犯人を追って
「何だよこれ……!?郊外の巨大チューリップだけでも大変なのに、こっちでもモンスターか!?」
「モンスターならその場で食ってるし匂いが残るだろ。これは人が起こした誘拐だよ。最悪のタイミングで火事場泥棒がきやがった」
よく観察してみれば、ガラスの散らばる床には湿った泥が散らばっている。明瞭という程ではないが、泥の形は足跡に見えなくもない。リオはリーベが何者かに連れ去られたという事実を咀嚼し、憤慨した。パッシェの住民がこの街の伝統を、子供達のために背負う苦労をお前等は知っているのか。いや、知らなかったとしても罪の重さは変わらないか。怒りで頭の沸騰したリオに対して、アッシュの判断は早かった。
「他の被害も確認するぞ。この様子なら、家の外から見るだけで大まかに確認できる」
アッシュの懸念は的中した。割れたガラスが確認できた家屋は7件、開け放たれた窓のある家屋も4件ある。被害は最低でも11人程度と見るべきか。状況を把握したアッシュが次の行動を決断するまでに時間はかからなかった。
「俺とリオで追う。パティは町長と騎士団に報告を頼む」
「了解」「分かった、でもあてはあるの?」
「俺達が入ってきた街の入口だ。ちょうどチューリップから反対側だからな。急ぐぞ」
アッシュが小声でパティに何かを伝えるとパティは呆れた面持ちで頷いた。パティは先程走ってきた道へ向かって駆け出し、2人は反対方向、昨日訪れたばかりの街の入口へ向かった。荷物を持った子供と歩けば10分かかる道でも、青年二人の駆け足なら数分で足りる。そしてアッシュの予想通り、街の入口から目の届く範囲には馬車らしき足跡と轍がくっきりと残されていた。
「跡を辿るぞ。このぶんじゃ近くに拠点がある」
「うん。でも、こんなに都合よく証拠を残してくれるなんて親切だね。罠だったりしないかい?」
「ありえるな。とはいえ追わないわけにもいかないだろ。俺達は2人しかいないんだ」
轍に沿って走りながら、アッシュは自身の考えを話してくれた。誘拐犯グループの行動には粗が多い。子供を運ぶためとはいえ街の入口に馬車を停めることは勿論、窓を無理やり割って入るやり口も雑と言えば雑だ。鱗や爪の一枚でも落としておけばモンスターの襲撃という可能性が生まれる。別方向にモンスター特有の異臭や足跡でも偽装すれば、アッシュ達はしっかりとそちらを追跡しただろう。そこまではリオも同感だった。
「奴等が楽した理由はあの化け物チューリップだ。あれで街の大人の目を逸らしつつ消耗させた」
「あんな大型のモンスターを誘拐のために利用したっての!?不可能だよ!意思疎通もできないのに」
「誘引物質でおびき寄せるくらいならできるだろ。やりすぎとは俺も思うけどな。そう考えると奴等の雑さも説明がつくんだ」
アッシュの見立てた大まかな誘拐計画はこうだった。まず大型モンスターを誘引物質で郊外の花畑に誘導し、大人の目を引く。観光資源を盾にして手を出しあぐねる町民を疲弊させ、街の警備の目や計画完了後の対応を遅らせる。彼等は老人か子供が殆どの家に押し入り、証拠を残す不安を抱えることもなく余裕を持った犯行をした。リオは暴行を受けたような痕跡が残っていなかったことを思い出し、不幸中の幸いかとちらりと考えた。そんな一瞬の安堵を気を引き締めるようにかき消す。子供達がどんな目にあっているのかも分からないのだ。勝手に安心してはいられない。
「まあ今は予想だけしていても仕方ない。見てみろよ……、本丸臭いのが見えてきたぜ」
「あれは……、門に『クルシア帝国管轄 大陸東第一自然観測所』って書いてあるのか……?」
二人の視線の先、木々の隙間の向こうに二階建ての建築物が現れた。石造りのその建物は既に本来の役目を終えているらしく、外壁のそこかしこに入ったヒビを補うように濃緑色の蔦が走っていた。見た目からして明らかに廃墟であり、犯罪者のアジト代わりとしては申し分ないだろう。
「知らん施設だな。もう使われてないみたいだけど」
「講義で聞いたことがあるよ。まだクルシア帝国が周辺諸国に統一戦争を仕掛けていた時代に、周囲の自然環境を調査する、っていう名目で作った軍事施設だ。物資の備蓄や兵士の支援に使ってたみたい」
「ただの拠点に大層な名前つけやがって。まあ設備の大半が無くなってるのは救いなのか?」
二階部分には覗き穴や弩弓の発射台らしき痕跡が散見されるが、その奥には汚い内壁しか見えず、そもそも酷いヒビ割れで人が立ち入れるような雰囲気ではない。追手を想定していない計画立てからして、見張りもおざなりに一階部分だけを使っているのかもしれない。
一応見張りに注意しながら施設周辺を遠巻きに一周したが、敵の見張りと出くわすことは無かった。施設の敷地面積は一般的な住宅と変わらず、逃走用らしき馬車が建物の裏に停めてあるというのが新たに得られた情報だ。以上の情報から二人が思案し実行した手段は、粗雑かつ乱暴で派手な作戦だった。
「いやあ健康なガキが15人、事業の滑り出しとしちゃ順調じゃないスか?」
「全くだ。パッシェの騎士が金でヘコヘコ従ってくれるおかげで随分楽に事が進んだ」
「へへ、正義の味方が聞いて呆れるっスねぇ。ん……、なんか窓に霜が降りてきましたね」
「最近こういう異常気象多いなぁコノヤロー。おい、お前火魔法使えるか?」
「いやあ俺は苦手っス。どうしてもってんならリーダーに……、ん?、何スカこの音。……、うおおおォ!?何スかあぁぁぁぁ!?」
下っ端の言葉は突如として頭上で響いた轟音によって詰まり、悲しいかな続いて飛び出た叫び声もかき消された。そこから待つこと数十秒、爆音が静まり沈黙が流れる。更に数秒経った後に2人は机の下で頭を抱える姿勢を解いた。
「……収まったんですかね?」
「おう、だが一体なんだってんだよ、モンスターか?一応周囲には危険なのはいないって確認したんだが。俺は外に出て様子を確認してくる、お前は一先ず中で待機しとけや」
「了解っス!先輩!」
後輩に指示を飛ばしながら外へ続く扉をこじ開けた『先輩』が周囲を見回して最初に視界に映ったのは、完全に崩壊してバラバラになった二階の外壁部分と、それを支えるように隙間を繋ぎ止める薄水色の氷だった。大きいものは四方一メートル大の大岩に、小さいものは砂利のように刻まれた石壁が、まるで爆発の瞬間で時間を止めたように空中に静止している。場所と規模さえ違えば美術作品にも見えたかもしれない。
筋道立てるならば、風化した二階部分が音を立てて崩れ、それを誰かが氷魔法で止めることで二次被害を防いだ、といった辺りか。先程窓に降りた霜はその余波だということだろうか。誰が魔法を使った?そもそも霜が降りたのは音が鳴る前では?予想以上に意味不明で深刻らしい状況に対して、口から漏れ出た感想は呆れる程短絡的だった。
「馬鹿げた状況だな、なんだこれ」
「馬鹿には充分なんだなあこれが、バカ!!」
突如として森から叫び声が聞こえ、振り向こうと思ったときには背中を何かでどつかれて地面に突っ伏していた。転がって仰向けになった『先輩』の上着の袖を、矛の柄が抑えた。矛の持ち主である茶髪の青年は釣り上げた目でじろりと廃墟の方を見回しつつ、こちらに向けて心底侮蔑するような視線を向けた。男は左足を『先輩』の股間に軽く押し当てると、きつく結んだ口をゆっくりと開いた。
「テメエが誘拐犯だろ?人数構成と子供の安否を言え」
「へっ、何者だ、お前。……言わなかったら?」
「股間潰して首飛ばす」
「参ったな。それは敵わん。こっちの人数は30人、ガキ共はまだ全員無事だよ。まだ、ね」
「そうか、随分素直で助かるよ」
子供の無事を伝えた瞬間、茶髪の青年が微かに警戒を緩めたのを男は見逃さなかった。自分の命と上司への恩との間で逡巡はあったが、元より拾われた命、迷う時間はわずかだった。
「グッパ、俺の事はいい!下にいるリーダーに状況を伝えろ!」
「先輩!り、了解っス!」
「あ!?ああそうか、成る程な。テメエいい覚悟してるじゃねえか」
茶髪の青年の足に力が篭る。股間に強い圧力がかかり痛みが増す中、男は自分の命の終わりを覚悟した。いつか見た、兎が獅子に捕らえられ喰われる様子を思い出す。あの兎は、獅子が背後に迫った視点で逃げるのを諦めた。兎は悟ったのだ、自身の運命を。幼少期には阿呆だと笑った兎の思考を、数十年経って同じ立場に立つことで理解した。こちらを見下す青年の眼光は捕食者のそれだ。あの獅子と同じだ。ああ、自分はこいつに殺されるのだ。ちらりと廃墟の入口を盗み見る。時間稼ぎにはなっただろうか。男はわずかばかりの助力になっている事を願い、意識を失った。
「……アッシュ、その人は倒したのかい?まさか殺して……」
「おいおいよしてくれよ。こいつが勝手に泡吹いて意識を無くしやがっただけさ」
「まだ息はあるみたいだね。にしても敵は30人か。人質の救出も考えるとかなり辛い戦いになるね」
「正直このオッサンの言うことは怪しいが、そう思っといていいだろうな。敵に見つかった以上ここからは速攻だ。準備ができたなら突入するぜ」
「ああ、急ごう」
何事にもギャップという概念は重要だ。燃える氷。白の中の黒。清純派俳優の不貞行為。一般感性への浸透度と意外性が大きい程印象は強く深く刻まれる。今広がる光景もそう、木組みの古びたベッドに腰掛ける少女特有の細く伸びた肢体は、無骨な石壁と苔が目に付く薄暗い室内にあることで陽の下よりもいっそう輝いて見える。間に合わせの黄ばんだブランケットを纏う姿は、むしろ全裸よりもフェチズムを刺激する。湿度を持った紅潮する少女の頬にレイモンド・フラスバーンはそっと掌を添え、ゆっくりと肩、腕、掌へと移動させた。
「少し指先が荒れているね。外で遊ぶのが好きなのかい?」
「い、家が宿をやっているのでそのお手伝いを……。あの、わたし、もうお家に帰りたいんですけど……」
「そうか、そうだろうね。私もしばらく故郷に帰っていない。時折思い出す夜もあるが……、結局は何事も慣れなのさ。君にも素敵なめぐり逢いがあることを願うよ」
「し、質問に答えてないと思うんですけど」
「ふふ、小さいのに聡い子だ。……うん、腕にも怪我はないね。君が馬車から落ちた時はどうなるかと思ったよ」
「放ってくれても良かったのに」
「いけない。君は大事な商品なんだ。そう、商品。おや、ドタバタと騒がしい音がするね。このまま時間のある限り語っていたい気分だが、どうやらそうもいかないらしい」
レイモンドがリーベの肩から手を放して一拍置いた後、廊下から甲高い足音が急き立てるように響いた。足音の主はノックもせずに乱暴に扉を開き、途切れ途切れの声のままレイモンドに言伝をした。
「ハァ、ハァ……。矛が降りて茶髪にミダンさんが、ゼェ、霜にやられて見つかりました」
レイモンドは困惑した。何を言ってるんだこいつは。緊急事態らしいがいまいち緊迫感が伝わってこない。
「まずは落ち着きたまえ。熱心なのは結構だが、あまり興奮した様子だと変態の様に見えるぞ」
「いやあ、リーダーじゃないんだから、子供に手を出すのはないでしょ。ていうか商品ですし」
「いい度胸だなお前。余裕が戻ったなら早く状況を報告しろ」
「そうだった、外がヤバいんですって!」
部下の報告は息を整えてもイマイチ要領をえない内容だったが、事態の概形は把握した。街からの追手によってミダンが拘束され、今にも突入されそうな様子。敵は人相の悪い矛使いと氷魔法の使い手。
「成程な。ならば早く地上に戻れ。こっちは3人しかいないんだからな」
「俺は捨て石ですか!?」
「元々周囲のモンスターや追手の対処はお前等の管轄だったんだ、侵入者もなぎ倒すくらいの気概を見せろ。私はな、君達で充分だと考えたから任せたんだぞ」
「へへへ、期待されてますねぇ。まあ、大船に乗ってのんびり待っててくださいよ、チャチャっと終わらせてきますから」
上司を勝手に乗船させたグッパは、来た時とは間反対の堂々とした様子で地上へ続く道へ歩いて行った。自信があるのは頼もしい限りだが、いかにも三下臭い言動のせいか全く安心できない。とはいえ、グッパもミダンも実戦経験の豊富さを重視して抜擢した部下だ。ミダンが無力化された事は気になるが、警戒して待ち受ける立場の今であれば、グッパは時間を十二分に稼いでくれるだろう、そう思い直すことにした。ならばレイモンドがすべき事は一つ、部下が敵を食い止める間に少年少女を運び出すことだ。レイモンドはベッドの片隅で震える少女に目を向けた。
「急ぎの仕事が入ってしまった。君の話をもっと聞いてあげたかったが、本当に残念だよ。さあ、皆が集まっている部屋に行こう。その奥に脱出用の通路があるんだ」
声をかけても応じる様子のないリーベを抱き起こすべく両手を伸ばしたが、その手がリーベに触れることはなかった。金具が外れる勢いで開け放たれた扉の向こうから一陣の風のような影が現れ、その手に携えた矛をレイモンドの首筋目掛けて水平に振り払った。間一髪で膝を折り曲げて回避し、勢いをつけて横転し距離をとる。彼我の距離は5メートル程、影が追撃してくる素振りはない。レイモンドは半身の構えで右手を前に出して迎撃姿勢をとり、相手を観察した。
装備は矛のみで魔石を用いた装飾品の類はなし。赤いコートの裏には暗器の類も見えず、武器は手に持った矛とベルトに据え付けられた小型ナイフくらいだろうか。何より印象深いのは対人戦闘、それも室内戦闘への慣れだ。躊躇なく首を狙ってきたのもそうだが、室内にまで矛を持ち込んできたうえに一瞬で部屋の大きさを把握して斬りかかってきた。怒り心頭でブチ切れ状態といった表情とは裏腹に、頭は冷静らしい。
「随分と厄介そうじゃないか。ふふふ、これもギャップだ」




