第36話 殿下が、だっ大嫌いッ!
爆裂音の残響が残る第一格納デッキに、怒りに満ちたリファールの声が響き渡る。
「大の大人が恥ずかしくないのかッ!こんな幼い子へ剣を向けるなどッ!!」
突然と侵入した上にシャラサラサの母親と名乗った王妃リファールから、現実の状況とは懸け離れた言葉を向けられたシュラジュラス皇太子は、困惑と苛立ちが入り混じり、面倒くささそうに言い放った。
「何を訳の分からぬ事をいっておるのだ、貴公は。シャラサラサの母親なら、自分の子くらいわかるだろ。余は、幼いシャラサラサとは剣を交えては、おらぬわ」
「何を抜かすッ!じゃあ、見てみろ、おぬしが剣を交えて、冷たい床に横たわっている幼子をッ!!」
「夢でも見ているのか、貴公は」
シュラジュラス皇太子がそう吐き捨てて振り向いた先には、つい先程まで、剣聖ヴァルテウスの太刀筋で圧倒していたシャラサラサの姿は何処にも居なかった。言われた通り、力無く床に横たわっているのは、幼子のシャラサラサだった。
「いや、そんな事はない。先程まで、余はヌロニハールと同じ年恰好のシャラサラサと剣を交えていたのは、間違える筈もない事実だ。そうだろ、ベルベナル」
言葉を向けられたベルベナルは、主のシュラジュラス皇太子へ答える余裕すらなかった。リファールの後を追って侵入したラミリアシャルファースフルの猛攻を躱し逃げ回っていた。
「ちょこまかと逃げるではないッ!我の真紅の神剣クゥルトルフヴァルータで斬られて消え失せろッ!!」
「そこまで愚かではございません。貴方様が振るうその剣、太古に失われた文明の遺物から刀身が成されていると見受けられます。接触した物質を反転させ、消滅させるお力があるようで、今の私と殿下には厄介なお品ですな」
ラミリアシャルファースフルの手を休めない猛攻を防ぐベルベナルの障壁が、その都度消滅しては生成しての反復を、ラミリアシャルファースフルの猛攻が手を休めるまで間断なく続いていたのだった。
決死の逃走を図っている最中のベルベナルからの返事を諦めたシュラジュラス皇太子は、うんざりとした表情一つ顕わにし、気高く剣を向けるリファールへ言葉を投げかけた。
「このベルーチャに穴を開け、ベルベナルが反撃の余地すらなく逃げ惑い、余を一撃で身動きを封じた貴公といい、貴公らは神か」
「如何にも、わらわはこの辺境惑星アースガルズの主神である創造神メヨーテセシュルである」
「人ではないのだな」
「ここに、人はおらぬ」
「じゃあ、話は早い」
「潔く、わらわの剣を受けよ」
シュラジュラス皇太子が剣で受け止めたその刃に、リファールはさらに力を込める。
「まあ、そんなにせかせるでないリファール殿。貴公の名をお聞きしていながら、名を名乗るのを失念しておった。非礼を許されよ。余は、神聖ラ・カラバシュラタ公国第一皇太子シュラジュラス・ペルシャルトーム・ヴァバルフスクと申す。耳にした事の無い国の名だろう。そうだろうシッナシッス帝国皇帝トゥルトゥルバナバナ二世の眷属神であらせられる創造神メヨーテセシュル神よ。余はそのシッナシッス帝国を属国として統治する高次元の神々の一柱である」
「高次元の神が、こんな辺境惑星に何の用じゃ。単なる気晴らしで幼い子や我らいたぶりに来たという事じゃあるまいな。高次元の神、シュラジュラス皇太子殿下よ」
「高次元の神々は、単なる気晴らしで、こんな低次元の辺境惑星へとわざわざ来るものか」
「それ相当の理由があって、ここに参ったという事か。シュラジュラス皇太子殿下」
「そう、その通り、リファール殿。余は、愛しき人の行方を追って参った次第だ」
「愛しき人とは…もしや、ヌロニハールの事か」
「そうだ、リファール殿。余は、ヌロニハールを迎えに参った次第だ」
女性の扱いに慣れていないのか、不器用で半ば強引なシュラジュラス皇太子から解放されたヌロニハールは、冷たい床に横たわるシャラサラサを抱きかかえ、リファールとシュラジュラス皇太子の会話へ振り向いた。
「ヌロニハールは、琉人から生産系魔術で生誕したゴーレムじゃぞ。シュラジュラス皇太子殿下とは、何の接点も無い筈じゃぞ」
リファールの言葉でヌロニハールは思い出していた。そうあの時、長年の間、待ちに待った琉人から呼ばれた。ようやく呼ばれた事に涙して駆け出した。腕を伸ばして、今すぐにでも抱きしめたく駆けていた。そして、何も無かった体の中に自分を取り戻した感覚が蘇り、この世界で気を失っている琉人を抱き締めていたのだった。
「余も琉人とらやとは、何の接点も無い。余が生まれた直後の話なのだが、我国では理解出来ぬ異国の術でヌロニハールは魂と切り離され肉体は滅び、人工的に作られた素体として魂が無いままヌロニハールは永遠の眠りについていたのだ。ある日の事、面妖な事に、素体としてのヌロニハールが忽然と消えたのだ。余は、素体反応だけを頼りに、ヌロニハールを探し回り、漸く見つけ出して素体を回収しようしたのだが、驚いたことに、見つけ出した素体であるヌロニハールが動いているではないか。余は確信したのだ。切り離された魂が戻った本来のヌロニハールが目覚めたのだと。余の目的は達成いたした。余にとってかけがえのない愛しき人であるヌロニハールを連れて帰る次第だ。リファール殿、悪いが貴公らは、消滅してはくれぬか」
「神として、この場で死ねって事か、シュラジュラス皇太子殿下」
「そう、その通り、リファール殿。いや、創造神メヨーテセシュル。貴公らは、高次元の神の事を知り得てしまった。高次元の神の存在は、マザー強制力によって、遠き存在であらねばならぬのでな。それと、この低次元の世界レベルに合わせての活動は窮屈で身動きが取りづらく、もう止めだ」
そう言うや否やシュラジュラス皇太子は、静かに目を閉じ深呼吸し、この世界に合わせたリミッターを解除した。今まで押し込められていた高次元としての神の力が一気に解放し、神ですら畏怖する途轍もない神威を解き放った。
元の高次元の神レベルに戻ったシュラジュラス皇太子の体は、物質や波動等では形成されていなかった。実存する実体として、ただその姿形をとどめているに過ぎないのであろう。凄まじい後光が光芒となり第一格納デッキ内を隅々までを眩い光で満たしていった。
ベルベナルもシュラジュラス皇太子に従い、高次元の神の存在へと戻り、ラミリアシャルファースフルの猛攻を指一本で止め、真紅の神剣クゥルトルフヴァルータの消滅スキルを無効化する虚無の力で、その刀身を包み込んでいた。
瞬時に白銀の光で満たし只ならぬ空気で一変させた、シュラジュラス皇太子とベルベナルから放たれる神威の威圧よって、リファールとラミリアシャルファースフルの心と体は畏怖の念に震え、身動き一つすることすらできなかった。
戦意喪失の蒼白な表情のリファールとラミリアシャルファースフルは自ずと、その場で震えながら跪き頭を垂れ、無言で平伏するしかなかった。
「初めからこうすれば良かったな、ベルベナル。先程までの鬱陶しい手間が省けたな。時間を無駄にした。ベルベナル、消せ」
「御意」
ベルベナルが剣を振り上げ、無抵抗のまま平伏すリファールとラミリアシャルファースフルを切り裂こうとしたその時だった。
「私は、帰りませんッ!シュラジュラス皇太子殿下が、だっ大嫌いだからッ!!」
怒りに満ちた表情でヌロニハールは毅然と立ち、凛とした鋭い眼光の眼差しで、怒りに震える黒き拳を力強く構え、シュラジュラス皇太子とベルベナルへ激しい闘志を向けていた。
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