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第5話 英雄、人狼、手

「伶、アレは誰ですか?」

「大戦のときの有名人よ。まだ生きているはずだけど」


 圭が運転する四輪に乗って、サギリの集落へ出発してから1時間ほどが経った。偲は私と一緒に後ろの方の席に座っていた。隣にいる私に、偲はずっとこの調子で、色々なことを尋ねてくる。次の関心は、女性軍人の銅像のようだ。


「有名人?」

「そう、英雄。旧暦が終わったときの大きな戦争あるじゃない?」

「知りません」


 偲はあざとく首を傾げている。

 てっきり、大戦のことくらい、偲なら知っていると思っていたのでその反応は意外だった。


「ん。正直でよろしい。――私がちょうど偲よりも小さかったころに、ひどい戦争があってね。世界中の国が戦って、滅ぼしあった。このあたりの地域にあった国も例外ではなくって。そのときに活躍した軍人があの像の女の人」

「変な感じですね。個人を祭り上げるなんて、ちょっと古典的といいますか」

「大戦の前まではね。でも、大戦のときには、個人で戦場を変えちゃうようなやつらが世界中にそれなりの数いたのよ。一種の人間兵器というか」


 空を飛び、火を吹き、稲妻を纏う特異体質者たちは、ある日突然世界に現れた。彼らは、しばらくは上手くやっていたけれど、戦争で人間とは思えないような力を振るっているうちに、気付けば『ファンブル』なんて呼ばれるようになっていた。


「でまあ、あの像の軍人もファンブルだったんだけれど、ただ、活躍しすぎちゃってね。彼女の1人のせいで他の国が手を組んだ結果、この国は見ての通り瓦礫の山になった」

「……ふうん。出来の悪い三文小説みたいですね」


 自分のよく知らないことに、偲が食いついてくるのだが、今回は珍しくそうならなかった。

 沈黙が流れる。もう遠くなってしまった銅像を再度振り向いて眺めると、風雨にもう二十年近く晒されているために、銅像はぼろぼろだった。誰も彼もが憧れた、彼の軍人の輝きは欠片も感じられない。これ以上感傷にひたってもロクなことはない。話題を逸らそう。


「あなた、食器の使い方とか妙なことには詳しいのになんで、大戦のことは知らないのよ」

 

 とりあえず、となりに座っている少女の知識の偏りについて聞いてみることにした。見た目からして、偲があの戦争を直接は知らない世代であることはほぼ確実だろう。それでも、それ以前の世界と文明を「旧暦」などという一語に押しこめたほどの大戦を知らないとは考えにくかった。


「……私が知っているのは、大戦以前のことだけなんです。その、それしか、教えてもらえなかったので」

「そう。じゃあ、聞きたいことがあったら聞いて。答えられることなら答えるから」


 露骨に答えに窮した偲を見て、私は会話の展開を偲に任せることにした。

 私と偲は、お互いのことをほとんど知らない。私が偲について知っているのは、「施設」と呼ぶ場所から逃げ出してきたこととか、異様なほどに色々なことを知っているということくらいだ。偲が私について知っていることも、大して多くはないだろう。


「伶さん、『獣』のお話をしてもいいでしょうか」


 私たちが黙ったのを機に、圭が話しかけてきた。私がずっと偲と話し込んでいたので、話しかけるタイミングがなかったのだろう。


「ええ、お願い」

「ビルでもお伝えしましたが、今回の『獣』は人型のようです。遭遇した者によれば、少なくとも人間以上の走力を持っていたらしいですね。また、特徴らしい特徴について言えば、頭部が肥大化していて、触手のような器官が頭から生えていたという報告もあります」

「情報が少なすぎない?それに1つとして確かな報告がないじゃない。偵察はしてないの?」

「前にお伝えした通り、偵察に出せる人員が集落に残っていないのです。ご容赦を」

「じゃあ、本格的に駆除にかかる前に、偵察が必要ね。あと、遭遇した人に一度合わせて。それに、ドウブツエンだっけ。そこの地図もできれば用意しておいて。」

「承知しました」


 私と圭が仕事の話をしている間、偲はずっとうずうずとしていた。色々と聞きたいことがあるのだろう。平均的な子供なんてものはよく分からないが、偲の顔に、恐れか、それに類した感情がみられないのは少し意外だった。


「偲、いいわよ」

「『獣』ってなんですか?サギリとアラガという集落はどういうところなのでしょうか?このジープの整備や動力はどうやりくりしているんですか?」


 前半の質問は答えられるが、最後の質問は答えられなかった。「整備や動力」という文言から、「ジープ」という語が、たぶんこの4輪のことを指しているのだとは分かる。しかし、当の質問には圭じゃないと答えられない。サギリとアラガについても、おそらくは圭の方が詳しいだろう。


「じゃあ答えられる範囲で。『獣』ってのは、そうね。狼人間って知ってる?あれみたいなモノよ」


 偲の知識に合わせて、たとえを旧暦の物語から引っ張ってくることにした。具体的な物語は読んだこともないが、イメージをもってもらう上では間違ってないはずだ。


「はい、ウェアウルフ、ライカンスロープ、ルー・ガルーあたりの怪物ですよね」

「ごめん。どれも知らない」


 食い気味に返事をされたので勢いでそのまま会話を終わらせかねないことを言ってしまった。


「うん、でもイメージは多分あってると思う。『獣』の場合、狼に限らず、混じる動物はなんでもありだと思ってちょうだい。あと、私は遭ったことがないけれど植物が混じってることありえるらしいわ。それで、どの『獣』にも共通しているのは人類に対して敵意をもっているということ。要するに、異形の化物ってやつね」

「ううん。それって生き物としての分類は何になるんですか?」

「さあ。誰も知らないんじゃない?『獣』があらわれたのは、大戦の後なのよ。みんな旧暦の技術を復活させるのに必死で、『獣』みたいに大戦後に新しく生じた物事を探るだけの余裕なんてないわ。そもそも、その手の研究を行える集団なんて、世界中でも片手で数えられるくらいしか残ってないだろうし」

「あなたが海の向こう側の事情に通じているとは意外ですね。ずっとこの地域で暮らしてきたものかと思っていましたが」


 圭がこういう風に口を挟んでくることは珍しい。私の持っている知識が、彼にとってそれほど意外なものだったのだろう。


「一度、アラガの方の駆除屋と一緒に仕事したことがあってね。彼に教えてもらったの」


 嘘をついた。これ以上『獣』の知識を持っていることを示してしまえば、この男のことだ、私に押し付ける仕事を増やしかねない。


「圭、偲の残りの質問に答えてあげて」

「では順番に。サギリとアラガはどちらも100人に満たない程度の集落です。どちらも十五年ほど前に、自然発生した集まりを基盤としています。地理的にはサギリが今走っている市街の近郊に、アラガは海辺の方に位置していますね。交流としては、それぞれの集落が持つ情報の共有や、見つけた遺物の交換のために交易を月に数回行っています」

「ううん。山村と漁村というわけではないんですよね?」

「ええ。サギリにせよ、アラガにせよ、食糧の供給は廃墟の中に残っている機械を使用していますから。伶さんが独占しているビルのようなものを集落全体で共用している感じですね」

「変な言い方をしないでよ。別に使わせてほしいって人がいたら使わせてるじゃない」

「でも、我々が一緒に施設に住みたいと頼んだ時には断ったじゃあないですか」

「駆除屋が特定の集落に肩入れしすぎるっていうのが問題ってだけよ。私が遠出のときにサギリを使うみたいに、あなたたちが遠出するときにウチを使う分には構わない。それに、私と一緒に住みたがる人なんて少ないんじゃない?」

「……こちらとしても意識の改善には努めているのですがね。そこは本当に申し訳ありません」

「伶はサギリの人たちに嫌われているんですか?」


 唐突に発された偲の声は、今までとは打って変わってかすれた低い声だった。


「苦手にされているって方が近いかな。『獣』なんて怪物を担当しているようなやつとどう接すればいいかみんな分からないんでしょう」

「この先、少し道が荒くなります。喋りすぎると舌を噛みかねないので、ジープに関してはまたいずれお話ししましょう」


 圭がそう言ったので、私たちの会話はそこで中断された。


 私は偲の手を握ってあげることにした。握ってもらっていたのかもしれなかった。

 不思議と、圭が予告した揺れはそれほど気にならなかった。

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