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花の街パッシェ

 花の街パッシェに到着したアッシュ達の目の前に広がっていたのは、何の変哲もない、寂れた街の風景だった。道沿いには隙間なく花壇が並んでいるものの、主役である筈の花はどれも花弁を地面に散らしている。街中に色とりどりの花が溢れる風景を想像していたアッシュからすれば拍子抜けだったが、気を落としたところで枯れた花は戻ってこない。咲く周期とズレてしまったか、もしくは別で大きい花畑があるのだろうと推察しておく。


 リオは騎士団のパッシェ支部に用があるからと、着いて早々に別行動を取り始めた。挨拶や事情説明があるのだという。アッシュとパティが宿や雑貨屋を探すべく街中を歩き回っていると、道端から声をかけてくる人物がいた。


「旅の方ですかぁ?」


 赤毛に三つ編みの似合う可愛らしい少女だ。おつかいの帰り道なのか、食材の入った袋を両手で持っている。アッシュはパティに矛を預けてしゃがみ、少女に宿を探している旨を伝えた。


「でしたら、うちのお宿をご利用ください。私の家はパッシェで1番の宿屋ですよ」

 偶然にも、赤毛の少女は宿屋の娘らしい。


「1番!さぞかし良い宿屋なんだろうな?」

「シーツは夜半の大玉羊から刈り取った一点物で寝心地最高。値段は相場よりお安いですよぉ。お食事メニューもアレルギーに合わせます」


 可愛い顔に似合わず商売っ気のある誘い文句だ。料金は騎士団に払ってもらう立場のアッシュにとって魅力的な言葉ではなかったが、目の前の少女が悲しむと思うと目覚めが悪いので黙っておく。アッシュに断る理由はなかった。


「お願いしようかな。連れも入れて3人で泊まらせてもらうよ」

「ありがとうございますー!よろしければ今ご案内しますねー!」

「うん、ありがとう。頼むよ」


 リーベと名乗った少女は、二人を先導して歩き始めた。アッシュは荷物を持とうかとリーベに問いかけたが、お客様だからと断られた。仕事意識の高いできた子だ。とはいえ街を見渡すと、店番をしている少年やおつかい中らしき少年の姿が見える。子供も積極的に仕事を手伝うのがこの街全体の風潮らしい。遊びたい盛りの年だろうに行き交う子供達の表情に陰りは無い。俺なら御免だな、と胸中で呟く。


「皆さん観光ですか?それとも宝探し?」

「観光だよ。秘宝探しって?」

「最近来られる旅の方に多いんですよ。学術都市の何処かに隠されてるって。今冒険者の流行りじゃないんです?秘宝探し。秘宝を見つければ夢が叶うとかななんとか」

「俺は流行りに乗れてないのかもなあ。その願いはどこまで叶うんだろうな?……それにしても大人の姿が見えねーな。手伝うどころか子供がメインってくらいだ」

「たまたまですよ。それに子供だって街の一員です。皆それぞれの仕事をしっかり頑張ってます」

「偉いねえ、まだ小さいのに。リーベちゃんだって遊びたい日もあるだろうに。責任感のあるいい子だ」

「えへへ、そういわれると恥ずかしいですねえ。でもお父さんもお母さんも忙しいですから、私も頑張らないと」

「しっかりしてるなあ。でも無理しなくてもいいんだからな?子供ってのは大人を頼ってナンボさ。……おい、痛いぞ」


 緩んだ表情をしたアッシュの背中をパティが手刀でどつく。


「相変わらず、小さい女の子には優しいのね。顔が緩んでるよ?」

「人を変態みたいに言うな、おい」

 

 5分ほど歩いただろうか、リーベは横長のログハウスを自慢げに指さし、扉を開いて二人をエスコートした。受付で簡単な説明を終えると階段を上り、2人は2階の一角の部屋へと案内された。


「良い部屋だなぁ。窓も大きいし眺めも良い。街が一望できるぜ」

「でもご主人にまだ会ってないわ。ご挨拶したいけど大丈夫かしら」

「勿論です!でも、あの、でも今はちょっと準備中なんです、ごめんなさい」

「リーベちゃんが謝ることないさ、事情があるならしょうがない。時間がある時に伺うさ」

「ありがとうございますぅ……。あっ、ご飯の用意しなきゃ。ではまたお夕飯の時に、し、失礼します!」

「頑張るなあ。お小遣いあげたくなっちゃうぜ」

「お前、親戚のオッサンかよ」


 日が落ちる前にはリオも宿屋に到着し、揃ってリーベお手製の夕食を頂いた。他に客がいないらしく料理が余るかもしれないと嘆く少女を前にして、アッシュは決死の表情で料理を全て平らげた。目を見開いて懸命にスプーンを動かすアッシュにリオが引いたことは言うまでもない。食事を終えて部屋に戻るまでの間、リーベ以外の従業員が現れることはなかった。


「二人はこの街に来てから、変に思う所は無かったかい?」


 夕食を終え、部屋に戻ってしばらくして頃、リオは窓の向こうの景色を眺めながら問いかけた。パティは掛け布団を軽く叩いた後に降参のポーズをし、アッシュはベッドに横たわったまま呟いた。


「花の街なのに花が枯れてたのが残念だったな。あとは〜、」


 そこで口を止めると、アッシュで寝返りを打って大きく息を吐いた。

「リーベちゃんは本当に偉かったなぁ。ほとんど一人で仕事をしてたじゃない。中々出来ることじゃないよ。ちと任せすぎな気もするがなあ、育ちがよくなきゃ楽しそうにはできないか」


「え、あ……そう。それは勿論だけど。違くてさ、街で働く子供が多くなかったかい?」

「確かにお手伝いっぽい子は多かったな。それがどうしたんだ?この街は子供も頑張る良い街なんだぜ」

「何言ってんだ。この街の問題を見つけるヒントだったんだよ。これはパッシェ支部で見聞きしたことなんだけどね」


 パッシェが花の街と呼ばれる所以は街に点在する数々の多年生植物であるが、メインは郊外の花畑だという。だが、現在そこは立ち入り禁止区域になっている。近隣では確認されていなかった植物型モンスターの発生によって植物の養分が吸い上げられているのが原因だ。パッシェの各ギルドや騎士団員は入れ替わりで戦闘を継続しているが、相手の成長を食い留めるのが限界という状況らしい。その補助に街の大人も駆り出されているのが働く子供の多い真相だという。


「へ〜、じゃあ今も街の大人達は戦ってるんだ。その割には外が静かね」

「ギルド側の要請で騎士団が防音魔法と認識阻害魔法をかけてるらしいよ」

「あれは高い触媒やそれなりの準備が必要って聞いたけどね。騎士団も太っ腹じゃない!」

「お金はギルド、ていうか街側の負担だよ。必要最低限以上の援助だから有料なんだって」

「やっぱ騎士団はゴミね」

「フン、騎士団にそこら辺の期待は無理だろ。それより、俺達も手伝いに行こうぜ」

「手伝うってまさか、戦いに行く気かい!?」

「ここまで話聞いたら素通りできねぇよ。ビトーニヤの祭まで日もあるし、何日か滞在しても大丈夫だろ」

「そうと決まったら早く終わらせましょ。このロリコンはリーベちゃんのためなら空も飛ぶわ」

「ロリコンは余計だ」

「空を飛ぶ方を否定しろ」





件の花畑に近づいてくると、流石に森の景色には違和感が見えた。遠目に見れば何の変哲もない木々だが、

実際は同じ木をひたすらに並べただけのハリボテの幻覚だ。音は聞こえないものの、一目見れば偽物と分かる陳腐な仕掛けだ。幻覚を見せたい相手のことを考えると、文字通り子供騙しで十分ということだろうか。


「なんだあれデッケェ!!」


 それを視界に捉えた感想がアッシュの口から零れでた。実際にそれは大きく、その背丈はアッシュ達はおろか、5メートル程はある周囲の木を頭1つ越えていた。全体像は蕾を閉じた赤いチューリップをそのまま大きくしたような見た目だが、根本から生えた葉は十数枚に分かれて鞭のように伸び、ウェーブを描くように周囲の地面を叩きつけている。今まさに飛ばされて宙を舞う影が人だと察した瞬間、アッシュは隣を走るリオの肩を叩いた。


「氷でキャッチだリオ!直線距離で大体40メートル、絶対届かせろ!」

「銀世界の鳥よ、空を貫き羽ばたかん、スティルナ・パラディサイア!!」


 翼を開いた鳥を模した氷塊はリオの足下を起点に続々と群れを成して人影に向かい、先頭が影を捉えると同時に寄り添うように集結し、1つの巨大な氷塊を形作った。リオは人影の真下にたどり着くとゆっくり氷塊を解除させた。地面に降ろされた男性に凍傷の類は無かったが、袖や首元からは痛ましい擦り傷が覗いていた。モンスターの触手に当たった時のものだろう。


「ナイスだリオ。おい、あんた意識はあるか」

「う、ああ。大丈夫だ、ありがとう。あなた達は」

「パッシェの観光客だが事情を聞いて助っ人にきた。一先ずあなたを街まで運ぶ。ここでは傷も応急手当しかできない」

「街へは戻らなくても大丈夫です。近くにあの化け物チューリップ用の対策本部がある」

「分かった、そこまで背負って行くから案内してくれ」


 最低限の応急処置をして男性の指示に従って数分程走ると、木々に隠れるように小型のテントが点在していた。開け放たれた入口からはそれぞれ武器や食料、そして怪我人を寝かせるシーツが確認できる。三人は目配せをすると、リオは騎士団らしき人の元へ、パティは街側の責任者、アッシュは怪我人用のテントへ向かった。

 アッシュが男性を治療担当の女性に預けて外に出ると、丁度良くパティが中年男性を連れてきた。副町長と名乗る男性は対策本部の指揮を執っているらしく、三人の助勢を歓迎してくれた。


「もう戦いは7日目になる。騎士団本部に要請したという加勢も到着しないし、怪我人の治療も追いつかない。今は拮抗しているふうに見えるが、限界はそう遠くない」

「あのチューリップは夜行性らしいけど、目覚めの時間がまちまちで余計に消耗するそうよ。見るからに火が効きそうですけど、魔法はどれ程試したんです?」

「ええ、色々試しましたが炎と氷、あと風なんかは効果が見込めました。とはいえ範囲の大きい魔法では花畑を巻き込みかねない。小規模の魔法で削りつつ、敵が撤退してくれるのが理想です」

「観光名所を守る事情は分かりますが、少し悠長にも感じますわ。人の犠牲が増えすぎては街の存続自体が難しくなりかねませんもの」

「うむ。そこが問題なのだ。完全に根を張られては街の産業が立ち行かなくなる。ともかく、君達には至急前線の者達の支援に入って欲しい」

「ええ、今は一人でも多く休ませないと。では」


 二人が副町長との話を終えるのとほぼ同時に、パッシェ支部の団員との話を終えたらしいリオが物陰から現れた。向こうでも似た話をされたらしく共有された情報は殆ど一緒だった。新たな情報は化け物チューリップの正式名称のみだった。「チュリパ・ゲスネリアナ」というらしい。正直どうでもいいし呼びにくい。戦う誰もが名前を把握していないだろう。


「まあ呼び名なんてどうでもいいよ、それよりホラ、騎士団で君らの飲み物貰ってきたよ」

「ありがとう。しかしなんだか妙な色をしてるな」

 リオの差し出したカップには真紫の液体がなみなみと注がれている。見た目も勿論だが、匂いが全くしないのが余計に不安を誘う。

「今はいい。戦いの後にゆっくり飲むよ」

「じゃあこれは僕が飲んじゃうよ?美味しくて栄養満点なのに勿体ないなあ」 

 そんな気色悪いもん劇でしか見たことないぞ、とは口に出さなかった。臆せずに飲む様子を見ると騎士団内では見慣れた物なのか、もしくはリオの胆力が並外れているかのどちらかだろうか。そんな下らない事を考えるうちにリオは3人分のドリンクを飲み干し、ようやくチューリップへ向けて駆け出す準備が整った。


「それにしてもパティ、意外と丁寧な言葉も使えるんだねえ」

「ハハ、まあ普段とは大分ギャップがあるよな」

「アホウ、初対面で丁寧に喋るのは基本よ、キホン。騎士団じゃ一般マナーも教えてくれないの?」

「ごめんごめん、痛っ、言っておくけど馬鹿した訳じゃ、ねえ痛い、何回叩くの!?」

「改まって言われると思ってなかったんだよ、ああなんかむかつく!」

「落ち着けって。2人共そんな調子で大丈夫なのかよ……」


 そう言いつつもアッシュは強く止めようとはしない。テントからでさえチューリップと向かい立つ町民の背中がはっきりと視界に入る距離だ。緊張感が無いのは問題だが、恐怖で動きが鈍るよりは幾分マシだ。




 チューリップに限らず、花を模したモンスターはそこまで珍しくない。化け物チューリップが化け物と呼ばれる所以は、その大きさにある。本来、花型モンスターの体長は50センチから1メートル、アッシュの知る範囲では変異種で2メートルが限界だ。普段ではなんてことない葉の鞭も、6メートルの巨体からでは充分脅威になる。だからこそ真横に飛んで凌ぐことを強いられるのだが、


「全く、やりにくい敵だぜ!」


 触手の鞭をギリギリで避けて矛で傷を付け返す。そんなやり取りをもう2時間は繰り返している。繰り返される単純作業と状況の変わらないストレスによって焦りは増し、必要以上に疲労が蓄積していく。手を止める暇は無い。こちらが回避に徹すれば、チューリップはパッシェの土壌から吸収した栄養で見る間に回復していく。


 できれば撤退狙い、という指示も面倒だ。リオの氷に多少は怯んでくれているが、力をセーブしているせいか明確にダメージが入っているのか分かり難い。パティの弓も同様だ。敵の攻撃が鞭を振り回すのみなのだけが不幸中の幸いか。


「アッシュ、あんたもうバテた訳じゃないよね?」

「余裕だな。新入りの俺達が疲れましたなんて言えるかよ。俺達が入る代わりに街の人を休ませる。チューリップを追い返すまではいかなくても、最低限の役目は果たさなくちゃな」

「そうそう、このまま朝までやる気持ちでいかなきゃ」



「……で、本当に朝になるとはね」

 勿論覚悟はしていた。でも何かしら事態が好転するんじゃないかとも淡く思っていた。助けに入った3人が交替を申し出るのも気が引け、結局夜通しで鞭をいなし続けてしまった。3人の献身に感激する副町長の言葉も耳に入らず、アッシュが過ちに気が付いたのは仮設仮眠室に入った所だった。


「おいお前ら、早く街に戻るぞ」

「ええ?」「寝た後じゃ駄目かい?」

「駄目だ!早く戻らないとリーベちゃんが心配する」

「はあ?」

「俺達は本来宿のベットで寝ている筈なんだ。それにリーベちゃんはきっと早起きして朝食を作っている。あの子に心配かけちゃいけねえのは分かるよな?寝るなら向こうのベットだ」

「仕方ないわねー」「うん」


 3人は夜通し共闘した町民に軽く挨拶をすると、次の晩に戻ることを約束してその場を走り去った。全力ダッシュで駆けるアッシュに2人が数分遅れで追いついた時、宿の入口で立ち尽くすアッシュの後ろ姿が見えた。


「何してるんだいアッシュ。早く入ってご飯食べて、寝よう」

「いねえんだ」

「誰が?」

「リーベちゃんだよ!宿のどこにもいない!」

「案外寝てるんじゃない?もしくはトイレかもしれない」

「それも違うな、見てみろ」


 指さす先には受付の一角にある窓、平時なら咲き乱れる花を楽しめたであろう大きな窓は外側から打ち砕かれ風が差し込んでいる。徹夜の戦いの後で緩んだ三人の緊張感が限界を越えて引き上がる。消えた少女と明らかに何者かの手が入った窓ガラス。考える暇もなく、異常事態が起こっていることを理解させられた。

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