第3話 咲耶、様子のおかしい結太とイーリスを怪しむ
朝食後。
龍生は皆に向かい、
「今日は各自、自由行動ということにしよう。どこに行って、何をしようと自由だ。昨日のように海で遊ぶもよし、砂浜でのんびりするもよし、部屋の中で読書しても、まだ宿題を終わらせていない者は、宿題をする日に当てたっていい。完全にフリーということで、好きなように過ごしてくれ。必要なものがあれば、東雲や鵲に伝えてもらえれば、彼らが用意してくれるはずだ」
連絡事項を淡々と告げると、くるりと結太を振り返る。
「おまえは俺の部屋に直行だ。――嫌とは言わないだろうな?」
『おまえに拒否権はない』と顔に書いてあるような、圧力を感じる笑顔だった。
結太は深々とため息をつき、『わかってる。言わねーよ』と観念したかのようにつぶやくと、ガックリと肩を落とした。
龍生の後ろから、まるで連行されて行くように、結太がすごすごと出て行くと、咲耶は訝しげに首を捻った。
「なんだ、秋月の奴? てっきり、今日も何か計画しているんだろうと思っていたのに、自由行動だと?……それに、さっきの楠木の様子も気になるな。背中丸めて秋月について行ったりして……あいつ、何かやらかしたのか?」
恋人が自分そっちのけで、結太のみを連れて出て行ったのが、不満な上に不可解だったのか。
咲耶は腕を組み、ブツブツと一人でつぶやいている。
「う~ん……。まあ、結太については……アタシも責任感じちゃうところはあるんだけど……ね」
苦笑いなどを浮かべつつ、イーリスは髪を掻き上げた。
桃花はパッと顔を上げて、真剣な顔つきでイーリスを見つめると、
「イーリスさん、何か知ってるの? 楠木くん、どーしてあんなにションボリしちゃってたの? 知ってるなら教えて?」
両手を胸の前で組み合わせ、心配そうに眉をひそめる。
イーリスは、再び『う~ん』と言いながらニヘラと笑い、
「それがねー。ちょーっとここでは言えないことでー……」
そう言った後、チラリと咲耶の顔色を窺う。
目が合った咲耶は、ムッとした顔でイーリスを睨みつけ、
「なんだ、その言い方は? それではまるで、私にだけ言えないことがあるみたいじゃないか!」
今にもつかみ掛かって行きそうな勢いで、足を一歩前に出した。
桃花は慌てて二人の間に入り、咲耶に落ち着くよう言い聞かせる。
イーリスは、珍しく挑発するようなことも言わず、気まずそうに目を伏せたまま、沈黙した。
いつもの彼女らしくない様子に、咲耶も気がそがれたのか、前傾姿勢から体を元に戻すと。
「……なんなんだ、いったい? 楠木と言い、イーリスと言い……拾い食いでもして、腹でも壊してるのか?」
「――って、そんなワケないでしょッ!? 食い意地張った咲耶と一緒にしないで!」
珍しくしおらしいなと気を抜いていたら、いきなり食って掛かられた。
咲耶はカッとなって、
「な――っ! 何をぉおおお……ッ!?」
両拳を握って歯噛みするが、イーリスはハッと我に返り、ふるふると首を横に振った。
「ちっ、違うのよ! べつに、咲耶とケンカしたいわけじゃなくて……っ!」
そう言った後、自分が座っていた椅子の背に置かれていた、小さな紙袋を手に取る。
イーリスは紙袋を手にしたまま、しばらくソワソワしていたが。
やがて、意を決したように顔を上げると、片手で紙袋をつかみ、サンドバッグでも叩くかのごときスピードで、咲耶の前に差し出した。
「……な、何だこれは?」
驚きと戸惑いの入り混じったような顔をして、咲耶はイーリスに目をやる。
イーリスは顔を背け、咲耶の方を見ないようにしながら、
「い、いーから受け取りなさいよ!……どーせ、他に持って来てないんでしょ?」
「……はぁ?」
何のことやらさっぱりだったが、咲耶はためらいながらも、両手で紙袋を受け取った。
そして上げたり下げたり、くるりと回したりしながら、紙袋の外側を確認していたが、外だけでは何もわからないと覚ると、
「中……見てもいいか?」
咲耶らしくない、おずおずした様子で訊ねる。
イーリスが無言でうなずくのを確認すると、咲耶は紙袋に片手を差し入れ、中の物を取り出した。
「……何だこれ?」
咲耶の片手には、平たい小箱が握られていた。振ってみると、シャカシャカと音がする。
イーリスは顔を背けたまま、『……水着よ』とつぶやいた。
「みっ、水着だと?」
咲耶はたちまち頬を染め、何か言いたげに、じっとイーリスを見つめる。
見つめられているイーリスは、照れ臭そうに、やはり頬を染めると、
「咲耶のことだから、どーせ、スクール水着しか持って来てないんでしょ?……あんなことがあった後じゃ、もう、着にくいだろーし……。こーゆー時のために、一応、他の水着も持って来てたのよ」
「……イーリス……。おまえ……」
自分から言い出したこととは言え、咲耶に恥を掻かせてしまったことを、昨日から、ずっと気にしていたのだろうか?
意外過ぎるイーリスの心配りに、咲耶は少々感動していた。
「な、何よ? それしかないんだから、デザインが気に入らないとか、色が嫌だとか言わないでよね! 咲耶が断固拒否するから、ビキニ以外のタイプを選んであげたし……。そ、それなら文句ないでしょ!?」
相変わらず顔を背けたまま、イーリスは真っ赤になって言い放つ。
咲耶はプッと吹き出すと、
「何だよ、イーリス。おまえ……おまえ……良い奴だったんじゃないか!」
イーリスの真正面に飛び込み、彼女が悲鳴を上げるのも構わず、感謝の意味も込め、ギュギュギュ―っと抱き締めた。




