9話
あれからもう少しだけ遊んで、陽菜と別れた。
「それじゃあね」
「うん、また明日」
駅で二手に分かれると、僕はそのまま別方向の電車に乗ってある駅を目指した。
各地には怪異を取り締まる照魂会が交番や消防署のように存在する。
そのうちの一つ、雲井分家の本拠地となる照魂会に琴乃と志津は属していた。
「お待ちしておりました、影成様」
「……」
駅から徒歩15分ほどのところにある照魂会の建物の前で志津と琴乃は待っていた。向かう時間を伝えていなかったので大変だっただろう。
「出迎えありがとう、琴乃ちゃん、志津さん」
「とんでもありません。『千影』殿をお迎えできる栄誉、どうして賜らないでしょうか」
「……」
やはり志津さんはしゃべらない。この場では指揮命令的に一番偉いのが志津さんのはずだが、どうやら立場的には琴乃ちゃんのほうが上らしい。
そりゃあそうか、琴乃ちゃんは雲井の分家なわけだし。今一番期待されている有望株だ。
「では、こちらに」
「うん」
まるでお偉いさんのように(実際、お偉いさん扱いで)案内される僕。
すると見えてきたのはこの国独特の入母屋造りの瓦だった。
「目の前に見えますが本館の銀楼館となっております。左に見えますが魂鎮院、右にありますが白檀院となっています」
区画の名称はどこの照魂会でも一緒だ。銀楼館は要は会議室、大きな鏡があって、そこに投影練魂を極めた闘魂士が常駐して映像を流すのだ。
魂鎮院は闘魂士が己の技を磨く場所、白檀院は傷をいやす場所だ。知っている。
「こちらです」
奥のほうに案内されいくつかのきれいなカーペットがひかれた廊下を抜ける。
そして、地下につながる階段を降りると、そこには清潔な白い空間が広がっていた。
「青葉、いる?」
琴乃が人を呼ぶ。すると、部屋の隅で何かが動いた。
「ん……」
「ちょっと青葉。今日大切な人が来るって言ったでしょ!」
「……眠い」
木炭色のボブヘア。白い肌に比較的多い寝ぐせと枝毛は出不精なことを如実に表している。
「えっと、紹介します。うちの天才エンジニア、青葉奏多です」
「……よろしく」
「よ、よろしく」
随分と大物が来たようだ。
「よろしくおねがいします、でしょ?」
「よろしくお願いします……」
「……ごめんなさい、この子いつも私生活が壊滅てきで」
「いやいや、エンジニアの人だったらそういうこともあるでしょ」
多分。いやきっと。
「青葉さんはどんなことしてるの?」
「私の装備一式の専属メンテと……開発にも携わったんですよね?」
「全部私が設計した」
「えっ」
おっと、どうやら琴乃ちゃんでも知らなかった新事実が判明したらしい。
「……腕だけは一人前なんです」
「腕だけじゃない!」
「腕だけでしょう? ほら、ちゃんと服着て」
琴乃がまるでお姉さんのように開いていた第一ボタンをつけさせる。
それを駄々をこねる子供のように反逆する青葉を見て、少し前の梅を思い出した。
「後は……そういえば、身体能力を超強化するスーツを作ってましたよね」
なんだって?
「うん。強い烈魂と競合するから誰も使ってない」
「静魂使いでも今の主流は烈魂との併用だから、相性悪いんだよね」
「それこそ才能がない人ぐらいしか使い道がない代物」
でもそんな人は照魂会に来ないと青葉は愚痴っていた。
しかし、僕の心中は穏やかではない。そのスーツ、何としても手に入れなければ。
「あの~?」
「ん。どうしました?」
「ああ、いや」
ここは志津さんも琴乃ちゃんもいて頼みづらいな。後でまた寄ろう。
「いや、何でもない。次行こうか」
「はい」
パトロールまで時間がある。僕は琴乃ちゃんに案内されながら照魂会の施設を見て回った。
「こちらは魂鎮院です。闘魂士たちが鍛錬をする場所であり、烈魂・静魂・練魂、それぞれに特化した鍛錬場が用意されています」
最初に案内されたのは烈魂を鍛えるための武の間、床材が黒檀でできていて、頑丈な板張りだが踏み込むとどこか弾力を感じさせる。
きっと、闘魂士が踏み込む際に足腰に負担がかからないように設計しているのだ。そのために木材の厚さをミリ単位で決めているに違いない。
「中心にあります『魂石柱』は魂波を具現化した打撃の威力を測定することが可能です。やってみますか?」
「あぁ~、僕はいいかな」
「ふむ、それでは」
琴乃ちゃんは構えの姿勢をとる。そして、内に秘めていた魂波を揺らめくように体から開く。
烈魂の構え──【開】だ。
「はっ!」
水晶質の半径1mほどの柱に掌底を刻み込む琴乃ちゃん。僕がやったら痛そうだという感想しか出てこないが、果たして彼女の踏み込みの後、体から魂波が夥しい量その柱に伝えられると上部から芯が光りだす。
それを見届けると琴乃ちゃんは構えを解いた。
「私の場合だと、これぐらいですね。魂波の強さに応じて光を放つんだそうです」
「……ちなみに、これはどれぐらい凄いの?」
「あまり詳しいことはわかりませんが、4位の烈魂使いならこの程度できるでしょうね」
琴乃ちゃんは謙遜するような口調で言っているが、すさまじい。何せ、彼女の本業は2位の静魂使いなのだ。
「やっぱり、やりませんか?」
「お断りしておく」
遠慮しないで構いませんのに、と若干琴乃ちゃんはむくれていたが冗談じゃない。僕だとあの十分の一も出せる気がしないのだ。
「次に参りましょう」
次に紹介してくれたのは静魂用の静の間だった。床がなく庭のようになったそこは白い砂で敷き詰められている。ちょうど鍛錬している人がいてどうやって使うのかが一目瞭然だった。
「ここでは静魂用の鍛錬ができるんだよね」
「はい。物体を生成するのが主な修行になりますから、取り落しても床が傷つかない砂地になったと言われています」
「天井もないけど、琴乃ちゃんはここで練習したりするの?」
「私は……」
言いよどむ彼女を見て、琴乃ちゃんのレベルを思い出す。
「そうだったね」
「はい。ですから、向こうの照魂会の敷地になっている裏山のほうで少々……」
「そりゃそうか。次に行こう」
「かしこまりました」
次に向かった練魂のための流の間は完全な治水庭園だった。
床という概念がなく、池の縁に立って水の上を歩いたり、池の上で練魂を行使したりするらしい。
「全体的にいいところだね」
「そうですね」
最後に案内された『浄心の間』は個室のようだった。格子障子で仕切られていて、彼女の言う通り香の匂いが残っている。欅の床材が敷き詰められていて、座り心地自体は悪そうだ。
「ここで瞑想をしたりして怪異と戦った後の傷をいやしたりします。香木は事務所から借りれますし、各々が自分で香木を焚いて精神修行に向かいます」
「わぁ、香木って高いよね。リッチだなぁ」
「多分影成様のお家のほうが高級なものを使っておいでですよ」
すぐに琴乃ちゃんは「嫌味ではありません」と付け足していた。そんな言葉狩りしないって……
しかし、全体的に機能性に富んだ部屋の作りだった。これなら門弟の人たちも一生懸命修業ができそうだ。
「大体は見て回りましたね。では、次に参りましょう」
「はいはい」
案内する琴乃ちゃんもどこか楽しそうだ。
◇
他にも色んな施設を紹介してもらった。驚くべきなのは一番最初に訪れた「錬機房」が一番すごい施設だということだ。
後から聞かされたのだが、あそこは設計から製造までが一貫して行えるらしい。というのも、闘魂士の装備に鉄は耐久性の面から採用されることは少ないからだという。
鉄と闘魂では相性が悪い。闘魂によって不必要に負担がかかってしまい、返って耐久性を損ねてしまうのだ。
そこでゴム製品や少しの金属を使った製品が多くなるため、繊維合成機や3Dプリンターですぐさま製造にかかれるのだという。その分だけ高価な素材や設備によってコストはかかるらしいのだが、技術的にはあそこが一番の目玉らしい。
青葉さんにかかりきりで、説明を忘れてしまっていたというが。
あれから白檀院の施設を紹介してもらって、今は夜籠塔の待機室に三人でいる。
夜籠塔は闘魂士が待機したり休憩・仮眠するための場所だ、テレビや漫画、お菓子などもそろえられていて、ここに住めるんじゃないかと思うぐらい心地がいい。実際、ここに勤めている闘魂士の人の半分は夜籠塔の寮に住んでいるという。
「……」
「……」
「……」
沈黙がずっと続いていた。僕らはパトロールの時間までやることがない。そこで始まった照魂会ツアーなのだが、遂にそれもここで終着点となってしまったのだ。
テレビは点いている。しかし、いったい誰が見ているというのだろう。志津さんは相変わらず黙ったままだし、琴乃ちゃんに関してはなぜだか僕をじっと見ている。居心地が悪いとは言わないが、やりにくい。
「……」
「……」
「……あー、琴乃ちゃんはさ」
「なんでしょう?」
こちらに前のめりになって聞いてくる琴乃ちゃん。距離が近いよ……
「……普段は何をして過ごしたりしてるの?」
「何をと申しますと?」
「ほら、ゲームとか漫画とか動画とか、普段は何をして過ごしてるのかなって。詮索するつもりはないから嫌なら答えなくていいよ」
あ、この言い方だと僕相手じゃ断れない。しまったな。
「あ、あんまり女の子のプライバシーとか聞くつもりないからね!?」
「……鍛錬でしょうか」
「そっかぁ、鍛錬か。いっつも静魂の練習?」
「も、ありますし、烈魂の修業をしたりもします」
「へえ、どんな?」
すると、琴乃ちゃんは謎の身振り手振りを交えながら説明してくれた。
「こう、ばーっとやって、ぐわっとやって、がーと言いますか……」
「ワースゴイ。ソレハ ダイナミックダナァ」
「琴乃さん、其れでは伝わりません」
遂に志津さんが長い沈黙のときから、こそこそと琴乃ちゃんに告げ口する。
「あっ、と……」
「いいよ、なんとなく大変なんだなってことは伝わるから」
「申し訳ありません……」
すると、琴乃ちゃんはどこかナイーブになってしまったようで、暗く俯きながら僕に心中を吐露する。
「……私、元々こんな性格で、基本お家の仕事が第一なので恥ずかしながら高校に友達もいなく……それでより鍛錬に打ち込む日々で、勉強はやっていますが、これといった学生らしいことは何もできずに今に至ります」
「それでも立派じゃない? 二位試験も受けて無事合格したって聞いたし、勉強と鍛錬の料率だけでもすごいじゃん」
「ですが、影成様はその上の一級! しかも、14歳の時に昇り詰められておいでです!」
「あは。あははは……」
その話を掘り下げないでほしい。
あれは初夏のことだった。とんでもない怪異が現れて、逃げまどっていたらいつの間にか怪異が倒されていた。
しかも、おかしなことにその怪異が倒されたのはすべて僕のおかげと言い出すのだ。そのせいで今まで実力を隠してたんじゃないかというあらぬ疑いをかけられ、そのままあれよあれよと一位の座に……一緒に『千影』なんていう二つ名をもらってしまった。
一位というのは名誉階級みたいなもので、何か大きな功績を成し遂げた人に贈られる称号なのだ。そのため試験もない……きっとチャンスがあればすぐにでも琴乃ちゃんは一位に昇格するだろう。
というか、琴乃ちゃんは現時点で実質最高の二位の闘魂士なのだ。
しかし、思い出したくもない過去だ。けれど、目の前の琴乃ちゃんはそんな僕と自分を比べて落ち込んでいるようだ。
「影成様は自身の学生生活と闘魂業を両立していると聞きます」
「そうだね(遊びたいから仕方なく)」
「なのに、自分はこの体たらくで……」
「いやいや、それでも十分すごいよ」
そもそも本業と学業を両立しているのは琴乃ちゃんのほうであって、僕は遊び惚けるのに必死で学業との両立さえできていない。
それを教えてあげたいが、どうにもこの子は僕の神格化が激しいので聞いてもらえないだろう。
「うーん、そうだな。それじゃあ、こうしよう」
「……なんでございますか?」
「次に僕が自分で怪異を倒すまでに、琴乃ちゃんも一人は友人を作っておくこと」
「えぇ!? それでは勝負になりません!」
「大丈夫大丈夫。きちんとなるから」
主に僕が自分で倒す機会など、そうそう訪れないだろうということだ。あるとすれば誰かの手柄がまた勝手に僕の手柄になってしまう時でしかあるまい。
そういうのがなくなってくれないので、この勝負が成立するわけだが、本当にどうにかしてほしい。ああ、無能だとばれて隠居したいけど、周囲には失望されたくない……
「……わかりました。雲井琴乃、その勝負お受けします」
「うんうん、いいね」
それからしばらく琴乃ちゃんとゲームの話をして盛り上がった。