Deviance World Online エピソード7『Loss!Loss!Loss!』
凍結された空間の中で、ロッソは悠然と動く。
時間に余裕はないが理屈だけで組み上げていた理論がこうも上手く刺さればやはり、笑みを隠すことはできない。
けれども時間は有限であり、状況が変化しているのならば。
杖を動かし、詠唱を始める。
「『術式開放、魔力を熱量へと変換。対象は半径一メートル、摂氏1045度の熱量を食らいなさい【エクスプロージョン】』」
魔力が直接熱量に変換され、鍵言葉の発言とともに解放された。
モデルは黒狼の『始まりの黒き太陽』、科学者としては忌避すべき信仰を以て成立した魔術を目標に据え純粋な魔術の方式のみで成立させた絶対的な熱量の塊。
放たれれば一溜まりも無い、その極小たる熱の塊がわずか一瞬の空白共に膨張する。
はずだった。
術式が切断され、魔力が掻き乱されている。
理解が及ぶよりも尚早く、対処することすらも許されない刹那に。
攻防とすらも認識できない僅か一瞬で、『白銀』の刃が術式を切断していたのだ。
「嘘、この空間で動けるはずが……」
「私の装備魔力耐性は10レベル、ミスリル製合金の鎧に純魔法攻撃は無意味ッ!!」
「解説有難う、そして理解。相場を勘定に入れ忘れてたわ、全く待って不甲斐ない。けどその程度で有利に立ったつもりかしら?」
「貴方は、後」
未だ動けていない黒狼に剣を向けた、『白銀』たるクラリスの職業は『重戦士』。
その本懐こそカウンター、自らに請け負ったダメージを攻撃力に変換するスキル『背水の闘争』と長時間戦闘による攻撃力倍率の加算を担う『デットヒート』に加え彼女が装備しているタリスマン『アルケミストの加護』の効果によりその攻撃力は防御力にも参照されるようになった。
つまり、圧倒的な耐久力と攻撃力を両立している。
その数値は状況および状態によって変動するためステータス換算では一概に言えない、だがおよそだけで弾き出すならばSTRとVITが擬似的に620〜800に迫っているだろうか。
これは相当な値である、少なくとも現プレイヤーの中で基礎数値のみを語る場合はこれ以上となるのならファーザー・ガスコンロ以外にあり得ない。
それも下振れている時の値であり上振れればスキルを併用せねばその値に辿り着くことはないだろう、どちらかと言えば神父の規格外さに驚く話だが同様の数値をVITでも事実上所持していると言うのは相当な話だ。
故にこそ黒狼が、天敵となる。
このゲームには一概にダメージと言っても幾つかの条件で扱いが変動する場合がある、特に黒狼のソレは顕著だ。
基本的には三種類、通常物理ダメージ・属性ダメージ・ステータス無視(貫通)攻撃である。
そして最後、そのステータス無視(貫通)攻撃こそが最も厄介な攻撃になり得るのだ。
この世界は基本的にステータスシステムによって超人的な戦いが成立している、逆を言えばステータスさえ無視すればその存在はただの弱い人間なのだ。
だからこそステータス無視攻撃がデフォルトである聖剣『エクスカリバー』が酷く脅威であるように、その聖剣たる輝きがレオトール・リーコスの身体を穿ち抉ったように。
黒狼の『始まりの黒き太陽』が、『復讐法典:悪』がステータスを無視し身体に直接ダメージを与えることができる以上は。
この世界に住む全ての存在にとって黒狼は圧倒的なまでの、脅威となる。
黒狼は先程の攻撃でソレを示した、示してしまったのだ。
凍結、停滞した世界の中で唯一黒狼が止まっている。
間違いのなく、致命的な隙を晒しており加えればこの領域内で特殊なギミックを仕込む猶予すら黒狼には無かった。
ここで押し切れば殺せる、確かにそして確実に。
クラリスは一気に地面を蹴り付け、体を軸に剣を振り回す。
アクティブスキル『横薙ぎ』の派生アクティブスキル『回転切り』、攻撃範囲とそのモーションに着目した選択は攻撃力不足がありながらもこの瞬間においては正解。
そして敢えて宣言せずにモーションを行うことで本来ならば消費するはずのスタミナを軽減し、魔力の消費を抑えるテクニックも忘れない。
また宣言しないことでモーションの固定というアクティブスキルのデメリットを打ち消し、故にロッソの干渉にも対処できる。
「『パラライズ・電撃』ッ」
「『マジックキャンセラー』」
「ミスリルめッ、厄介ね……」
「さすがに仕留め切るには至らない、残念」
だが、未だ空間は凍結している。
これはことを急いだロッソの影響だ、神の権能とはソレだけで大いなる力である。
先ほどは余裕がないと称した魔術の展開だが、それはDEXとAGIが比較的低い魔術師職にとってはの話。
極めれば最低戦闘速度が音速の領域に達する、否。
極めずとも戦闘速度が音速の領域に存在する近接職にとっては、僅か十秒程度の猶予は十分な時間と言えるだろう。
そのうえ、これで確実に仕留めると息巻いていたロッソの魔術はより強固に結びついていた。
本来の時間よりもさらに長く継続されているであろう効果、追い詰められているのはロッソだ。
「けど、次はない」
「私もそう、言いたいわねぇ……」
げっそりと、という言葉が似合いそうなほどに弱弱しくクラリスの言葉へと返す。
自信がないのだ、動かない黒狼を守り通し自らが展開した魔術効果が消失するまでを耐え抜くのは。
ロッソはモルガンと違い、自らの魔術領域での戦闘に長けている。
それは根本的に魔力量による術式展開能力の上限があり、だからこそ錬金術を併用した低コスト低燃費の魔術運用を主軸にしているという側面から自らの魔術領域においては強いという結果が生まれた。
けれどもこの状況は本来ロッソが得意な状態であるにもかかわらず、これ以上なくロッソが追い詰められている結果となっている。
それはやはり前衛不在という魔術師にとっては致命的な欠陥が生まれていることだろう、盾がなければ準備ができないというわけである。
まぁ、とはいえ無力化してくるわけではないのだから遣り様はある。
そもそもミスリルの属性軽減率など高が知れている、ミスリルの特色はその魔力伝導性であり間違っても遮断性ではない。
確かに純魔力による攻撃や、物質を伴わないエネルギーに単純な魔術的付与には強いが魔術を用いた質量による圧殺には強くないはずだ。
そもそもミスリルは魔法銀と言われており、銀は決して硬い金属ではなく装備に組み込めば耐久度の低下を招くデメリットもある。
それに加えて爆炎と凍結による金属劣化を引き起こしており、少なくとも耐久度は高くないだろう。
確かに、そして間違いなく。
「不利なだけにするつもりはないわ、ただ有利に持っていくのも難しいわね」
「独り言? 不気味」
「不気味とは酷いわね、貴方の喋り方も独特よ」
頭頂部に叩き込まれた剣戟を杖で受け耐えながら、ロッソは表情を隠した。
思わず歪んでしまった、その口元を隠すために。
動き出した黒狼のその姿を、悟らせないために。
「『貫通突き』、おいおい。魔術を使うのなら味方への影響を考えろ、常識だぞ?」
「装備が、壊れた……!! 不味い、ッ」
「信頼してなかったのよ、貴方の実力」
「酷っでぇ」
だが、その敗北は信用していない。
黒狼と言う男は敗北に嫌われていると言ってもいい、負けろとどれ程に願われてもだ。
勝つ盤面では必ず勝利を収める、故に『死なずの英雄』故に『不死王』足り得る。
反撃の時間だ、右手に湛えた太陽を翳して黒狼は笑う。




