位機です。
表示が精細で、接続元、投影開始、音声出力などの入出力ログも確認できます」
アゼルが、Proの図を指した。
「ただし、ログに残るのは、登録アバターを何時に表示して、どの経路で声を出したか。
映っていたものがAIか悪魔かまでは判定しない」
「あなたが普通に映るせいで、余計に紛らわしい」
「機械は、渡された姿を出しただけよ」
◇
【MAI-3】
「MIRAI-09とは別のAIです」
ベリスが最初に線を引いた。
「MAI-3は、MIRAI-09と並行して試験されている、建物内の環境や人の動きを捉えるAI。
会議室の利用表示や、照明、空調、ブラインドなどを、建物の状態として扱っている」
「設備を実際に動かす建物側の補助AIとは別です。MAI-3が建物すべてを支配しているわけではありません。
重要な扉、サーバー、電源、非常設備を自由に制御できるAIでもありません」
「ビィも、MAI-3や建物側の補助AIを書き換えたわけではない。
MAI-3の表示先や、補助AIが扱う設備へ、外から直接触れた」
「AIそのものの異常と、表示先や接続先の異常は別です。ビィが起こしたのは、接続先での異常でした」
◇
【Lattice Mind/Lattice Guide】
「Lattice Mindは、『後悔を減らすAI』を掲げる外部企業」
「Lattice Guideは、その選択支援AIの仮称です。
利用者の条件から候補を作り、提示する順番を整え、選ばなかった候補も次の提案や製品改善へ使います」
「選択肢を消さずに、選びやすく並べる」
「ただし、先に何を見せるかで、人の選択は変わります」
「便利だからこそ、誰が順番を決めたか残さなければならない」
ベリスは、監査記録の欄へ印を付けた。
「あなたが言うと、経験談に聞こえますね」
「人間のAIを評価しているのよ」
◇
【Quanta Veil】
最後の企業カードは、黒に近い紫色だった。
「早乙女キリエが代表を務める企業です」
「MIRAI-09の外部レビューにも関わる、人間側の会社。ベリスの権能とは別」
「そこを混ぜてはいけません。
Quanta Veilの技術が、人の記憶からキリエの姿を隠したわけではない」
「会社を作ったのは人間。人の記憶から姿を隠したのは、あなた」
「キリエとの契約に従った結果です」
「自分一体でやったことにしないのね」
「契約していますから」
◇
【業務支援AI/パーソナルAI/技術評価AI】
「この三つは製品名ではなく、AIに担わせる役割です」
「職場で作業を助ける業務支援AI。生活の予定や移動を助けるパーソナルAI。
外部の技術や製品を検討する技術評価AI」
「第1章のアゼルは、場面に合わせて三つの役を使い分けました」
「フリをした、の方が正確よ」
「外から見れば、どれも少し有能すぎるAIでした」
「姿と声を出す機械があり、人間もAIとの会話に慣れている。だから私が混ざれた」
ベリスは製品カタログを閉じた。
「道具の用途を知っても、そこに誰が立っているかまでは分かりません」
「HoloDockに映るのは姿。MIRAI-09の応答欄に並ぶのは言葉。どちらも、相手の正体までは証明しない」
黒い卓上に、一枚だけ別のカードが残った。
次回――悪魔に関係する言葉。
ベリスがカードへ手を伸ばすより先に、アゼルが押さえた。
「次は、全部を説明できると思わないで」
「説明できないのですか」
「説明しない言葉もあるのよ」




