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11話

 翌日、僕は昨日と違いしゃっきりした朝を迎えることができた。


「おはよう」

「おはよう、お兄」


 妹もちゃんと返事を返してくれる。昨日は何だったんだろう。腹の虫の居所が悪かったのかな。


「ねえ、お兄。今日の放課後空いてる?」

「ん、空いてるけど。それがどうしたの」

「じゃあ空けておいて」

「ん、まあ分かった」


 きっと何かを買ってほしいとかそんなのだろう。梅も十分なお小遣いをもらっているはずなのにたびたび僕に買ってもらおうとするのだ。愛しい妹の甘え方である。


「何その顔、きも」

「お兄ちゃんの顔」

「きも」

「なんで二回言った!?」


 ご飯を済ませて席を立つ。今日は一時限目から体育があるんだよなぁ……


「お兄ってデートとか行ったりするの」

「ん、まぁいくね」

「行くの!?」

「え、うん」


 すると、妹はぼそぼそと独り言を言い始めた。


「どこにそんな女狐が……」

「女狐って何?」

「独り言聞いてくんのきも」

「イテっ、叩くことないだろう!?」


 家の廊下で妹とやりあう。梅のほうは軽いジト目を続けていて、まるで汚物を見るかのような目で罵ってくる。


「女子の独り言聞いてくんのマジキモだから。やめたほうがいいよ、お兄ちゃん」

「そんなタイミングで『お兄ちゃん』なんて聞きたくなかったな……」

「は? きも」

「うう、また言われた」


 けど、結局家を出るタイミングになると妹は唇を寄せてくる。


「ん」

「はいはい」


 右頬を差し出すとそのまま「ちゅっ」とリップ音がする。毎回これは欠かさないんだもんなぁ。


「それじゃ行こうか」

「うん」


 二人で並んで家の路地を歩いて行った。


 ◇


「おはよ」

「おはよ」


 教室に着くといつも通り健人と挨拶を交わす。


「なんだ今日は、元気そうじゃんか」

「ん、まあね。よく眠れたからかな」


 昨日は夜中の二時までパトロールしてたけど、体の調子が昨日の昼から良い。なんでだ?


「そういえばAYANEがまた企画を発表してたぞ。ある業界の重鎮に会いに行くんだってさ」

「はー、まあそりゃあ大変そうなこった」

「パンナコッタ?」

「パンナコッタ」


 二人で意味不明な会話をする。すると、陽菜が登校してきた。


「お、噂をすればなんとやらだな」

「なんだって?」


 噂してないような気がするが……


「……ちゅっ」

「「!?」」


 急に誰かを探し始めたと思うと、いきなりこちらに向かって投げキッスをしてくる陽菜。


「え、今の俺だよな!? 俺だよな!?」

「あー、うん。そうかも」

「だよな!? お前なのか!? 俺なのか!?」

「……」


 あの人は……


 ◇


 おそらく昨日うっかりキスしてしまったことをからかった行為なのだろう。僕としては心臓が止まる思いだったが、陽菜からすればなんてことない一幕だったのかもしれない。


 そこらへんで経験値の違いを思い知らされるな、そう思いながらボールを蹴った。


「ピピー、前半終了!」


 先生から笛で合図が告げられる。それに駆け寄ってきたクラスメイト達とハイタッチをして回った。


 ──

 ────

 ──────


「ねー、誰見てんのー? 陽菜ぁ」


 春奈はサッカーコートの観戦席で振り返った。そこにいたのは唯一の親友である井上神奈だった。


「んー? 影成くん」


 陽菜は何かを込めたような視線で影成を見ていた。さすがにその様子にもいろいろ勘繰らざるを得ない井上。


「……好きなん?」

「んー? わかんない」


 井上は友人の意外な返答に驚く。


「じゃあ好きなんじゃん」

「勝手に決めないでよー」


 そう言う彼女の格好は白い上着に青色の短パン、簡素な着こなしだ。ただの体操着でも彼女が着ると何でも様に見える。


 しかし、今の彼女の姿はどこか嘘にまみれている気がした。


「陽菜がこの手の話題で否定しないのってめったにないじゃん」

「んー、それはそうかもだけど……」

「……」


 その沈黙にすべてが表れている。そう言いたくなる井上だったが、本人が気づくまで待とうと思い立って、話題を変える。


「私も好きピできたんだよね」

「えー、誰ー?」

「三年の奥村先輩」

「えー、やめときなよーあの人は」


 噂ではすでに二人の女子と破局を迎えているという。そして、受験生にもかかわらずいまだ彼女募集中と豪語してさえいる。


「だから、好きピ。ピじゃなくて好きピだよ」

「意味わかんなーい」

「陽菜も女子なんだからさー、こういう用語覚えたほうがいいと思うよー」


 好きピはなんとなく好きな人を指す言葉で、ピは心に決めた大事な人を指す言葉である。日本語にしては短いほうがより強力という非常に奥ゆかしい流り言葉といえた。


「私そういうのよくわかんなーい」

「そんなんだから女子たちに嫌われるんだよ?」

「神奈にも?」

「私は違うけど」

「ならいいや」

「このー」

「うへぇ」


 親友のほっぺたを左右から引っ張る。餅のように柔らかくてまるで食べてしまいたくなるような触感だった。


「私合わせるの苦手なんだよねー」

「だから、影成っちがピなんだ」

「そうはいってないでしょ!」

「あはははは!」


 今度は陽菜が神奈の脇をこちょこちょする。陽菜の背中にタップしてギブアップを知らせた。


「はぁー……でも、影成っちって凄いよね。あんだけ家の仕事があってもまだ浮いてないんだもん」

「ねー」

「スポーツもできるんでしょ?」

「そうみたい」


 目の前でドリブルをしながら二人ほど抜いている影成を見ながらそんな感想をこぼす。


「顔も悪くないのに、なんで女子陣の受け悪いんだろうね」

「あー」


 陽菜はしばらく考えて。


「やっぱり早退するからじゃない?」

「やっぱ?」

「なんか、家の仕事っていうのはわかってるけど、女子は外れることを嫌うから」

「そこなんよねー。それがなければ優良物件って感じだけど」


 すると、井上は妙に視線を感じる。振り向くと、陽菜が井上のことを凝視していた。


「え、ないない。そんなわけない」

「なんでそんな言いきれるの?」

「いや、だって、私陽菜じゃないし……」


 すると、陽菜はまるで心外だと言わんばかりの顔を張り付けて、彼女の前に覆い立った。


「どういう意味だー!?」

「あーやめて! もうギブギブ、ギブだって!」


 またこそぐり地獄が開始される。


 ──────

 ────

 ──


 試合は3-2で僕のチームが競り勝った。


 コートの外に出ようとすると、陽菜が手を振ってくる。


(振り返しとこ……)


「なあなあ、やっぱりあれ、俺に気があるよな!?」

「あーうん」


 悲しいモンスターが一人生まれてしまったが、僕は気にしないことにした。

 

 ◇

 

「影成くん、かーえろ」

「えっ」

「……」


 今の声は僕ではない。健人だ。


「どうしたの、健人くん」

「ああ、いや……」

「……?」


 こっちに近づいてきた陽菜を見て先ほど「絶対俺に一緒に帰ろって誘いに来てるぞ」と息巻いていたのだ。それが現実を突きつけられて放心状態になっている。


「……まあ、頑張れよ」

「影成くんもどうしたの……?」

「いや? それより、行こうか」

「うん!」


 彼女と一緒に教室を出る。


 すると、後ろから「お前かよぉ……」という声が聞こえてきた。


 南無阿弥陀仏、骨は拾ってやるからな。


「影成くん、難しい顔してるね」

「そう?」

「うん、かっこいいかも」

「おほん」


 普通に褒められると普通に照れてしまう、そんな思春期のお年頃。


「照れてるのかわいい」

「あんまりからかわないで」

「きゃー、怒られちゃったー!」

「ふざけないで」


 いや、ふざけてはいいのか。シリアスになられても困る。


「じゃあ、まじめにしてます。真面目!」

「真面目にするときに真面目って声に出す人はいないんだよ」

「あはは、そうかも」

「そうかもじゃなくてそうでしょ」

「あはは」


 すると、校門で見た覚えのあるシルエットが待っている。

 あ、完全に忘れてた。


「お兄、誰? その人」

 

 梅の顔は氷点下まで低くなっていた。


 砂地の校庭の上で、校門をまたいで僕たち二人と梅は向かい合う。空はまだ青々とした春の景色を描いていた。


「や、やあ、梅ちゃん」

「梅ちゃん?」

「僕の妹。紹介するよ、僕の同級生の──」

「別にいい」


 ずかずかと別の中学の制服を引っ提げて、梅は陽菜のもとまでくる。すると、嘗め回すような値踏みの視線を無作法にも投げかけた。


「ちょっと、梅」

「お兄は黙ってて」

「……」

「……」


 冷たい沈黙が流れる。妹って兄の交友関係が気になるものなんだなぁ(白目)。


「……誰?」

「あ、えっと、お初にお目にかかります。二年C組の伊藤陽菜です」

「ふーん、顔はいいみたいだけど、それで? お兄の何なの?」

「ちょっと梅!」


 これでは完全に独占欲の強い妹である。いや、否定はしないけど!


「えっと、友達です!」

「友達? ああ、そう。私、影成のイモウトの我妻梅です。ドウゾヨロシク」


 『イモウト』の部分と『ドウゾヨロシク』の部分が妙に力強かったのはきっと気のせいではないだろう。語気の強い妹の挨拶に、陽菜はたじろいでいた。


「あ、えっと。よろしく……」

「それで、お兄? 放課後付き合ってくれる予定だったよね? これはどういうこと?」

「あ、だから、えっと」


 やばい、こっちまで焦る。


「何?」

「途中まで一緒に帰ろうかなって」

「なんで?」

「なんでっていうと……困るけど」


 小難しそうな顔をした春奈に話を振るのは酷だろう。どうにか僕と妹だけの会話で終わらせたい。


「じゃ、必要ないよね。行こ」「ああ、待った待った! 必要ある! 僕ら、友達なんだ」

「……は?」


 踵を返しかけた梅の動作が固まる。


「な、陽菜」

「ええ!? 今名前呼びする!?」

「えだって、友達だし……」

「今はまずいようなぁ……」


 すると、陽菜の予言通り、梅がそれはそれはすごい形相で僕の前に立った。


「え、どういうこと? 陽菜って何? この女とどこまで行ったの? ねえ、答えてよお兄ちゃん。ねえ、ねえってば」

「近い近い! あと顔が怖い!」


 めちゃくちゃ早口な梅にたじろいで一歩後ずさると、それを見透かしたように梅も一歩詰めてくる。完全にこちらの動きを把握されてる。さすがは兄妹!(言ってる場合ではない)


「言っておきますけどねぇ!?」

「は、はい!」

「お兄ちゃん、唐揚げ嫌いですから!」

「……?」

「むふん」


 ああ、愛しの妹よ。その人の好き嫌いを把握するのがすごいことなのだという価値観はお兄ちゃん、すごくいいと思うよ。


 けど、陽菜には伝わってないかな……もうちょっと仲が良くなったら梅ちゃんのキャラクター性がわかってくると思うけど。


「はいはい、梅ちゃん僕のことわかってくれてありがとう。ほら、一緒に行くよ」

「えー、なんでさ!」

「せっかく一緒になったのに悪いでしょ? ほら、陽菜も」

「私が先約だったのに! ていうかその女呼び捨てにしないで!」

「あははは……」


 陽菜が若干引いている様子だったので小声で謝罪の意を伝える。


「ごめんね。梅、あんまり外の人と関わらないから」

「あ、大丈夫だよ。パワフルだけど楽しいし」

「そう言ってもらえると助かる」


 二人で笑いあっていると、じっとりとした冷たい視線が降ってくる。


「……梅?」

「……夜道に気をつけなさいよ」

「私殺されるのかな!?」


 結局、いろいろ話し合って一緒に出掛けることになった。


「ぶぅ」

「もう拗ねないの」

「妹さんは本当にお兄さんっ子なんだね」


 一緒に歩いていると妹は陽菜の言葉に反駁する。


「お兄なんか嫌い! 私が先約だったのに!」

「まあまあ、また今度出かけてあげるから」

「……ロイヤルプリンアラモード」

「それも買ってあげるから」

「よし」


 ちょろい妹で助かった。


 でも、この場合は妹が自分から機嫌を直せるようやりくりしてくれたのかな? 落としどころを作ってもらった気がする。


 大体、梅の小遣いなら大抵のものは買えるわけだし。


「それで、どこに行くんですか?」

「……近くのデパート、買いたいものがあるの」

「あ! それも昨日行きました、影成君と一緒に!」

「あっ、陽菜──」


 すでに手遅れだったか、梅は般若のような顔をして僕のほうを見てくる。


「ねえ、お兄ちゃん。その女殺していい?」

「今のは陽菜が悪いかな。というわけで一遍死んでください」

「えぇ!? 庇ってくれるんじゃないの!?」


 ごめん、庇えないものは庇えないんだ。今の梅を止めるものは何もない。南無阿弥陀仏。


「どうしてその女ばっかり……」

「その女じゃなくて陽菜さんだよ」

「なんでお兄は呼び捨てにしてるの」

「そっちのほうがいいって言われたから」


 すると、梅は陽菜のほうを見て何かを口パクで伝える。


「どろぼうねこ?」

「陽菜、そういうのは言わないほうがいいんだよ」

「あっ」

「きぃぃぃぃぃぃいいいいいい!」


 そろそろ梅がストレスで禿げそうなので先を急ぐことにした。


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