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第10話 溢れ者、百科事典、麻酔銃

 髪留めの店を出て少しあたりを見て回ってから、私と偲は三階へ上がることのできる場所を探すことにした。一階の方は高さからして建物の同囲の木々の中に埋まっていて、もしかしたらそれらが入り込んできているかもしれなかったから後回しだ。


「三階って何が展示されていたか分かる?」

「ええっと……。コウモリとか屋外に展示しておくのが難しいような勧物ですね」

「それは、うん。聞きたくなかった」

「コウモリがダメなんですか?」

「コウモリの住処になってる廃墟って多いのよ。それで、うちのビル周辺を探索しているときに何度か襲われてね。病気とかにはならなかったんだけれど、そのときにいろいろと持ち物をダメにされちゃって。駆除屋がただのコウモリにしてやられるなんて笑い話にもならない」

「そういえば、駆除屋って結局どういうことをするんですか?私の知ってる意味とはなんか違う感じがするんですけど」

「そんな大層なものじゃないわよ。『獣』を駆除することが多いけれど、何でも屋みたいなこともするし」

「駆除っていうより退治とか討伐とかって感じがしません?『獣』の方が人間よりも強いんですよね」

「たしかにね。ほとんどの『獣』は、人間よりも頑丈で屈強で俊敏よ。混じってる動物次第だけれど、爪や牙を武器みたいにしてるのもいるし。……それでも、ある程度までなら何とかやりあえる」

「何とか、ですか?」

「そう。『獣』ってのは、混じってる動物の強みと同時に、弱みも引き継いでいる。だから、何が混じってるのかが特定できれば仕留める方法が分かることがあるのよ。たとえば嗅覚が鋭敏な動物が混じってるなら、ひどい悪具を使うとかかな」

「伶、そんな動物に詳しいようには見えないですけれど」

「別に詳しくなくても、本の残ってる廃墟をめぐって調べられればいいもの。だから、ちゃんと学校で読み書きを習ったことがあるくらい上の世代で、なおかつ身体を十分動かせるくらい下の世代ってことが駆除屋になる条件。するとちょうど私くらいの世代になるの」


 もう一つ、集団に居場所がないような溢れ者であることという条件があるのだが、そこを言ってもしょうがないだろう。

 結局のところ、駆除屋というのは面倒で、危なくて、できる人間もやりたがる人間も少ない仕事をやらされているというわけだ。


「ふむ、私が役立ちそうだということは分かりました」

「いや今回だけだから。あなたの知識はそりゃ便利だろうけれど」


 今後も私の仕事についてくることを元気よく正当化しようとする偲に釘をさした。


「だったら今連れて帰るべきじゃないですか?」

「それは……そうだけれど……」


 気をつけないと力関係が転覆されかねない。いや、泣き落とされた時点で半分以上ひっくり返っているようなものだが、私にだって意地のようなものがある。

 知識量はともかく経験でなら――経験?


「偲が知ってる知識ってどういうものなの?記憶とかじゃないわよね?」

「歴史上の全人類の記憶なんか持っていたら廃人になりますよ。だいたい百科事典のようなものだと思ってください。身体知とか経験とかみたいなものはカバーしてません」

「ふうん、何でも――」


 何でも知っているとはどういう感覚なのか。

それを共有できる人間がいないというのはどういう感覚なのか。

 ――たぶん、こういったことを尋ねると、私と偲の関係は壊れてしまうのだと思う。少なくとも、偲がそれくらい踏み込んで私のことを訪ねてくるまでは、曖昧なままにしておきたい。

 運のいいことに、ちょうど三階へと向かう階段が電灯に照らし出された。


「この階段なら使えそうよ」

「螺旋階段、うちのビルみたいですね」


 私と偲は階段に足をかけ、上の階へ上っていく。

 三階は思っていたよりも生きている照明が多くて、2階よりも明るいくらいだった。


「これじゃあ、コウモリなんてどこにもいそうにないわね」

「そうですね。どう見て回りましょうか」

「とりあえず、この階に職員の部屋みたいなのはある?」

「それは一階だけですね。この階は展示だけです」

「そう、じゃあ手早くまわっちゃいましょ」


 そんなに都合よく役立つものが落ちていることなんてそうそうあるわけもなく、三階の探索は空振りに終わった。強いて言うなら、吹き抜けから二階の入り口が確認できることが分かったくらいか。うまく行けば罠か何かを仕掛けられるかもしれない。


「何もありませんでしたね」

「何にも遭わなかったから悪くはないわよ」

「そういうものですか」

「そういうもの。野犬とかに遭ったらたまらない」

「え、いるんですか」

「いないとは思うわよ。サギリやうちのビルの周りはそれなりに探索しているけれど、一度も見たことないし。それでも、万が一ってこともあるからね」


 来たときに使ったのと同じ螺旋階段を使って、私と偲は下りていく。ぐるぐるぐるぐる、下りていく。

 一階では予想通り、植物が割れた窓から屋内に這入りこんでいた。


「さて、こっちにいたのはどんな動物?」

「トカゲとかヘビとか、ですね。爬虫類」

「外は生息地で区画を分けてるのに、中は分類で分けてるって妙な話よね。統一感がないというか」

「企画をやるのにちょうどよかったんじゃないですか?展示は現実の動物だけじゃなくて、仮想現実や拡張現実をも使ってやってたわけですし、実際はもっとごちゃごちゃしてたのかもしれません」


 単語の意味が相変わらず分からないが、後半の語尾が気になった。


「そこは推測?」

「ええ、当時の人たちが何を考えていたのかとかは判らないです」


 さっき言っていた、知っている事にも限界があるという話か。


「思ったより役に立たないとか思ってます……?」

「思ってない、思ってない。十分すぎるくらいよ」


 嘘ではない。少なくとも、園内を無駄に歩き回る手間は省けている。圭に依頼していた地理情報についても、補完することができるだろう。過去の知識と現在との間に差がありえることを考えても、偲の知識は十分に役立つはずだ。


「ならいいんですけれど……」


 疑っているような口ぶりの偲を尻目に、電灯で周囲を照らす。

 大方の展示では、人間側と動物側を隔てるガラスが割れている。外と違って、動物側では緑色の氾濫が起きていなかった。ほとんどが土と砂ばかりで、例外は植物が這入りこんできているくらいだった。


「伶、そこもう一度照らしてください」

「ん?」


 偲に声をかけられたところで、1度照らしたあたりをもう一度照らしてみると、焼け焦げた壁の中に、四角形の枠が見つかる。


「職員の部屋です。スタッフルーム」

「鍵は――壊されてるわね」


 扉は、おかしな形にひしゃげていたが、問題なく開いた。

 扉の向こう側は、長い時間を立てて荒廃したという印象を受ける外とは対照的に、明確な人の意志が感じられるくらいに破壊されていた。部屋の中にある家具のどれもが、ぐちゃぐちゃにひしゃげているのを、薄暗い灯りが照らしている。


「何かあるとよかったんですけど、これじゃあ望み薄ですね」

「そうとも限らないわよ。ちょっと電灯持ってて」


 部屋の隅に鎮座している大仰な鍵のついたロッカーに近づく。


「当時は開けられなかったんでしょうけれど、これだけ錆びちゃあね」


 肩掛け鞄の中から小さめの金梃子を取り出して、ロッカーの隙間にねじ込む。開かなければ横に倒して体重をかけてやろうと思っていたが、大して力を入れるまでもなく、赤褐色の箇所がバキリと音をたてて飛び散った。同じ要領で、少しずつ扉の虫食いを広げていく。偲は、音がたつたびにびくりと震えているようだ。


「伶、鍵を壊した方が早いのではないですか?」


 ……音に慣れたのか、偲が至極まっとうな提案をしてきた。

 返事はせずに振りかぶって金梃子を鍵の付近に叩きつける。大きな破壊音とともに、鍵は粉々に砕け散った。

 扉を開けると、中には筒が一本。


「麻酔銃ですね」

「大収穫じゃない――撃てるならだけれど。見たところ錆びてはないみたい」

「大丈夫だと思います。兵器用の特殊プラスチックが広まった時期のもので、本体も弾もこのロッカーなんかよりはずっと耐久性のあるものですよ。夢の新素材ってやつですね」


 まあ、肝心の麻酔薬はだめでしょうけれどと、偲が付け加える。


「別に有害ならいいわよ」

「別に薬を入れっぱなしにしてるわけじゃないですから、有害な液体を自前で用意しなきゃいけませんね。でも、麻酔銃だって銃ですから、動物園に置きっぱなしにはできないはずなんですけど」

「……さあ、偶然、動物たちが逃げ出したりしてたんじゃない?」


 偲の知識は膨大だ。とはいえ、その中に、大戦期のものは含まれていない。私が生まれる少し前――戦争がはじまって間もなく、かといって国まだ家の機能は生きていたころ――一武器の所持制限が緩和された、らしい。らしいというのは伝聞だからだ。私が物心つくころには、既に銃は、一家に一丁とは言えないまでも、かなり世間に普及していた。


 サギリに来るまでの道中で、偲が大戦期以降の知識に興味を示していたことを思えば、教えてあげれば喜ぶかもしれない。

 喜ぶかもしれないのだけれど、なんとなく、少女に大戦期の知識を伝えるのが嫌だったので、誤魔化してしまった。

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