第11話 結太、うっかり大声を出してしまい口をふさがれる
兎羽の趣味に驚き、思わず大声を上げてしまった結太は、東雲に口をふさがれたまま、
「ばっ、バカッ!! 大声出すなって言っただろっ? 小声で耳打ちした意味ねーじゃねーかっ」
耳元で、ヒソヒソ声で注意されてしまった。
結太は『ごめん』の意味を込め、何度か小さくうなずく。
東雲は、結太の口からそっと両手をどけると、『もう大声出すなよ?』と釘を刺した後、
「なんかな、よくわかんねーんだけど、想像してるだけで楽しくなって来ちまうんだってよ。男同士、イチャイチャしてっとこ考えると。……え~っと、確か……あっ、そーそー! 世間では、そーゆータイプの娘らのこと、〝腐女子〟ってゆーらしーぜ」
「フジョシ……?」
今度は結太も小声で応じ、東雲はコクリとうなずいた。
「ここだけの話だけどな? あいつ、昔っから坊ちゃんの大ファンだったろ? 坊ちゃんと結太見るたび、『イヤ~ンっ。龍生様と結太くん、今日も仲睦まじいわぁ~。お美しい龍生様お一人だけでも、充分過ぎるほど目の保養だけど……可愛い結太くんと並ぶと、更に神々しさが増すわよねぇ~。あ~ん、もうっ。ス、テ、キ~っ』とかって、心ん中でキャーキャー言ってたんだってよ」
「はああっ? それっていったい……。え、と……つまり、オレと龍生で妄想……してた、ってことなのか?」
ゾッとすると同時に呆れ果て、結太は眉間にしわを寄せる。
東雲は無言でうなずき、結太の肩にポンと手を乗せた。
「なんか、すまねーな結太。うちの妹が、毎回妙な妄想しては、キャッキャ言っててよ……。あっ。けどな? 本人がゆーとこによると、べつに、本気でおまえらにどーこーなってほしーとか、どーこーしてほしーって、思ってるわけじゃねーんだってよ。ただ、素材としてっつーか、BLを妄想するためのアイテム?――みてーな感じ……なんだそーだ」
「……素材? 妄想するための、アイテム……?」
結太には、イマイチ理解出来なかったが……。
とにかく、現実がどうこうということではなく。
妄想の中で、勝手に男同士イチャイチャさせているのが好き――ということなのだろうか?
(まさか、あの兎羽さんが……そんな趣味の持ち主だったなんて……)
結太も、兎羽のことはよく知っている……というほどではないが、一応、見知った仲だ。
どのくらいの仲かと言うと、結婚式に呼ばれる程度には付き合いがあった。
結太が龍生と出会った頃。
東雲と鵲は、既に秋月家で働いていて、兎羽も東雲と共に、一時期(兎羽が高校を卒業するまでの間)ではあるが、秋月家に住んでいたのだ。
高校に入学するまで、龍生は私立の名門エスカレーター校に通っていたので、小学校からずっと公立という結太とは、少しも接点がなかった。
それでも二人が知り合えたのは、結太の父親が、秋月家の専属料理人だったからだ。
結太は小学校の頃、週末ごとに、父親に連れられて秋月家に通っていた。
だから当然、兎羽が〝龍生のファン〟だということは知っていたし、〝龍生の前だと様子がおかしくなる、綺麗なねーちゃん〟という程度の認識もあった。
彼女には、時々遊んでもらったりもしていたのだが……。
その兎羽が、龍生にキャーキャー言っていただけでは飽き足らず。
まさか、よりにもよって自分とセットにして、妙な妄想をしては、密かに楽しんでいたとは。
(……つまり、兎羽さんの妄想の中で、オレと龍生はこ……恋……っ、……こ……恋人、同士……に?)
考えたとたん、結太はクラっとめまいがし、足元をふらつかせた。
「わあっ!?――お、おい結太っ! ダイジョーブかよおまえっ?」
慌てて結太を抱き止めると、東雲は、心配そうに顔を覗き込む。
額を押さえ、体勢を立て直すと、
「あ……ああ……。悪ぃ、トラさん。なんかちょっと、ショックでさ。……あ。でもヘーキヘーキ。一瞬、クラっと来ただけだから。もー何でもねーよ」
そう言って、ニヘラと笑った。
東雲は申し訳なさげな顔つきで、結太の頭に手を乗せ、軽くポンポンと叩く。
「こっちこそ、すまなかったな。変な話聞かせちまって。……けど、念押しするみてーで悪ぃが、くれぐれも兎羽には黙っ――」
「わーかってるって! 約束は守るよ。安心してくれ」
言葉尻に被せて言い切ると、結太は力強くうなずいた。
東雲は、ホッとした様子で薄く笑うと。
「結太にはショックだったかもしんねーが、兎羽も一応、この趣味知られたら、一部の人間には嫌な顔されるっつーことは、ジューブンわかってんだよ。……まあ、べつに、悪ぃーことしてるってわけじゃねーんだがな。嫌な想いさせちまう場合もあるってんで、この趣味のことは、理解してくれる人にしか、教えてねーらしーんだ。……あっ。だからって、兎羽が結太のこと信頼してねーとか、そーゆーことじゃねーぞっ? そこだけは誤解すんなよ?――なっ? なっ?」
慌てて言葉を付け足す東雲の様子が、あまりにも必死だったので、結太は思わず吹き出してしまった。
たちまち顔を赤らめた東雲に、『ちょ…っ! 何だよ結太っ? 何がおかしーんだよっ?』と、両手で頭をワシャワシャされてしまったが、結太はアハハと笑い続けた。
『妹が悪く思われないよう、こんな年下のガキにも、一生懸命話すんだな』と思ったら、東雲が兎羽のことを、どれだけ大事に思っているかが伝わって来て……。
ほんわりと、心が温かくなってしまったのだ。
結太は一人っ子で、兄弟というものがどんなものなのか、実感としてわかることは、これからもないだろう。
しかし、東雲の〝妹を大切に思ってするあれこれ〟には、ちょっぴり呆れつつも、感心させられてしまう。『こんな兄妹なら、オレも欲しかったな』と、素直に思えるほどに――。
「ちょぉーーーっとーーーっ! さっきから、何を男達だけで盛り上がってんのよーーーっ!? こーんな可愛い女子二人を、いつまでほったらかしておくつもりぃーーーっ!? いー加減、こっち来なさーーーいっ!!」
何やらゴチャゴチャとやっている男連中に、ほとほと呆れ果てたのか。
いつの間にか真っ白なワンピースを脱ぎ、水着姿になっていたイーリスが、ムッとした表情で仁王立ちし、結太らを睨みつけていた。
彼女の陰に隠れるようにしているので、チラッと見えただけだったが、桃花も水着を着ているらしい。
結太はドキッとしながらも、
「悪ぃー悪ぃー! 今行くーーーーーッ!!」
大きく両手を振ってから、砂浜に突っ伏したままだった鵲を、東雲と二人掛かりで引っ張り起こす。
そして、嫌がる鵲を東雲と二人掛かりで引っ張りながら、女子達の元へ向かった。




