10話
「それじゃあ、我々はこちらを回ります」
「はい、お願いします」
「……」
遂にパトロールの時間となり、二位の琴乃ちゃんと僕が一緒では過剰戦力だろうということで当初は僕と志津さんの部隊が一緒になる手筈だった。
しかし、そこで僕は琴乃ちゃんと一緒にいることを選択したのである。理由は勿論一番強いから。何かあってもすぐに対処してくれると思う。
「それじゃあ、いきましょうか」
「うん」
彼女に頷いて静景の夜道を出歩く。
「琴乃ちゃんはどれくらいの頻度でパトロールに参加するの?」
「基本は毎日ですが、お休みをもらう時もあります」
「へー、どんな時?」
「体調が芳しくない時や修行に専念したい時ですね。そこら辺を志津さんにうまく調節してもらっているので助かっています」
「あの人結構ベテランって感じだよね。いつから居るの?」
すると、琴乃ちゃんは右手に持っていた錫杖をそのままに、左手で顎を抑える仕草をしながら考える。
「……私が最初に照魂会に来た時からなので、少なくとも7年前からですね」
「おお、結構ベテランだね」
「優しい人で部下の人にもよく気を配るので、人気があるんですよ。私もよくしていただきました」
「そりゃあいいや。何だか琴乃ちゃんも楽しそうだしね」
「楽しそう?」
彼女はこてんと首を傾げて疑問を表す。ちょっとその仕草かわいいな。
「うん。志津さんの話になるとちょっと饒舌気味だし」
「……そうですか」
「ほら、やっぱり嬉しそう」
「やめてください」
「ありゃ、嫌われちゃった」
「あ、そういうのではなく」
琴乃ちゃんは妙に揶揄い甲斐があった。すると、妙な魂気を感じる。
「……琴乃ちゃん」
「連絡が入りました。ここから南西300m、怪異です」
インカムを抑えながら彼女は報告をしてくれる。
「行っていいよ」
「……良いんですか? てっきり暴れたいから私を指名されたのかと……」
「そんなんじゃないよ……」
いや、本当に。
「ただ琴乃ちゃんと話をしたかっただけ。ほら、行って」
「……なら、お言葉に甘えまして」
そういって風のように去っていく琴乃ちゃん。
あれは【開】の応用、【疾踏】だな。
「……どうしようか」
琴乃ちゃんが化け物たちを片付けるまで暇……もとい、時間がある。
きっと助けに行っても僕は足手纏いになるだけだし、何してようか。
「ん……?」
その時、妙な気配を感じて後ろを振り向いた。
はは。まさか、そんなことがあるはずがない。確かに前回観測されなかった怪異が出現したけど、そんなまさか。
「グルルルルルルルル」
「……嘘でしょ」
僕の後ろには二階建ての一軒家ほどの大きな狼が座っていた。
獣鵺、おそらく階級は四位──浅緋に該当するだろう。
「どうどうどう、わんちゃん、ステイ」
「グルルルルルルルル!」
あ、だめだ。唸り声が大きくなった。
どうにか犬と同じ要領で宥めようという僕の浅知恵は砂の楼閣のように消え失せる。
そして、そのオオカミが一歩を踏み出した瞬間、僕は全速力で駆け出した。
「どうしてええええええええええええええ!?」
逃げる、逃げる、逃げる。
みっともなく、猿のように脱兎の如く逃げる。
けれど、巻くことなんてできない。慣れない烈魂の【疾踏】を何とか発動させては居るものの、それでも大浪の脚力には敵わないのだ。
「琴乃ちゃん、琴乃ちゃーん!」
みっともなく助っ人の名前を叫ぶが、聞こえてはくれない。何せ、琴乃ちゃんが去っていた方向と逆方向に曲がってしまったのだから。
「いやあああああああああああ!」
どすんどすんと後ろから聞こえる。あれはやばい。僕こんなところで死んじゃうのか。
その時、妙な人影を発見する。
家の上に立っているその人影はこちらを観察するように並走していた。
「おーい!」
「!?」
「助けてくれー!」
叫んでみるとびっくりしたのかいなくなってしまう。
僕は見逃すまいと曲がり角を曲がって人影の後を追っていった。
「待てー!」
「!?」
どすんどすんと狼を引き連れて人影を追う僕。何度も巻かれそうになるが、こっちも必死なのだ。あの犬ころをどうにかしてほしい。
しかし、どんなに頑張ったところで結局見失ってしまう。
「そんな!」
諦めかけた、その時──
「影成様!」
「志津さん!」
現れたのは志津隊の一行だった。
「おいおい、こんなのどうすんだよ!」
「でかすぎんだろ!」
「犬!? いや、狼か!」
あ、れ……?
助けが来たと思ったけど、そうでも無さそう……?
「……ねえ、志津さん。あれ、倒せると思う?」
「……」
狼はいきなり現れた援軍の登場に警戒心を露わにしていた。
睨み合う両者、しかし、志津さんは冷や汗を浮かべながら口を開く。
「覚悟します」
「……」
ねえ、何を覚悟するの!? 一体、何を覚悟しなきゃいけないの!?
「ううううううう、ワウ!」
「やめてえええええ!?」
その瞬間、歪な巨剣が狼の頭上から落下してくる。
その刃はデカすぎる自重故に狼の体を串刺しにし、断末魔もあげさせずに両断した。
「ごめんなさい、遅くなった」
「「琴乃ちゃん!」」
志津さんとハモった。
「怪我はないですか?」
「こっちは大丈夫よ。琴乃ちゃんは?」
「ありません。それで、あの狼は?」
琴乃ちゃんは自身が生み出した巨剣と一緒に焼失していく狼の死体を指す。
「それは、えっと影成様が連れてきた鵺羅で……」
「ふーん」
「……」
え、なんだこの空気。僕なんかやっちゃいました!?
「……あの──」
「志津さん。私、この怪異は報告にうけてないです」
「っ、それじゃ」
「はい。確実に報告から抜けた怪異がいます」
……何だって?
「報告から抜けた怪異?」
「はい。影成様もご存知でしょうが、夜籠塔には『照空の塔』と呼ばれる観測施設が存在します。そこで魂波を計測し、不自然な揺らぎを発見すれば随時パトロールに向かっている現場の闘魂士に連絡が行くようになっています」
「そうだね」
「……しかし、最近になってこの計測装置から漏れる怪異が現れているのです」
「何だって?」
僕の訝しげな問いに、琴乃ちゃんはあくまで冷静に説明を続けた。
「怪異が生まれる時、その予備振動が計測されることはご存知ですよね?」
「ああ、うん」
「しかし、我々が仮にユニーク個体と呼んでいるこれらは予備振動が観測されていません」
今、僕が母上から賜っている任務の内容も、以前現れた三位の夜魅が予備振動なしで現れたことの原因調査だったはずだ。
まさか、こんなところで繋がってくるなんて。
「それは静景だけで起きてる事象なの?」
「今のところは何とも……しかし、話を聞くところによれば、この地区に限定されているようです」
「前回の黒曜もここの地区で観測されてる……それで、原因はわかっているの?」
「原因は分かっていません」
志津さんが横から入ってきた。
「はい。しかし、原因というべきかは定かではありませんが、犯人と思しき団体については心当たりがあります」
「琴乃ちゃん!」
志津さんが怒ったように琴乃ちゃんの名前を呼んだ。しかし、琴乃ちゃんは一瞥も返さずに僕の目を見てはっきり答える。
「宵月会、そう銘打たれたカルト宗教団体が存在します」
「……何だって?」
僕はあまりに予想外の答えに面を食らった。
「ほら見なさい、影成様も困惑していらっしゃるわ!」
「でも、大事なこと。耳に入れておきたい」
「もう!」
二人はまるでいうことを聞かない子供とその母親のようだった。しかし、琴乃ちゃんはあくまでも僕に伝えるために話を続ける。
「ここ最近になって興隆している宗教団体です。教義は怪異を神の使いや神の化身と崇め、それを退治する照魂会を目の敵にするというものです」
「そんな宗教団体があるんだね。でも、そんなことしてたら政府から弾圧されるんじゃないの?」
「はい。ですから、先日になって政府にカルト宗教指定を受けました」
カルト宗教指定とは宗教団体の扱いとして最も重い、弾圧対象となる指定のことだ。カルト宗教指定を受けると、団体の活動は一切認められず、布教や信仰活動をしていた場合、一般市民であっても補導を受けてしまう。
そして、場合によっては矯正区に送られてしまう恐ろしい処置なのだ。
「それなら、もう安心じゃないの?」
「いいえ、実際のところは水面下で信仰が続いています」
「確証はないですけど」
恨めしげに志津さんは言った。
「そっか……それで、その宵月会と今回の事件に何の関連性があるの?」
「宵月会にはある噂があるんです。それが、怪異を自在に生み出せるようになった、とのことで」
「そんなの嘘よ! 出鱈目に決まってるわ!」
志津さんがもう一度、琴乃ちゃんの前に立つ。琴乃ちゃんも志津さんの前に立った。
「そうは言えない。もしかしたら可能性があるかも」
「それで現場を乱すの!? 隊長として、そんなことは認められない!」
「私は可能性の話をしてるだけ!」
「まあまあ、二人とも……」
どうやら二人はこの手の話題でヒートアップしてしまうようだ。僕としてはどっちでもいいけど……
「とにかく、これ以上現場で流言を広めないで」
「なら何も言わないでください。これは流言なんかじゃないので」
「ならその話のソースは?」
「それは……」
琴乃ちゃんは言い淀んだ。
「ほら見なさい。あやふやな根拠に基づいた主義主張で現場を左右しないで」
「……」
「返事は?」
「……はい」
それから一通りパトロールをして時間が過ぎていき、上がりの時間となった。
「志津さんはあの手の話題になると妙に否定的になるんです」
「まあ、やっぱりカルト宗教だからねぇ」
ちょっと犯人像としては安直のような気もする。確かに怪しいけど……志津さんにはこじつけで琴乃ちゃんが現場の風紀を乱しているように思えるのかもしれない。
「私は、間違ってないと思うのに……」
「まあまあ、否定されるようになったってことは一人前だって認められるようになったってことじゃない?」
「……そうですかね」
「そうだよ」
僕たち二人はゆっくりと照魂会の施設に帰還した。




