十二話 冤罪マッタナシ
中央騎士団本部、その最上階は、普段とは明らかに異質な雰囲気を醸し出していた。
そこには会議室や団長室と言った部屋が集中し、朝から深夜まで騒がしい場所だ。
だが今日は、全くの静寂、そして時々水音が滴り、生臭い臭いを充満させている。
その人の束の上を、一人の女性が歩いている。
濁った金髪や手足の鎧は少量の血を吸い、どんな刃よりも鋭い眼差しは、その向かいの漆黒の人影を捉え、今にも突き刺さんとばかりに睨みつけていた。
その影は、人の形こそしていたが、その眼は紅く、身体中からは黒い羽根を生やしていた。
廊下に倒れている兵士の死体には、無数の羽根が突き刺さり、無残にも引き裂かれていた。
そしてその女性、ジェイルは口を開き、その眼差しよりも遥かに鋭い声で人影に問いた。
「やはり…貴様…」
人影が背中から黒い棒のようなモノを生やすと、そこからドロドロとした黒い液体が垂れ、翼のようになった。
そこから発射される粘性の弾を剣で弾き、ジェイルは距離を詰めていく。
首に向かって薙ぎ払われた刀身は鳥人間の腕に止められ、少し刃がこぼれる。
「最初から黒翅族など信用に値しなかったのだ!!」
鳥人間『ゲノム』はその言葉を無視し、剣を鷲掴み。
徐々に音を立てて軋み、やがて粉々に砕け散る。
同時にジェイルは飛び跳ね、壁にかけてあった別の剣を取り、再び切りかかる。
「ダザムめ…! ヤツが手引きしていたのか!?」
ゲノムは右手に翼から出た粘性の液体を垂らし、握る。
するとそれが徐々に伸び、大太刀を形造る。
二つのエモノが鍔迫り合う度に、ジェイルの剣は溶け、破片を散らしていった。
やがて飛び散った液体がジェイルの左頬にかかり、一瞬動きを止める。
翼がジェイルを吹き飛ばすが、ジェイルは地面を踏み締め、そこへ剣を突き刺す。
左頬の液体を拭うと、恐ろしい顔を現した。
ジェイルの左頬は耳元まで大きく裂け、それを化粧で隠していたのだ。
そこを撫で、ジェイルは笑った。
「はは…ハハハハッハッッッッッ!!!!」
直後姿を消し、ゲノムの肩を切り裂いた。
動揺し、振り向くゲノムに、不敵な笑みを向ける。
「すまんな、遊びすぎた」
ジェイルが横に剣を薙ぎ払うと、ゲノムの上半身は吹っ飛び、それに気づかず下半身が後退り倒れた。
「死ね」
地べたを舐める上半身に剣が突き立てられると同時、ゲノムの身体が黒い粘液となり、外へ飛んでいった。
「ッチ」
「団長…ッ!?」
駆けつけた団員の眼にその惨状とジェイルの裂けたが入り、思わず尻餅をつく。
「騎士団全隊に伝えろ、レヴィオス・ワーグス、フェーズの二人を追跡、抹殺対象に、そしてダザム・バスコを騎士団から追放、同じく追跡、抹殺対象とする」
「…あ」
「早くしろ!叩っ斬るぞ!」
「は、はいッ!!!」
一目散に階段を降りる団員に舌打ちをし、左頬を撫でた。
「…口当てでもするか」
そう言い、団長室へ姿を消した。
翌日、任務から帰ってきた三人を、大量の騎士団員が囲み、銃やら剣やらを構える。
「…おーい、なんかあっ———」
言い終わらぬ内に団員の一人が引き金を引き、その弾を死神の腕が弾いた。
「貴様を殺す」
困惑する三人を無視し、団員達が距離を詰める。
「あー待て待て、少し待てよ〜」
その奥からの声に、団員達が止まる。
やがて声の主は姿を現した。
2mを優に超えた巨体に薄汚れた白の外套を羽織り、肩にはその巨体に負けず劣らずの巨大な銃が掛けられていた。
「…バコプロ」
中央騎士団第三部隊長、バコプロ・ルッテンバウワー。
その丸く、巨大な瞳は、三人を映し、その中の一人、ダザムへ目線を絞った。
「やあダザム、説明求むぜ」
重低音の、だが軽さを感じる声で、余裕そうに笑った。
「そこのヤツが黒翼展開の姿になって本部を襲撃したらしいが…」
ダザムは顔を少し顰める。
ダザム達元少年兵は、騎士団が規模を拡大するにつれて立場を失っていった。
対してバコプロは地方で実績を上げ、実力で成り上がった騎士だ。
言葉を間違えればこの場で三人とも蜂の巣だ。
「…俺達は二日前からずっと任務に赴いていた、本部に戻るヒマはなかった筈だ」
「だが、あの力なら可能じゃないのか?」
「確かにそうだが、コイツらはずっと俺といた」
「ふ〜ん、でも、テメエは証人としての信用に値しないよな」
バコプロが肩に下げていた銃を取り出し、被せていた布を取った。
そしてそれを地面に向け、徐に弾を込め出した。
「テメエらを疑ってはいるが、別に今すぐ撃ちてえわけじゃない、殺されたのは第一部隊だからな」
「ルッテンバウワー! 貴方はそうかもしれませんが、私は違います!!」
団員を掻き分け、一人の男がバコプロの肩に掴みかかる。
「あー… そうか、そうだったな、お前は元第一だったか、イジョスウ」
髪の右側を後ろにやり、左前髪を顎まで垂らした男、イジョスウは、レヴィオスを睨みつけた。
「必ず殺すぞ… 仲間の恨みを晴らす!!!」
「待て待てイジョスウ、まだコイツらと決まったわけじゃない」
「でもこのガキは黒翅族だ!」
フェーズを指差し、下唇を噛み切った。
「フウ゛ウ゛」
レヴィオスはバコプロとイジョスウから眼を離さず、フェーズを抱き抱えた。
そして小声で耳打ちする。
「フェーズ、いざとなったらゲノムになってこの場を逃げる」
「逃げるって…!?」
「どうせ何があっても俺達は縫血を殺せれば良い、そうだろ」
「…それは、そうッスけど…」
その直後にイジョスウがレヴィオスの胸ぐらを掴み、顎を尖らせ威嚇がてら怒鳴る。
「アアアッー!!! 何言ってんだお前ッ!? お前ッ!!!!!」
明らかに錯乱しているイジョスウを後方へ引っ張り、バコプロがレヴィオスに銃口を向けた。
引き金に指はかかっていない。
「さあ、尋問の始まりだ」
十二話です。
そろそろ書くことが無くなってきました。