第10話 東雲と鵲、勢い余って砂浜に倒れ込む
鵲に飛び掛かられ、バランスを崩した東雲は、鵲もろとも砂浜に倒れ込んだ。
東雲は『――っ、ギャッ!』と短い悲鳴を上げた後、
「サギッ!! てめー……っ、いきなり何してくれてんだッ!? んな、裸同然のカッコで飛び掛かって来んじゃねーよっ、気色悪ぃーなッ!!」
これでもかと言うくらいのしかめっ面で、自分の上に覆い被さっている鵲の体を、ありったけの力でもって押しのける。
鵲は、目にうっすらと涙を滲ませながら、
「酷いッ!! 酷いよトラッ!! いくらなんでも、『気色悪い』はないだろッ!? 俺達、小学校上がる前からずーーーーーっと一緒の、幼馴染なのにぃいいいッ!!」
傷付いたような顔で、押しやろうとする東雲の両手首を掴んで訴える。
「幼馴染だろーがなんだろーが、気色悪ぃーことは気色悪ぃーんだから、しょーがねーだろーがッ!? 裸同然の男に抱きつかれて喜ぶ趣味なんざ、俺にはねーんだよッ!!」
「わーーーーーッ!! 〝裸同然〟〝裸同然〟って、そんな何度も言わなくたっていーだろッ!? 俺だって、好きでこんな恥ずかしい格好してるわけじゃないんだッ!! ジャンケンで負けちまったから、仕方なく穿いてるだけなんだからなぁああッ!?」
「わーかってるよッ!! おめーがジャンケン弱くて助かったって、こっちは心底ホッとしてるよッ!! お陰で、そんな恥ずかしー海パン穿かずに済んだんだからなぁッ!!」
「うわぁあああああッ!! 酷いよトラぁあああああッ!! 俺だって、俺だってこんなの穿きたくなかったのにぃいいいいいいッ!! これじゃただの罰ゲームだよッ!! 酷いよ酷いよあんまりだぁああああああッ!!」
「ダーーーーーッ!! だっからうっせーって!! いー加減どけよサギッ!! おめーの汗と涙がポタポタポタポタ落ちて来て、気色悪さ倍増してんだろーっ――がッ!!」
最後のひと声を掛け声にして、ようやく東雲は、鵲の体を押しのけることに成功した。
苦々しい顔で起き上がり、手や、体中についた砂粒を、両手で払い落とす。
幼馴染に『気色悪い』と言われたあげく、押しのけられたショックから、すぐには立ち直れずにいるのか、鵲はまだ、砂浜に倒れたままだ。
そんな彼を見下ろして、東雲は、うんざりした調子でつぶやく。
「ハァ――。ったく。酷ぇめに遭ったぜ。……けど、まー……兎羽がこの場にいねーのが、せめてもの救いだったな。あいつがいたら、『キャーッ! 男同士が裸同然の姿で抱き合ってるぅ~っ! ヤダもうっ。恥ずかしいけど、ス、テ、キ~~~ッ!』……とかって、大騒ぎしてたとこだ」
彼らの様子を、側でオロオロしつつ眺めていることしか出来なかった結太は、聞き捨てならない東雲の台詞に、思わず『へっ?』と間の抜けた声を上げた。
(トラさん、今……『兎羽がこの場にいないのが、せめてもの救い』とか……『あいつがいたら、大騒ぎしてしてるところ』……とかって、言ってなかったか?……うん。言ってたよな?)
結太は東雲をまじまじと見つめ、首を捻る。
〝兎羽〟とは、東雲が溺愛している、彼のたった一人の妹の名だ。
現在は結婚し、苗字は〝堤〟に変わっているが――。
実は東雲は、内心『早く離婚しねーかな』と願ってしまっているほど、筋金入りのシスコンなのだった。
「なー。トラさんトラさん」
「――ん? なんだぁー結太?」
「え……っと。今、トラさん……『兎羽がこの場にいたら大変だった』――みたいなこと、言ってなかったか?」
「あ?……あー……、まー…………言ったけど?」
たちまち、東雲の表情が曇る。
その顔を見て、訊いちゃいけないことだったのだろうかと、結太はしばし逡巡した。
……が、口から出てしまったことは取り消せない。芽生えてしまった疑問の種も、すぐに摘み取ることは出来ない。
結太はゴクリと唾を飲み込んでから、
「なんで? どーして兎羽さんがここにいたら、大騒ぎしてたんだ?」
思い切って、ストレートに訊ねてみた。
東雲は、『マズいこと言っちまったな』とでも思っているかのような困り顔で、結太から目をそらす。
腕を組み、しばらくの間、首をあちこち傾けたり、眉を寄せたり、目をつむったりして、落ち着かない様子で考え込んでいたのだが。
仕舞いには覚悟を決めたのか、まっすぐ結太の目を見つめ、
「これ、兎羽にはぜってーゆーなよ? 結太に知られたのがバレたら、兎羽に縁切られちまうかもしんねーからな……」
なんとも頼りない顔つきで、ため息をつく。
結太は、『絶対誰にも言わない』と約束し、東雲の答えを待った。
東雲は大きな体を丸め、結太の耳元に口を寄せると、
「……実はな、兎羽……昔っから、〝BL〟ってもんが好きらしくてな? 男同士がすっげー仲良さそーにしてっと、それだけで興奮して、イロイロ想像っつーか、妄想したりとか、しちまうらしーんだよな」
「……うぇえッ!? 兎羽さんがBL好――っ、うっ、ムグッ!!」
思わず大声を上げてしまい、結太は、焦った東雲に両手で口をふさがれた。




