第12話 イーリスら、〝一線を越える〟の意味をはき違える
イーリスから、龍生と咲耶は、
『一線を越えちゃったに違いない』
と告げられた結太と桃花は、驚愕の声を上げた後、真っ赤になってうつむいた。
しかし、〝一線を越える〟とは、結婚している、または、恋人がいる立場の者が、別の異性と深い関係になってしまった場合や、何らかの、守るべきルールを破ってしまった時などに、使用される言葉ではなかったか。
龍生と咲耶は、正真正銘の恋人同士だ。〝一線を越える〟などという、〝モラルに反することをしてしまった〟時などに使用される言葉で表すのは、おかしいように思える。
……にもかかわらず。
何故イーリスは、『一線を越えた』という言葉を、恋人同士である二人に対して使用したのか?
それは、イーリスの勘違いから発生していた。
イーリスは、〝一線を越える〟という言葉の意味を、〝キスから先の行為に及ぶ〟ことだと思い込んでいた。
そして、結太と桃花も、その表現に疑問を抱くどころか、すんなりと受け入れ、赤くなっているところを見ると……同様に、思い違いをしているのだろう。
国語の成績のあまりよろしくない、結太とイーリスならば、そういう勘違いをしていてもおかしくないが。
桃花は、国語が得意教科であるはずだ。
こういう、言葉の使用ミスにも、すぐ気付くことが出来るはずなのだが……。
何故か今、この場では、誤った言葉の使い方――〝一線を越える〟=〝キスから先の行為に及ぶ〟――が、通用してしまっていた。
……まあ、誰でも若い頃は、その手の勘違いを、幾つかしてしまっているものだ。(……いや、〝誰でも〟は言い過ぎかもしれないが)
仕方がないので、彼らが間違いに気付くまで、そっとしておくことにしよう。
そんなこんなで、イーリスの言葉に大打撃を受けてしまった、結太と桃花だったが。
幼馴染であり、親友でもある二人が、また一歩、『大人の階段を上ってしまった』らしいことに、複雑な感情を抱いていた。
(龍生……。そっか、とうとう保科さんと……。ヤベーな、すっげー差ぁ付けられちまった。オレが……オレが伊吹さんに告白出来なくて、ウジウジしてる間に、どんどんオレの先を歩いて行っちまってる。……べつに、経験は早ければ早いだけいい、ってワケでもねーんだろーし、伊吹さんと、一気にそーゆー関係になりてーってワケでもねーけど……。やっぱ、焦るな。焦ってもしょーがね―ことだけど、でも……オレも早く、伊吹さんに告っちまいてー……)
結太が、龍生の初体験(まだ疑惑の段階だが)に焦りつつも、桃花への告白の遅れを、強く意識させられていた横で、
(そんな……。咲耶ちゃんが秋月くんと……おとっ、お――っ、大人の関係っ……に……? じゃあ、わたしが国吉さんのことを知らせに行った時……秋月くんと咲耶ちゃんは、もう……そーゆーこと、しちゃった後……だったってこと?……そっ、そー言えば、秋月くんがドア開けてくれるまで、結構待ったっけ……。出て来た時、秋月くん……すごく機嫌が良さそうだったし、咲耶ちゃんは、あの時も……わたし達が、別荘に戻って来た時、も……ぐっすり、眠っちゃってた。……じゃあ……じゃあ、あの時眠ってたのは……泣き疲れて、ってゆーより……そのっ、そーゆーことしちゃった後だった……から? そーゆー疲れだった……ってこと?)
桃花は、〝国吉失踪事件後の二人〟を思い返せば思い返すほど、イーリスが言うように『怪しい』ことばかりだったと、今更ながら痛感させられていた。
深い関係になることは、恋人同士であれば、当たり前のことだ。
順調に交際が進んでいるということなのだから、喜ばしいことではないか。
そう思う一方。
幼馴染カップルが、着実に恋人との関係を深めて行っていることを、祝福してあげるべきなのに。
自分だけ、どんどん置いて行かれているようで、寂しい。
そんな負の感情に囚われてしまいそうになるのもまた、二人の真実なのだった。
「ねえ、ちょっと! いつまでそうやって二人して、真っ赤になってうつむいてるつもりなの? いい加減、あなた達の意見も聞かせてほしいんだけど?」
イーリスはしびれを切らせたかのように、結太と桃花に意見を求める。
二人は軽く目配せし合い、ゆっくりと顔を上げた。
「意見、って言われても……。龍生と保科さんが、そーゆー、深い関係になってたとしても、さ……。二人は付き合ってんだから、当たり前じゃねー? それに、二人の仲がどこまで進んでよーが、周りがどーこー言えることでもねーだろ。あいつら、ただ付き合ってるってだけじゃなく、婚約者同士でもあるワケだし……」
「う、うん……。わたしも、そー思う。二人は真面目に付き合ってるんだし……。そーゆーことになってても、べつにおかしくないよ……ね?」
結太の意見も桃花の意見も、もっともだ。
真剣に交際している二人の関係が、どれだけ深まろうとも、周りの者がどうこう言えることではない。
――いや。どうこう言うだけ、野暮というものだろう。
だが、イーリスにとって、〝どう思われるか〟などということは、どうでもよかった。
野暮だろうが無粋だろうが、己の好奇心を満たすことこそが、最重要課題だったのだ。
――というワケで。
彼女は声高に言い放った。
「あーっもう! そーゆー優等生ぶった意見が聞きたいんじゃないのよ! アタシは、二人の仲がどこまで進んだのかが知りたいの! ただただそれだけが知りたいの! 知りたくて知りたくて知りたくて、堪らないのよッ!!」




