第19話 イーリス、結太と桃花に真実を告げる
突如として、イーリスの口からこぼれた言葉に、結太は耳を疑った。
いつも、はつらつとしている彼女からは、とうてい想像出来ないような言葉だったからだ。
イーリスは、『死にたくない』と言った。
――聞き間違いなどではない。
ハッキリとそう言った。
だが……『死にたくない』とは、いったい……?
普通に考えれば、彼女に〝死が近付いている〟――ということだろうか。
だから、『死にたくない』と。そういう言葉に繋がるのか?
(イーリスが死ぬ……? まさか。ジョーダンだろ? あんだけ元気なヤツが?……さっきだって、サンドウィッチやらおにぎりやら、呆れるほど食ってたじゃねーか。あれが、もうすぐ死ぬかもしんねーってヤツの食欲か? あり得ねーだろ)
そうやって、笑い飛ばそうとしたのだが。
心臓が、うるさいくらいに大暴れしていて、そのせいで、吐き気までして来て……。
とてもじゃないが、笑えるような状態ではなかった。
(……嘘だろ? 『死にたくない』って……それ、どーゆー意味なんだよイーリス? 死ぬなんて……おまえから、一番遠いとこにある言葉じゃねーか。なのに――……)
「――楠木くん?」
ふいに。
呼び掛けられた結太は、ハッとして顔を上げた。
視線の先には、小首をかしげ、心配そうにこちらを窺っている、桃花の姿があった。
「あ……」
『マズい』と思った瞬間、部屋からイーリスが走り出て来て、結太と目が合うと、
「結太。……いつから、そこにいたの?」
探るような目つきで訊ねられ、息が詰まった。
慌ててごまかそうとしたのだが、『あ――』と言ったきり、言葉が出て来ない。
その様子を見て、彼女は全て覚ったのか、一度、辛そうに目をそらし、
「どーせ、聞いてたんでしょ?……でなきゃ、そんな顔しないわよね……」
弱々しい声で漏らすと、フッと笑った。
「あ……。イーリス、オレ……」
立ち聞きしてしまった後ろめたさと、知ってしまったことの重大さに、胸が詰まる。
結太は何を言っていいかわからず、沈黙してうつむいた。
様子のおかしい2人に、桃花は戸惑い、どう声を掛けていいのか、わからずにいたのだが。
「こうなったら、しょーがないわね。嘘をついてることにも、疲れちゃったし……。結太、桃花。あなた達にだけ、本当のことを話すわ。――聞いてくれる?」
今まで見たことがないほどの穏やかな笑みを浮かべ、イーリスが口を開いた。
結太と桃花は、複雑な表情で顔を見合わせた後、彼女に向き直り――どちらからともなく、こくりとうなずいた。
イーリスの部屋へと移動した三人の間には、しばらく、重い沈黙が横たわっていた。
イーリスは窓辺で外を眺め、結太達に背を向けて立っている。
結太と桃花は、ベッドに並んで腰掛けていた。
いつもであれば、並んで座っているだけでも、お互い緊張してしまい、ソワソワと落ち着かない気持ちになってしまうのだが……。
二人共に、今は、照れている場合ではないと承知している。
イーリスが再び話し始めるのを、ひたすらに待っていた。
「……アタシね、もうすぐ死んじゃうみたいなの」
重苦しい沈黙を破り、イーリスがポツリと漏らす。
既に、その言葉を聞いていた結太は、深くうつむくのみだったが、初耳である桃花は、『えっ!?』と短い声を発した後、呆然とイーリスを見つめた。
窓から外を見ていたイーリスは、くるりと半回転し、
「ねえ、結太。病院で、初めて会った時のこと、覚えてる?」
簡単なクイズでも出すように、結太に向かって問い掛ける。
結太は顔を上げ、まっすぐイーリスを見返してうなずいた。
「ああ。もちろん、覚えてるよ。……病院の屋上で、おまえは手すりの上に立って、大笑いしてたよな」
「ええっ?」
桃花が驚きの声を上げる。
イーリスはクスクス笑って。
「そうそう。――アタシね、一年に一度、あの病院で健康診断するのが、恒例になってるの。母が亡くなってから、義父が、そーゆーのに神経質になっちゃってね。そこでちょっとでも微妙な結果が出ると、大騒ぎしちゃって、精密検査を受けさせられるのよ。毎年、特に問題なしって結果が出てたんだけど、今年は、ほんのちょっとだけ、良くない数値が出ちゃったらしくて。泊まり掛けで、あちこち精密検査受けさせられて……結太と出会ったあの日、その結果が出たの。〝全て異常なし〟って」
「……えっ!?」
〝全て異常なし〟――?
それでは、さっきのイーリスの告白は何だったのだ?
……まさか、からかっていただけ?
それとも、質の悪いドッキリ?
様々な想いが胸の内でぐるぐると回り、結太と桃花は、複雑な表情をイーリスに向けた。
だが、彼女は真剣な顔に戻ると、
「その結果を知らされて、アタシ、ホッとしちゃって。……だって、そーでしょう? いつも異常なかった健康診断で、ちょっととは言え、正常値じゃない結果が出て……義父から、真剣な顔で『精密検査を受けろ』だなんて言われたら、誰だって心配になるじゃない。……だから、結果が出るまでは、気が気じゃなかったわ。もしかして、悪い病気なのかしら? アタシ、死んじゃうのかな?……って、何日もろくに眠れなかった。なのに、結果は〝異常なし〟でしょ? なんだか、拍子抜けしちゃって。その解放感もあって、屋上に出て、思いっきり大笑いしちゃったの。『アタシは生きてる!』『まだまだ、死んだりしないわーーー!』って、心の中で叫びながら……ね。そこを結太に見られてたなんて、思いもしなかったから……かなりビックリしちゃったけど」
フフフと、悪戯っ子のような笑みを浮かべ、イーリスは結太に視線を移した。
結太は彼女の本心がつかめず、戸惑いの表情を向ける。
イーリスは、再び結太から視線を外すと、抑揚のない声で。
「これでもう、何の心配もないって、思ってたんだけどなー。……楽しい日常が、これからも続いてくんだって……そう思ってたのに」
つぶやいた後、イーリスの両目から、大粒の涙がポロリとこぼれた。




