第1話 女神すらすべて手に入れて異世界転生
穏やかな表情で微笑む好青年が一人、手を振って幼子を連れた親子を見送っていた。
「琉人。お前また人助けしたのか。本当に呼吸するかのように自然に困った人を助けるよね」
好青年の連れか、学生服の灰色スカートを翻し、いたずらぽっく笑うショーヘアがよく似合う女の子は、好青年の琉人の顔を下から覗いてみた。
「からかうなよ。自分がその人をプラスにしているだけだって。単に小さなことだよ」
「小さなことねぇ。じゃ私をプラスにしてよ」
「美沙都をプラスにか。いいよ。じゃあ、何をどのようにしてプラスにしてもらいたいか具体的に適切にお答えください」
「琉人の意地悪」
美沙都はくるりと体を回転し、琉人の背後から抱き付こうとしたが、思ったより勢いよく履いたローファーが脱げ、縁石の段差に躓き、車道側へ倒れて行った。
それに背後の気配で察知した琉人は、咄嗟に体が反応し、俊敏な動作で美沙都の左腕を掴んで引いたら、その反動で自分が歩道から車道の方へ勢いよく倒れこんだ。
「痛っ」
「琉人、大丈夫」
美沙都が道路に倒れこんだ琉人に駆け寄ろうとしたその時、道路に倒れている琉人に気づかない猛スピードの車が美沙都の目前を過ぎ去っていった。鈍い音がした。一瞬だった。美沙都の目の前で琉人が死んだ音だった。
琉人を呼ぶ声がする。
美沙都か。それとも母か。もう朝か。早いな。違う、ここはどこだ。
目覚めた琉人が目にしたのは、透き通る瑠璃色の天蓋から慈愛の光が降り注ぎ、真珠色の雲海の上を清らかな銀の鈴の音と瑞々しい花の香が淡く漂う、いかにも天界という場所だった。
胸の高鳴りがする。死んだのか俺は。ここは天界か。
琉人を呼ぶ声は、目の前の遠くで光輝く光の中からしていた。
「琉人。偶発の出来事で命を落とし、そのまま天へ昇るのだが。我ら神々の計らいで百瀬琉人は、愛する人が待つ現世へ転生する事に決まった」
「神様、お姿を拝見させていただけますでしょうか」
「よいぞ。おぬしは高い徳を積み、我らの祝福を受けておるのでな」
姿を顕現したのは一人の美しい女神だった。見た目の年齢は、17か18歳くらいだろう。ここは日本だからその装いは、白い衣に裳というスカートのような腰衣を重ね、肩には領布という細長い飾り布をなびかせた姿と思いきや、洋式の装いで風に透けるほど薄い白き袖のないロングドレスを纏い、足元には黄金色のサンダルを履き、頭には黄金に輝く薔薇の冠を頂いて、流れるような長髪プラチナブロンドだった。
「琉人よ、おぬしに授ける望む願いなど遠慮せず申せ、叶えて進ぜよう」
頭を垂れ跪き琉人の口元が一瞬ほくそ笑んだ。
「では遠慮せずに申し上げます。私が順に申します願いを一つ一つ何の疑いもなく叶えてください」
「あい、わかったから、申せ」
「では。転生先は剣と魔法のファンタジー異世界」
「あい、叶えた」
「魔術適正は生産系魔術」
「あい、叶えた」
味わったことのない魔力の感覚を琉人は体で感じ、今魔術が使えるようになったと確信した。
「チート能力があり」
「あい、叶えた」
体の奥底から、際限なく溢れ出す魔力の深淵を感じた。
「女神様の寵愛を受ける」
「わかった」
女神の柔らかな温もりが降り注ぐような心地がした。
「女神様が一度だけ俺を抱き締める」
「わかった。今そちらに行くぞえ」
跪く琉人の目の前へ瞬時に現れた美しき女神の全身から、焚きしめられた乳香と古の白檀が混じり合い、清冽な空気が満ちたその香りは、侵しがたい神性と、見る者を平伏させる圧倒的な優雅さを纏っていた。
「琉人、立ち上がるがよい」
すうと背筋を伸ばし立ち上がる琉人を優しく抱擁する美しき女神からは、甘美的な温もりと味わったことのない白き柔肌の柔らかさで意識が飛びそうになった。
「女神様、最後に一つだけお願いします」
「なんじゃ、言うてみよ」
美しき女神は、琉人を優しく抱擁しながら、その耳元で囁いた。
「お名前をお聞きしたいです」
「なんじゃ、そんな事か。よいぞ。琉人が転生するこの世界での我の名は、創造神メヨーテセシュルと呼ばれておる」
「創造神メヨーテセシュル」
「そう、それが我の名じゃ」
琉人はその今の瞬間を逃さなかった。今まさに、今まで胸の内に秘めた神のみぞ知らない願望の第一歩を速やかに実行に移した。
「創造神メヨーテセシュルでは解放されない拘束具を生成し、創造神メヨーテセシュルを拘束する」
美しき女神である創造神メヨーテセシュルから叶えられた生産系魔術のチート能力を発動させ、瞬時に生成された創造神メヨーテセシュルでは解放されない拘束具が創造神メヨーテセシュルの白き柔肌な体を拘束帯がきつく縛りつき、卑猥な姿態を曝け出して、創造神メヨーテセシュルは琉人の前で跪き頭を垂れた。
「貴様っ!琉人っ!こんな我に辱めを行い、神に対する冒涜の大罪を犯した罪、天から直に罪の裁きを受けろ琉人っ!」
「ああ、受けてやりますよ女神様。天罰でも何でも。やっと、やっと、神様に気づかれないよう感覚で願っていた長年の願いの一つが叶う時がキター!」
「何を申しておるのじゃ。長年の願いが一つ叶う時というのはどういう意味じゃ。先程の異世界転生うんぬんの願いではないというのか」
「もちろん一つだけ教えてやります女神様。いや、創造神メヨーテセシュル神」
美しき女神こと創造神メヨーテセシュルは怒りに震える顔を見上げ、見下ろす百瀬琉人の顔を睨んだ。女神の前で仁王立ちしている百瀬琉人は、高い徳を積み神々から寵愛を享受した好青年の百瀬琉人ではなかった。
見下ろす百瀬琉人の視線は、まるで初めての玩具を手に入れた幼児のような、無垢な輝かしい瞳で見下ろしていた。そこには一辺倒の悪意すら存在しない。ただ、目の前の存在を「自由にできる」という好奇心が満たされることへの、心からの、そしておぞましいほど真っ直ぐな喜びがあるだけだった。
「俺の願望のまず一つ目は、神様を自らのものとして扱い利用する」
「自らのものとして扱い利用するじゃと。失笑な。我ら神は一人のものとして利用されるものではないは」
美しき女神は一笑し吐き捨てた。
「だからさ。幼い頃、両親に連れられて訪れた教会や神社、寺院。そこに鎮座し崇められている神や仏に対して、”もの”という概念は果たして通用するものなのだろうかと思ってね。そこから随分と考えた末に、それを実行するには単純な事だと気づいたんだ」
「それがこの有様かっ!」
「そう、女神様。俺の目の前に来てくれてありがとう。もう行こうか。長く此処に留まっていると、厄介な神様たちが大勢で俺を裁きに来そうだから」
「どこへ連れていく気じゃ」
「えっ、どこって。決まっているじゃない。俺と共に異世界転生しようよ女神様」
「我は行かぬ」
「ダメぇ。転生先の異世界でまず初めに、女神様をものとして扱い利用する一つ目の願望から始めて、まだ神様に知られていない願望を異世界で実現する筋書き通りするのだから」
「ものとして扱うじゃと、筋書き通りじゃと、琉人、貴様あと幾つ願望とやらを隠しているのじゃ」
「それは教えてやらない。だから女神様、付き合ってよ。俺の願望を実現する筋書通りのためにさ。じゃあ行くよ」
琉人がそう言ったのが天界での最後の言葉だった。主を失った天界は漆黒の闇に閉ざされ崩壊し無くなった。
そこには美しき女神の姿も百瀬琉人の姿も何処にも見当たらなかった。
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