第4話 渉外係、駆除屋、サギリ
灯台ビルにやってきた男は、いつもと変わらない外見をしていた。まるで兵士のような無骨な格好をしている割に、ずいぶんと物腰柔らかい印象を与えるのが彼の不思議なところだ。
「久しぶりね、圭。遠路はるばる来てくれたところ悪いんだけれど今は別の仕事を受けているの。しばらくはあなたの仕事は受けられない」
「……今のところ、『獣』は私達の集落以外では出ていないはずですが」
「私が駆除の仕事以外も受けているのは知ってるでしょ」
「駆除より優先順位の高い仕事なんてないでしょう。あなたがこのビルを独占するのを許されているのは『獣』の駆除を生業にしているからです」
圭は悪い男ではないのだが、私に仕事を持ってくるたびに、私の都合とは関係なく絶対にその仕事を受けさせようとする。集落全員の命を背負って渉外にきているのだから、仕方がないといえば仕方がないのだが、それを差し引いても横暴だ。責任感があるのはいいが、他人にまでそれを要求するのは気に入らない。
「とりあえず、話は聞く。今の仕事から手を放せないのは本当だから、受けるかどうかは聞いてから考えるわ」
「そうですか。今回の『獣』は、とある行楽施設の跡に出現しました。私達の集落からは2キロほど南にいったあたりですね」
「動物園ってところだっけ」
「よく御存じで。目撃者によれば、人型で触手のような器官をもっているそうです。アラガの集落の方角から返ってくる最中に襲われた者がいます」
「アラガとサギリの間にいるんなら、サギリ側で駆除する必要性は低いんじゃない?」
「それができないのです。アラガの集落から帰ってくる道中に『獣』がいるせいで、アラガに行ったまま帰ってこれない者たちが少なくない数いるのですよ。しかも、今回の『獣』はずいぶんと凶暴なようで、サギリの集落にいつやってくるかもわからない。事態は急を要します」
なるほど、サギリ程度の規模の集落で人員がいなくなれば、それは集落の存亡に関わる。大して動けもしない老人や子供が、本来、大人が担っていた仕事をしなければならないような状況がそう長く維持できるとは思えない。たしかに、かなり深刻な事態だ。
ただ、私はサギリがなくなろうが痛くも痒くもないのだ。偲のことを考えれば、圭には悪いが他の駆除屋のところをあたってもらうのがいいだろう。
私がどう伝えたものかと思案していると、頭上から声が落ちてきた。
「大変じゃないですか」
鈴の音のようなかわいらしい声だった。
このビルは入ってすぐのところが吹き抜けになっている。天井や壁面にはところどころ透明なパネルがあしらわれていて、陽の入りは悪くない。ちょうど吹き抜けの真ん中の位置に太い柱が立っていて、そこに巻きついている階段を使えば、各階を移動できるようになっている。先ほどのかわいらしい声は、階段の上の方から落ちてきたようだった。
「本当に大変じゃないですか。たかが集落が1つ、されど集落が1つ、です。困っている人たちを見捨てるなんてよくないです。人類同士、手を取り合うべきだと思いませんか」
「偲、危ないから連れて行かないからね」
「私まだ、何も言ってないですけれど」
「ダメなものはダメ。今度散歩につきあうから。ね、お願い」
これから短くない時間、偲と交渉しなければならないことを思うと、気が滅入る。それ以上に、圭にどう説明したものか。
「伶さん、その子は誰ですか」
案の定、階段を下りてくる偲から目を外さずに、圭が口を開いた。
「……今の仕事よ」
「『獣』より、優先される?その子供が?」
「悪い?」
「いったいどういう経緯で灯台ビルにおいているのかはしりませんが、あなたが最優先にするべきものは他にあるでしょうに」
偲は、階段を下りきる前に足を止めてしまった。
「おいで、偲」
偲は、返事もせずにゆっくり、一歩ずつ階段を下りてきて、私の身体の後ろにぴったりとくっついた。その間、圭と私は一言も口を開かずに睨み合っていた。口元が笑っているくせに、目は相手を睨みつけるなんて、器用な男だと思う。
「見ての通り、小さな子供なんだ。あまり咬みつかないで」
「あなたが仕事を請けると、一言言って下されば」
「……請ける、請けるから、他の人には黙っていてちょうだい」
「ええ、もちろんです」
「そうでしょうね。ええ、そうでしょうよ」
この男の良いところは集落のためになら何だってやるところだ。そして悪いところも同じ。ここで私が拒否してしまえば、偲に手をかける可能性すらある。
それも、直接手を下す手はとらないだろう。たとえば、私がこのビルを独占していることを良く思っていないやつらに偲の存在を広めるとか、間接的に偲をどうこうしようとするに違いない。
「では、早速向かいましょう。詳しいことは道すがら話します」
「待って。私がいない間のことをこの子に話しておきたいの」
私がそう言い終わるか終らないかのタイミングで、偲は、私が着ている服の裾を握ってきた。
「偲、今からいくのは危ないところだから。お願い、ちゃんと戻ってくるから」
「小さい子を諭すときには頭の高さを合わせてあげるといいっていった人がいましたけれど、諭される側がそれを知っていると逆効果な気がしますね」
偲の声は震えているし、目線は合わせてもらえなかった。私がしゃがんだのに、裾が相変わらず握られているせいで、私の上着は変な風にねじれていた。
圭が偲に向けた悪意は、それほどひどいものではない。旧暦のころならいざ知らず、集落の外の人間に対してこれくらいの態度をとるのはよくあることだ。もっとも、子供に対してもそれを固持するあたりは、やはりこの男の欠点なのだろう。
「サギリの者で、あなたが仕事に出ている間その子の面倒をみることもできますよ。もちろん、口の堅い者を使います」
「ありがたいけれど、ここが一番安全よ」
このビルに近づくのは、各集落から仕事を持ってくるやつらか、旅人くらいのものだ。『獣』も、もうずいぶんとこのビル中には入ってきていない。もちろん、偲をこの中に閉じ込めておきたいとは思わないけれど、かといって、いきなりビルから遠く離れた土地で赤の他人に預けるというのも違う気がする。
「先ほどから、あなたのその子に関する物言いにはずいぶんな執着を感じますね」
「別に、あなたには関係ないでしょう」
「ありますよ。あなたの役割が損なわれることは望ましくない。当然、あなた自身にとってもね」
圭は、しばしばこういう意地の悪い言い方をする。
「あなたたちの都合を押し付けないでちょうだい。私が『獣』を駆除できなくなって困るのはサギリの集落の方でしょう」
私が反論すると、圭は黙り込んでしまった。どうしたものか。
「あの、私、行きたいです」
「偲、本当に外は危ないの――」
「伶が行っちゃあいけないって言うなら、出ていきます」
一瞬にも数時間にも感じられる空白があった。初対面のときに続いて、偲のせいでこうなるのは二度目だ。何か応答したのかもしれないし、何も言えなかったのかもしれなかった。偲が言葉を続ける。
「圭さんでしたっけ。えっと、若い女性は小さい集落では需要がありますよね。私はまだ小さいですけれど、数年もすれば役に立つはずです」
私がどうしようもなくなっている間に、偲は年頃の少女の言葉とは思えない内容を口にして、圭に自分を連れ出すように働きかけていた。圭は真面目な顔をしたままなのだが、本気で検討しているのだろうか。
「偲」
「連れて行ってください、伶」
「本当に危ないのよ」
「伶が助けてくれます」
「分からないわ」
「できますよ」
先ほどと同じだ。少し寂しそうでそれでいて愉しそうな笑みを浮かべながら、自分の思うように物事を運ぼうとする。この子は私の操縦が上手いのだ。私と出逢って日が浅いことや、今しがたの圭への出方を思い出せば、そもそもこの子は他人を動かすことが得意なのだろう。使役するというよりは振り回すといった方が近い気もするが。
「伶さん、私は偲ちゃんを支持しましょう。『獣』についてはあなたの言うように別の駆除屋のところへ行くことができますが、定住してくれる若い女性なんて、そうそういませんから」
敵が増えた。
圭が、『獣』への対応を急ぐより、目前の少女の確保に走るとは少し意外だった。つい先ほど、いつ『獣』が集落にやってくるか分からないから、事態は急を要すると言っていたくせに。集落に残っている者たちが、どうなってもいいというのだろうか。
――そこまで考えて、答えが出た。集落に残っている者たちは、どうなってもいいのか。集落に残っている人員は、大部分がアラガの集落までついていけないくらい歳をとった老人か、幼い子供のどちらかだろう。集落の核となる人員はアラガの集落に取り残されている。アラガの集落で、『獣』から保護されている。
であれば、集落に取り残されている者たちより、偲の確保を優先するのも頷ける。
……本当に気に入らない。
偲を連れて行かねば偲はいなくなる。偲がどこまで意図的にやっているかは分からない。けれども、状況はこれ以上ないってくらい、私に選択肢を残していない。
「覚えておきなさいよ」
「元々はあなたの方が、自分の役割を放棄するようなことを言いだしたからでしょう?」
たしかに、偲のことを考慮して、仕事の依頼を断ろうとしたのは私の方だ。いっそ、無理やり圭を追い払うという手もなくはないが、そんなことをすれば、今度からサギリの集落を使えなくなる。先ほど偲に生活用品の工面について尋ねられたが、その一部はサギリから仕事の報酬としてもらっているのだ。
「偲を、連れていくわ」
ため息をついてから、私は結論を口にした。




