37.Anything Goes
次の瞬間、僕は元居た大学の部屋にいた。
目がクラッとする。陽光とLED照明の明るさに目が慣れるまで少しの時間が必要だった。それだけでも、あのアダムたちのいた部屋は薄暗かったんだと思い出される。
そんな僕に大音声と衝撃がぶつかってくる。
「しょうく〜ん!祥くん祥くん祥くん祥くん祥くん祥くん祥くん祥くん祥くん祥くん」
「え、あ、マキちゃん?」
「プベラ、ズビッ。しょうく〜ん」
鼻水をたらして顔を少し歪めた笑顔は、決して綺麗ではないけど、とても可愛くって、何となく帰ってきたって気がした。
それにしても、何なんだろうこの人口密度の高さは。まるで一クラスどころか学年の生徒が集まったような雰囲気で、廊下にまで同級生たちが溢れている。
その廊下には壊れたサ◯ちゃん人形のパーツを集めてる子や、物珍しそうに色んな研究室を覗き込んでいる同級生。でも男子たちに一際群がっているのは、あのズボンに炭酸水を入れられた男の人。まだヒリヒリするのか、腰に力が入っていないみたいだけど、必死に隠すように股間を押さえている。絶対に言われてるんだろうな⋯⋯「漏らしてる〜」「お漏らし男」とかって⋯⋯⋯⋯。
そんな喧騒の中で、何故か服部教授が長机を並べ直して一部の小学生を集めて講義を始めている。生徒たちの先頭で真剣に聞いているのはリーダー。横にはアキラくん。何故か翠ちゃんが服部教授の助手みたいな位置にいる。
良兼准教授は、亮太兄ちゃんと雅お姉さんの所で話をしていた。
そこに名犬ジョセフの所で見た肥ったお兄さんがいる。今日も開襟シャツだ。確か、琢三お兄さん。
その琢三お兄さんが僕に気が付いたのは、良兼准教授が僕に声をかけてきた時だった。
「山田少年、こっちに来たまえ。私たちが経験した神秘なる事象を一緒に伝えてくれたまえ。この愚昧なる学生たちは信じようとしないんだ。いいかね────」
亮太兄ちゃんたちといっぱい話をした。
始めは信じてくれなかったけど、話しているうちに少しづつ信じてくれるようになった。
そこで、僕は思い出した。
イブという猿の事。
アダムを襲った凶悪な猿。
その事を言うと、少し気まずそうに亮太兄ちゃんが教えてくれた。
イブは死んだんだそうだ。
檻の中で自傷行為に及んでいたいたイブは、雅お姉さんを見ると、自分のお腹を縦に切り裂いたのだそうだ。
そして、亮太兄ちゃんを見て、嗤いながら近付いてきた。
もう少しで檻の棒に触れれるという所で豹変。手にした金属片で雅お姉さんに襲いかかろうとした。
でも、飛び掛かった瞬間、腹が裂けて内臓が落ちて、死んだらしい。ほぼ即死状態だったと言っていた。
そんな話を小学生にする亮太兄ちゃんも亮太兄ちゃんだ。だけど、そんな亮太兄ちゃんよりも、イブはいったいどんな気持ちだったんだろう?
何故、アダムを襲ったんだろう?
何故、雅お姉さんに襲いかかったんだだろう?
どんな気持ちで死んでいったんだろう?
僕には分からない。
想像できるけど、想像で語ってはいけない事だと思う。
ちなみに、イブの持っていた金属片はアルミで、ビールの缶を引き千切ったものだったらしい。何故、イブがビールの缶を手にできたかについては分かっていない。
取り敢えず、終わったんだと思う。
事件の後、一月もすれば町は何もなかったように、いつも通りの町になった。
警察の上の方は色々とあったみたいで、連日ニュースで取り沙汰されていたけど、幸いにも人に向けての発砲が無かったらしく、上の人の交代くらいで落ち着いたみたい。
よく分かんないけど、おそらくそう。
良兼准教授は、もう一度あそこに行ってアダムと話をするんだと、奇行が増えたと亮太兄ちゃんが教えてくれた。
そんな亮太兄ちゃんのコンビニにアルバイトが一人増えた。雅お姉さんだ。あれから二人は上手く言ってるみたい。クソうざいと琢三お兄さんがボヤいていたから、大学でもあんな感じなんだろう。側にいてイチャイチャしたいけど、気恥ずかしくって、ツンケンする感じ。つまりは、雅お姉さんはツンデレって属性だったって事らしい。
僕の学校の事を言うと、僕たちサンタクローセの発表は、一応は上手くいった。学校近郊危険箇所マップと銘打ったそれは、僕たちの意図とは違う方向に評価されて、何故か自転車で通っても良い道と悪い道の区別に使われている。自転車の違反でも罰金刑に問われるようになったかららしい。でも、小学生は関係ないのに⋯⋯⋯⋯。
そして、僕は今日も色んな本を読んでいる。
アダムが教えてくれたんだ。
『エニシングゴーズ』踊る哲学者ポール・ファイヤーベントの言葉──直訳すると『何でもあり』。でも、そこに込めた意味は、色んな本を読み、経験して、様々な価値観の視点を持てって事らしい。
だから、僕は本を読む。
そして、色んな事を知っていく。
色んな疑問を見つけていく。
だって、僕は一人の哲学者だから。
─────────────────
「でね、でね、マキはね、祥くんの事がだぁい好きなの」
「キキィキキィキィキイキキィ」
──カチャカチャカチャカチャカチャ
「なるほど、『愛』だね。興味深い題材だ」
「うん、愛なんだよ」
「亮太〜大好き!」
「何だよ急に」
「だから、大好き!」
「俺も好きだよ!ずっとずっと前から」
読んでいただきありがとうございました。
最後は大好きなポール・ファイヤーベントで締めさせていただきました。
また、別の作品を頑張っていきたいと思いますので、その時はまた、応援よろしくお願い致します。




