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食事

まだヒロインの名前が出てこない……次で出します。

 かつてこの場所には、この地を治めた貴族が造らせた見事な城があった。しかし、悪魔に魂を売り渡し、圧政を敷いた君主は、怒りを爆発させた農民による襲撃をうけ、激しい戦の末、遂にこの城内で討ち滅ぼされた。城には火が放たれ、木造部分はほとんどが焼け落ち、あちこちに破壊の跡が残り、かつて立派に聳えていた東の塔などは完膚なきまでに崩壊し、今や瓦礫の山と化していた。


 原形を残した部分も荒れるにまかせて放置され、無残な姿をさらしている。


 そんな廃城を根城にしているのが、少女を蘇らせたと宣う怪しげな男だった。


 彼は自分を魔術師だと言った。名はグレイ。


 二人のいる食堂は周りの荒廃した様子とは打って変わり、人が生活できる程度には調えられていた。貴族の城らしい広い空間には不釣り合いな簡素な木のテーブルと椅子だけが備えられ、テーブルの上では、いつの間に用意したのか温かい食事が湯気を立てていた。


 男はローブを脱いで椅子に腰掛けると、早速食事を取り始めた。


「先ほども言ったが、おまえは一度死んだ」


 スープを流し込み、パンをかじりながらグレイは説明を続ける。


「そして、俺がおまえを生き返らせた。理由は――単純に人手が足りないからだ。おまえには、家の雑務と、俺の実験の手伝いをしてもらう。説明は以上だ」


「はい」


 明らかに情報の足りない乱暴な説明を受けて、しかし少女は一切の疑問を口にせず、ただ一度肯いた。


 そのまま少女は食事を続ける男をじっと見つめる。その表情からは、恐怖や怒り、喜びや悲しみ、いずれも読み取ることはできず、目覚めた直後と同じように、状況についていけず、放心しているようにも見えた。しかしそれにしてはここまでの足取りや受け答えはしっかりとしており、単に表情に乏しい性格なのだろうとグレイは結論づけた。


「……」


「……」


 少女は無言のまま、グレイの食事を眺め続ける。


 グレイもグレイで、告げるべきことはすべて告げたとでも言わんばかりに食事に専念しており、一言も話そうとしない。


 地下室とは違った意味で、恐ろしい沈黙がその場に降りてきた。


「なんか喋れやおまえらぁあ!!」


 沈黙に耐えかねたか、その静寂を破るように、テーブルの下から何かが飛び出した。それは一匹の蝙蝠だった。だが、その蝙蝠は明らかに普通ではない。蝙蝠のくせに一切羽ばたきもせずに宙に浮かび、片翼でグレイを指差し、がなり立てているからだ。


「騒がしいぞ。何の用だ」


「何の用だ、じゃねぇーよ! オイラが今日一日どれだけ働いたと思ってんだ! そこの女を運んで、街に女物の服まで買いに行って、飯を用意したのもオイラだ! そんな働き者の使い魔に、ねぎらいの言葉一つも無しとはどういう了見だああん!?」


「そうか。ご苦労」


「張り倒すぞ!!」


 騒ぐ使い魔は、今度は少女の方に向き直った。


「おまえもおまえだ! 何だよさっきの会話はよぉ! 何でもかんでもはいはい納得しやがって。普通こういうときはもっと聞くこととか言うこととかあんだろ! 『どうして私死んじゃったのよ!』とか、『早くおうちに返してよ!』とか」


「どうして私は死んでいたのでしょうか」


「いや、知らんけど。見つけたときにはもう冷たくなってたし」


「私の家は何処にあるんでしょうか」


「や、それもちょっと、わかんないけど」


「…………」


「な、なんだよ。別に答えられるとは言ってねーだろ……」


 露骨に目を逸らす使い魔に代って、食事を終えたグレイが口を開いた。


「死体の状態から見て、恐らく餓死だろう。酷く痩せこけていた。今もだが」


「そう! 餓死だよ。俺もちょうどそう言おうと思ってたんだ」


「ところで」


 グレイは言葉を切って、少女の前に置かれた食事を指差した。


「食わないのか? 腹は減っているだろう。そのせいで死んだほどだからな」


「あの……えっ、と」


「ふむ。やはりその身体には、こちらの方が相応しいのかな?」


 そう言うと男は服を軽くはだけさせ、白い首元を晒した。


 少女はその光景を食い入るように見つめ、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「はぁ? 何やってんだグレイ。おまえいつの間にそんな趣味に目覚めたんだよ」


 使い魔の言葉を無視して、グレイはまっすぐ少女を見据えた。少女は正気を無くしたような眼差しでフラフラと立ち上がったかと思うと、テーブルを乗り越えてグレイの首筋目掛けて飛びかかった。


「おわっ! なにしてんだおまえ、食事中だぞ!」


 狼狽える使い魔をグレイが黙らせる。


「おまえこそ静かにしろ。食事中だぞ?」


 少女がグレイの首筋に鋭い牙を突き立て、血を啜っていることに気付くと、使い魔は息を飲んだ。


「――吸血鬼、か?」


 グレイが笑って肯く。


「生き返らせるついでに、こいつを吸血鬼にしておいた。人間の身体は脆弱だからな」


「おまえ……どうしてそんな……」


 そうこうするうちにも少女はグレイから血を吸い続け、みるみるうちに生気を取り戻していった。痩せこけていた頬は張りを取り戻し、手足にも肉がついて完全に本来の美しさを取り戻した。


 美しい黒髪の少女が、男の身体にしなだれかかり、恍惚とした表情でその首筋に顔を埋めている。吸血鬼による「食事」。神を冒涜するその光景は、いっそ神聖で不可侵ですらあった。まるで一枚の絵画のように、見るものを引きつける魅力があった。


 やがて満足したのか、少女はグレイの首から口を離した。グレイの首には小さな孔が二つ空いて、そこから血が僅かに垂れていた。


 一方、大量に血を吸われたはずのグレイは、さして痛痒は感じていないようだった。少女が離れると、すぐさま立ち上がる。


「さて、食事も済んだところで、早速働いてもらおう、といいたいところだが、今日はもう休め。部屋を用意してある。おい、案内してやれ」


 未だに呆けている蝙蝠に指示を出す。


 そのまま食堂を出る前に、一度だけ少女を振り返った。


「明日からはしっかり働いてもらうから、そのつもりでいろ」


「はい……」


 少女はその頬を僅かだけ色に染め、肯いた。口の中に残る血の味をじっくりと確かめながら。





 吸血鬼って人を襲うのが大半だけど、生前と同じように家の手伝いをする者もいたらしい。夜遅くに墓から出て来て、牛に畑を耕させるのです。死んでまで働くなんてなんて働き者なんだと思う。

 けど、一番働いているのは、昼も夜も同じようにこき使われる牛さんなのであった。ナムサン

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