第12話
「ゆかりちゃんともっと親睦を深めたい」
「……はぁ」
朝顔がそんな事を言ってきた。
当のゆかり本人は散歩中で不在である。
「打ち解けてる方だと思うけど」
「甘いよ縁くん、お兄ちゃんとしてもっと気を使わないと。一枚の毛布で雑魚寝できるくらいが理想だよ」
「それは人によるんじゃないかな……」
パーソナルスペースの問題である。
「そこで!」
バン!とスケッチブックをテーブルに置く。
そこにはサインペンの殴り書きでこうあった。
『ドキドキ!夜の廃校肝試し』
この村の小学校が廃校になったのはもう何十年も前のことだが、地域行事などに利用され公民館代わりになっているので廃墟感は余りない。
月に一度は町内会の有志で掃除されているし、電気も水も通っている。
改修工事も何度か行われていて、階段などには老人向けのスロープや手すりも完備されている。
「こっちの小学校ってこんななんですね」
『夜の学校は怖い』という先入観が無いのか、そもそもそういうタチなのか、ゆかりはけろっとした顔で物珍しそうに暗い廊下を眺めている。
暗くて少々不気味とはいえ勝手知ったる場所であり、朝顔も特に怖がるとかそういうことも無い。
僕もだいたい同じである。
三人揃って、懐中電灯で周りを照らしながら淡々と進んでいく。
……一応肝試しの体だというのに、誰も怖がっていないので何の集まりか分からない。
「二人とも、この学校に通ってたんですか?」
「いやー、私たちの頃にはもう廃校になって公民館みたいになってたな。私と縁くんは通信教育だったよ」
教室の中には今も児童用の机と椅子が残されてはいるが、たまに交通教室か何かに使われるくらいで殆どインテリアと化している。
偉人の肖像画の目が光ることもなく、人体模型が走り回ることもない。
初秋の肝試しはつつがなく過ぎていった。
最初は。
「む、虫が多い……」
ゆかりは震え上がっていた。
この学校は後方が山に面しており、正面玄関側はそうでもないのだが山側の校舎には虫がわらわら入り込んでいるのだ。
常夜灯に群がっている羽虫を見た時など、ゆかりは悲鳴をあげて縮こまってしまった。
「こういう肝試しだったとは……酷いこと考える」
「いやいやそんなつもり無かったから」
素手でゴキブリを掴んで放る朝顔からすれば日常的光景だが、ゆかりからすれば閲覧注意映像らしい。
「あっ」
という声は、僕が出したのか朝顔が出したのか。
窓から勢いよく飛び込んできたメスのコガネムシは、何故だか一直線にゆかりに飛び込んでいった。
「ごめんねゆかりちゃん、ごめんねぇ……」
「大丈夫です、大丈夫、ちょっと腰は抜けちゃいましたが……」
めそめそ泣いている妹を背負って帰っている。
朝顔も珍しく申し訳無さそうにめそめそしていた。
それを見て、ゆかりもなおさら申し訳無さそうな顔をする。
「……」
……僕は思わず笑ってしまった。
「あーっ、性格悪い」
「あははは」
僕は笑った。
笑いながら帰った。
ゆかりも少し、背中で笑っていたような気がする。