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193・オノノケ③

理不尽(りふじん)な……ソドミー……」


 無意識に、繰り返していた。

 悪魔が口にした名を。

 それは、耳の底まで浸透してくる呪言のような響きを伴っていた。


『キキキキキ……ヒデぇハナシだよなぁ〜〜……いくらコウゲキしてもキズひとつつきゃしねぇんだぜぇ〜〜……フコウヘイだろぉ〜〜……? フジョウリだろぉ〜〜……?』


 呪名(じゅめい)(あるじ)が語りかけてくる。

 死海の抱擁をすら意に介さぬままで。


「自分でいってりゃ世話ないぜ。歪名(ひずみな)ってのは、どういう意味だ?」


『コトワリをユガませるノウリョク……瘴域魔技(デビルズ・スキル)をモツモノだけがナノレるフタツナのコトさぁ〜〜……オレたちはあのおカタ……ゲルン=ワイプサマのチをサズかってナをエたぁ〜〜……いわばエリートってワケよぉ〜〜……』


「ゲルン=ワイプ……? 血を授かった……?」


「マカイをスベるキゾクのヒトリでなぁ〜〜……シハイカイキュウのチには瘴域魔技(デビルズ・スキル)をメザメさせるチカラがヤドってんだよぉ〜〜……ただしぃ〜〜……』


「何か、条件があるのか」


『スキルをモッてねぇとぉ〜〜……魔血(マケツ)にクワれてシんじまう……ナイゾウからゼンシンをムサボられてなぁ〜〜……キキキキキ……』


 どうやら瘴域魔技(デビルズ・スキル)とは、全ての悪魔が持っている訳ではないらしい。

 潜在的な力が眠ってないと、魔血(まけつ)とやらの餌食になって絶命する、という事か。


「なんだよ。要は、恵んでもらった能力(ちから)でイキってるだけなのか。大したエリート様だな」


 皮肉に、ソドミーがすっと目を細めた。

 しかし、すぐに薄ら笑いを浮かべ直して鷹揚にいった。


瘴域魔技(コレ)をモッてるヤツぁよぉ〜〜……イチマンニンにヒトリいるかいないかでなぁ〜〜……あるってだけでトクベツなんだよぉ〜〜……だぁ〜〜かぁ〜〜らぁ〜〜……』


 ゴッ……ポン……!!


「なっ……!!?」


「こぉ〜〜んなマネもぉ〜〜……できるんだぜえぇぇ〜〜……」


 まるで、そこに何もないかのような自然さだった。

 呼び出した蒼海(そうかい)の柩ーー海胎柩籠(ぼたいきゅうろう)の中から、平然とソドミーが出てきたのだ。

 水圧の影響はもとより、積層型立体魔法陣によって閉じた結界すら意に介してはいなかった。


「動きを封じる事すら……できないのか……」


「そりゃあそうだろぉ〜〜……ヨォ〜〜くミテみろよぉ〜〜……オレのカラダをぉ〜〜……」


「身体を? ……!!?」


 いわれるがまま注視し、そして目を見張った。

 今の今まで水の中にいた全身が、乾いているのだ。

 両腕を広げたソドミーには、水滴の一粒すらついてはいなかった。


「シュウイがどんなジョウキョウだろうとぉ〜〜……イッサイのエイキョウがないゼッタイリョウイキをぉ〜〜……ツネにマトッテるんだぜぇ〜〜……キッキキキキキィ〜〜……」


 魔力の供給を止めた。

 四層の魔法陣が上から順に消えていき、異界の海も消失した。


「……って事は……シリーの結界も意味がなかったのか……」


 物理・魔法対応型の見えない完全防御。それを魔力ではなく、瘴気というこの世にあらざる力で生み出す能力。

 まさに……


「理不尽極まりないな……」


「だぁろぉ〜〜……? キキキキキ……んじゃまぁ〜〜……リカイできたトコでぇ〜〜……そぉ〜ろぉ〜そぉ〜ろぉ〜〜……」


 フッ……!!


「シね」


「!!??」


 ソドミーが消えた。背後。冷たい殺気。背筋を舐めた。察知する。本能が。反応する。身体が。頭を下げた。風を巻く音。空気が引き裂かれた。


 ギャウッッ!!


 後頭部を掠めた。鋭利な爪。五本の殺意。爪風(そうふう)が、埃を巻き上げた。


 ブオオォォォ……ッ!!


「……っく!!」


 前傾姿勢から床に手をついた。身体を反転させて距離を取った。顔を上げる。砂が舞っている。細めた目。映ったのは、笑う悪魔の凶相だった。


「キイィ〜〜ヤッハアァァァ〜〜!!」


 ヒュッ……!!

 ボボボボボッッ……!!


「チィッ!!」


 ギキキキキッッ……ンン!!


 舞い踊る砂煙に穴が開いた。貫手の左右五連突き。直剣(ショートソード)で防いだ。


「っぐ……!!」


 速い。そして、重い。

 痺れが両手から腕に登ってきた。声が食いしばった歯の隙間から漏れ出した。


「ヒュウゥゥ〜〜……ッハアァッッ!!」


 ソドミーが踏みこんでくる。足が振り上がる。右のミドルが脇腹に迫ってきた。バックステップ。蹴りとは名ばかりの斬撃が、腹部を掠めた。


 ズッ……シュウウゥゥゥーーッッ!!


 衣服が斬り裂かれる。風切り音が知らせてきた。人間離れした脚力。速度。そして足爪(つめ)の斬れ味。食らう訳にはいかない。迂闊にガードもできない。緊張感が肌を灼く。臓腑を掴む。


「ッキャァッ!!」


 振り抜かれた右足(きょうき)。すぐに戻ってきた。(かかと)が跳ね上がる。狙いは右の側頭部(テンプル)ーースウェーバック。上体を後ろに反らせた。見切りは完璧だった。(かわ)せる。腕に力をこめた。


「ふうぅっ!!」


 ここでカウンターを取る。両手持ちの斬撃。斬れなくても構わない。打ちこんで押し戻す。いったん距離を開けるために。

 意識して地を踏みしめた。不安定な体勢を下半身でしっかり支える。ヴェルベッタがしていたように。

 腰を切った。

 刃先が奔る。


 ギシュンッ!!


「!!???」


 その、直前だった。


 ザッッ……!


「っぐっっ……!!」


 シュウウゥゥゥーー……ッ!!


 見切ったはずの(かかと)が一瞬光った。反射的に身体を(ひね)った。右の頬。熱が走った。鮮血が散った。焼けるような痛み。紅に覆われた視界の中。ギラリと光を放っていたのはーー


「くっ……そっ……!!」


 (かかと)から飛び出た、鋭利な刃だった。


「これでシマイだぁ〜〜ニンゲンんんん〜〜っっ!!」


 覆いかぶさるようにソドミーが爪を振り上げた。打ち下ろしの貫手でトドメを刺しにくる。

 咄嗟に左手を突き出した。魔力を集中した。


爆焔光(バズティル)!!」


 カッ!


「!??」


 ドオオォォーー……ッン!!


 歓喜に歪む凶笑、その鼻面(はなづら)に魔法をお見舞いした。爆風を利用して背後に跳んだ。距離を取って着地する。

 渦巻く煙の中からソドミーがのっそりと出てきた。


「キッキキキィィ〜〜……! いいねぇ〜〜……いぃ〜〜いワルアガキだぁ〜〜……やっぱりニンゲンガリはオモシレぇなぁ〜〜……キキキキキ……」


 頬に触れた。血がべっとりと右手を濡らした。腹部に目をやった。衣服がスッパリ斬り裂かれていた。


「爪以外に(そんなもの)を隠してたとはな。人……いや、悪魔が悪いぜ」


「アタリマエだろぉ〜〜……だからアクマってんだからよぉ〜〜……」


「なんだ。自覚はあるんだな」


「オレはテメェらみてぇによぉ〜〜……イイコちゃんぶりゃしねぇのさぁ〜〜……ヒトカワムキャあクソみてぇなホンショウがデテくるくせによぉ〜〜……ゼンニンでございってツラしてやがるニンゲンどもみてぇにゃなぁ〜〜……」


 せり出した目を細めて、ソドミーが笑みを浮かべた。

 卑しく、醜く、凶暴で、凶悪。

 その上、人間離れした力と、常識を歪ませる能力(ちから)を持っている。

 人類にとって最悪の存在。具現化した脅威。

 集中力を切らせたら、()られる。


「それじゃあツヅキとイコウかぁ〜〜……ここからはよぉ〜〜……」


 ギシュン!

 ギシュシュシュッンンンッ!!!


「!!??」


「ナンイドアップだぜぇ〜〜……」


 緊張がさらに高まった。

 両手首と、両肘。刃渡り三十センチ程の曲刃(きょくとう)が四枚、出てきたのだ。

 さらに、右足がゆるゆると上がった。


「アトはここからもダセるからよぉ〜〜……キキキキ……」


 ギシュンッ!!


「キをつけてなぁぁぁ〜〜……」


 左右の(かかと)を合わせて、合計六枚。青白い刃が、悪魔の凶威(きょうい)を底上げする。

 (かかと)の曲刀をしまい、ソドミーが前傾姿勢を取った。


「キザんでやるぜぇ〜〜……ニンゲンん〜〜……」


「やってみろよ。やれるもんならな」


「ッッシャアァッ!!」


 ボッ!!


 四刃(よんじん)を引っさげ、凶魔(きょうま)が突っこんできた。瞬時に制空圏に達する。広げた腕で刃が光る。低い体勢の顔面へ直剣(ショートソード)を突き出した。


「シッ!!」


 ボヒュッ!!


「キッキャアッ!!」


 バッ!!


 上に跳ばれた。そのまま身体が一回転した。頭上。(かかと)の刃が降ってきた。サイドステップ。身体を右に開いて躱した。曲刀が鼻先を通りすぎる。空気が縦に分断される。ソドミーの右足。目の端に映った。直剣(ショートソード)を持ち上げた。左足を引いた。身体を(ねじ)った。左からの回し蹴り。刃で受け止めた。


 ガキイィィーー……ッン!!


「ぐっ……ぉっ……!!」


 襲ってきた右足に体重をかけた。押し落として動きを封じた。手首を返す。胸元目がけて剣を振った。左からの横薙ぎ。ソドミーの上体は前のめりになっている。足が地についていない。体勢は変えられない。ガードも間に合わない。


 入る!!


「らぁっ!!」


 ゴッ……ギイイィィーーッン!!


 刃が胸板に直撃した。衝撃でソドミーの身体がのけ反った。追撃しようと一歩踏みこんだ。

 その時だった。


「っ!!??」


 何かが光った。ハッとした。身体が硬直した。眼前。それは突如として現れた。理解が及ぶ前に染まった。視界が。紅に。

 すぐさま貫いた。激痛が。上半身を。視線を落とした。ソドミーの左足が上がっている。

 状況を把握した。

 紅の正体ーー鮮血。

 そして、目に映った光る異物の正体。

 それはーー


 ……シュウウゥゥゥーー……ッッ!!


「バ……カな……!!」


 膝から突き出た、曲刀だった。


「キイィ〜〜ッキキキキキイイィィィ〜〜ッッ!!! イイワスレてたがなぁ〜〜! ここからもダセるんだよおぉ〜〜っ!!」


 着地したソドミーが、大口を開けて笑っていた。

 腹から胸までを斜めに斬り裂かれたオレを見下ろして。

 新たに膝から突き出た刃もまた、血濡れの歓喜を享受(きょうじゅ)しているかのようだった。


「まだ隠してあったとはな……お前の方こそ、手品師みたいだぜ……」


「キキキ……ハナビもミズゲイもデキねぇカワリにぃ〜〜……ヒトツいいコトをオシエてやるよぉ〜〜……」


「いい事……?」


「テメェはよぉ〜〜……コウゲキがキカねぇってとこにキをトラレすぎてぇ〜〜……もっとカンジンなコトをミオトシてやがるのさぁぁ〜〜……」


「肝心な事……だって?」


「バァ〜カァ〜があぁぁ〜〜っ!! まぁ〜〜だワカラねぇのかよぉ〜〜!! オレのノウリョクはよぉ〜〜! ジブンがコウゲキするトキにこそシンカをハッキするんだぜぇ〜〜っ!!」


「っ!!??」


「キキキキ……よぉ〜やくキヅイたみてぇだなぁ〜〜……」


「……っぐ……!!」


 そうか。


 ここにきて、オレは認識の間違いに気がついた。

 攻撃が通らないという事は、防御する必要がないという事だ。

 しかし、メリットはそれだけじゃなかった。もう一つあるのだ。

 むしろそっちの方が、闘いを有利に進められる大きなメリットといえる。

 ソドミーの能力を最大限に活かした闘い方。

 それは……


「カウンターが……取り放題って事か……」


「そおぉ〜〜だ!! どんなにウゴきがハヤかろうがっ! ボウギョがウマかろうがっ! コウゲキのトキにゃあカナラずスキがデキる!! バカでかいスキがなぁ〜〜!! よけるヒツヨウがねぇオレはただぁ! クラいながらホオリコンデやりゃあいいのさぁ〜〜!! こぉ〜〜んなフウにいぃ〜〜……!!」


 ソドミーがこれ見よがしに膝を上げた。

 その顔は、血を吸った刃よりもさらにーー


「チメイテキなイチゲキをぉ〜〜……なあああぁぁぁ〜〜……っ!!!」


 黒い愉悦にぬめついていた。


「さぁ〜てぇ〜〜……コマッタなぁ〜〜……ニンゲンんんん〜〜……」


 鉄壁の防御が、攻撃(カウンター)を当てる手段として機能している。つまり、最大の武器にもなっている。

 まさに攻防一体ーーつけ入る隙のない、無敵の能力だった。


「さっきまでのイセイがなくなってきたみてぇだがぁ〜〜……どおぉ〜〜するつもりだぁ〜〜……? キッキキキキキィィ〜〜……」


 技術のなさを補って余りある力と速度による攻撃。いつまでも躱し続けられるものじゃない。

 かといって下手に反撃すれば、死につながるカウンターが正確に飛んでくる。


「どうする……だって? そんなもん……」


 絡め取られていた。蜘蛛の巣にかかった蝶のように。

 ここから逆転する手段。方法。あるいは、突破口。

 もし、あるならば……


「こっちが聞きたいってんだよ、バカヤロウ」


 偽りのない言葉に、悪魔(ソドミー)がさらに口角を吊り上げた。

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