第9話 従者ら、水着に着替えて回帰する
国吉から『お嬢のご命令です』と声を掛けられた東雲と鵲は、水着に着替えるため、数百メートルほど先にある、鬱蒼とした森に消えた。
それから数分後。
森から姿を現した三人は、結太らのいる場所へと、ゆっくりと戻って来ていた。
女性二人の元へ行く勇気もなく、一人ポツンと、彼らが戻って来るのを待っていた結太は、いち早くそれに気付くと、
「あっ。おーーーいっ!! トラさんサギさーーーんっ!! 早く早くーーーっ!! さっさと、さっきの続き始めよーぜーーーーーっ!!」
両手に持ったビーチボールを頭の上に掲げ、大声で呼び掛ける。
すぐさま、東雲の『おーーーうっ!』と返す声が聞こえて来たが、鵲からの返答はなかった。
鵲ならば、返事はしなかったとしても、手くらいは振ってくれそうなものなのだが。
不思議に思い、結太はじーーーっと、歩いて来る彼らを注視していた。
すると、普通の姿勢で、普通のペースで歩いて来る東雲と国吉に比べ、鵲の様子が、少しおかしいことに気付く。
鵲は、大きな体を丸め、前屈みになって歩いて来ていた。
その上、両手を体の前で重ね、モジモジとしていて、妙に恥ずかしそうだ。歩くペースも、いつもよりかなり遅い。
その証拠に、前を歩く東雲と国吉との距離が、十メートル以上は離れてしまっている。
(んん?……どーしたんだろ、サギさん? 具合でも悪くなっちまったのかな?……けど、だったらトラさんが、放っとくはずないしな。トラさん……は、なんか、めっちゃ楽しそーに、ニヤニヤ笑いながら歩いてくっけど……。何なんだ、この二人の差は?)
ビーチボールを胸の前で持ち、じーっと鵲の様子を見守っていた結太の頭に、『ていっ』という掛け声と共に、手刀が振り下ろされた。
「痛ッ!!」
その拍子に、両手から離れたビーチボールが、砂上へポトリと落下する。
結太は片手で頭をさすりながら、いつの間にか隣までやって来ていた東雲を振り仰いだ。
「ひっでーなー。いきなり何すんだよ、トラさんっ?」
恨めしげに睨み付けると、東雲はハハッと笑って、
「悪ぃー悪ぃー。結太がボーっと突っ立てるもんだから、つい手が出ちまった。……で、どーしたんだよ? まさか、熱中症とかじゃねーだろーな?」
結太の頭をガシガシと撫で回した後、ひょいっと顔を覗き込む。
頭を振りつつ、『いーや。ちげーよ』と答えてから、結太は鵲のいる方へ視線を投げた。
「それよりさ。サギさん、どーかしたのか? 一人だけ、すっげーノロノロと歩いてくっけど……。前屈みになってるし、腹でも痛ぇーのかな?」
鵲は、百メートルほど先で立ち止まり、ひたすらモジモジしている。
東雲はニヤリと笑い、結太同様、鵲に視線を向けると、
「いや。腹痛じゃねーよ。……けど、まあ……さすがにありゃー、恥ずかしーだろーなぁ。俺も、断固拒否したし?」
「へっ?……『恥ずかしー』? トラさんも、『断固拒否した』……?」
意味がわからず、結太は目をぱちくりさせた。
東雲は、まだニヤニヤ笑いながら、両手を腰に当てつつ、鵲を眺めている。
(トラさんが、『断固拒否した』……って、何のことだ? おまけに、『恥ずかしー』……って……)
そこで結太は、あることに思い至り、東雲が着替えて来た水着――海パンへと目をやった。
東雲が穿いているのは、ハーフスパッツタイプ。体にぴったりとフィットする、水の抵抗を受けにくい、膝上丈の水着だ。
ついでに国吉へと目をやると、彼はボックスタイプの海パンを穿いている。
ハーフスパッツタイプよりも丈の短い、男性用下着のボクサーパンツに近いデザインの水着だ。やはり、体にフィットするタイプなので、水の抵抗を受けにくいとされている。
そして再び、鵲へと視線を戻す。
まだ遠くにいるせいで、あまりハッキリとは見えないが……どうやら、あれは……。
「…………トラさん」
「ん? 何だー、結太ー?」
「もしかして……サギさんが穿いてるのって……」
「……フッ。やーっぱ気付いちまったかー?……そう。あれは――」
東雲は、腰に手を当てたまま仁王立ちし、わざと大声で。
「あれはなーーーっ? サギの穿いてるのはなーーーっ! プールや海で穿いてるヤツは滅多に見掛けねーーーっ、ローライズのぉーーーっ、肌の露出のめーーっちゃ高ぇーーーっ、逆三角形のぉーーーっ、〝ブーメランパンツ〟、って呼ばれてるものなんだぜぇええええーーーーーッ!! 恥っずかしーよなぁあああーーーーーっ!? ボディビルダーじゃあるめーしっ、あんなん穿いてるヤツ、そーはいねーよなぁああーーーーーッ!?」
東雲が言い終えた後、海岸には、数秒ほどの沈黙が横たわった。
……が、次の瞬間。
シンとした場面を切り裂くように。
「うぉおおおおおーーーーーーッ!! トラッ、よくもあんな大声でぇええええええーーーーーーーーッ!!」
周囲に響き渡るほどの声を張り上げながら、鵲がまっすぐに駆けて来た。優しい人柄の鵲からは、ついぞ聞いたことがないような、ドスの利いた声だ。
ただでさえ強面の顔が、赤鬼かと錯覚してしまうほどに、恐ろしく変貌してしまっている。
その場にいる者全てが、呆然として固まっている中。
もの凄い勢いで、東雲目指して突進して来た鵲は、『酷いッ!! 酷いよトラぁああ~~~ッ!!』と、情けない声を上げながら、東雲に飛び掛かった。




