第8話 イーリス、急に遊び始めた三人を訝しむ
「…………怪しい」
三人でコソコソと話していたかと思ったら、急に『ビーチボールで遊ぼう』などと言い出した結太達。
言葉通り、ボールの打ち合いを始めた彼らを、腕組みしながら見つめていたイーリスは、眉根を寄せつつ、ボソリとつぶやいた。
「えっ? 『怪しい』……って? どーかしたんですか、イーリスさん?」
桃花はきょとんとした顔をイーリスに向け、小首をかしげる。
鋭い顔つきで桃花を振り返り、
「どーかしたかって、決まってるじゃない! あれのことよ!」
そう告げると、イーリスは あれ――結太達を、ビシッと指差した。
「急に『ビーチボールで遊ぼう』なんて言って、三人でボールの打ち合い始めるなんて、怪しいじゃない!! ヘラヘラヘラヘラヘラヘラヘラヘラ、不自然なくらいに笑って、男三人でビーチボール遊びよ!? しかも、見なさいよあれっ! 水着の結太はともかくとして、東雲さんと鵲さんなんて、一応ジャケットは脱いでるものの、下は黒のスラックスのままよ!? この炎天下に!! スーツ姿でビーチボール遊びだなんて、正気の沙汰とは思えないわ!! だからほらっ、よーく見てみなさいよ! 二人とも、顔から大量の汗ダラダラ流してるし、上も下も、服の生地が肌にピッタリくっついちゃってるしで、見苦しいったらありゃしない!……なのに何!? あのわざとらしい満面の笑みは!? まるで、こっちに向かって〝楽しくて堪りません〟ってことを、アピールしてるみたいじゃない! 何もかもが芝居じみてる! 不自然過ぎるのよ! おまけに、ラリーが途切れるたびに、拾ったボールをアタシ達に見せつけるように掲げて、『一緒にやろう』って誘って来るけど、その時の笑顔がまた、無理して笑ってるのバレバレで気持ち悪いしっ!!……怪しい! どー考えたって怪しいわよっ! 絶対、何か悪だくみしてるに違いないわ! ええっ、絶対! 間違いないッ!!――ねっ!? 桃花もそー思うでしょッ!?」
一気にたたみ掛け、イーリスは桃花に同意を求める。
だが、桃花は彼女の迫力にすっかり呑まれてしまっていて、すぐには返事出来なかった。ただただ目を丸くして、何度も瞬きを繰り返している。
返事がないことにイラッとしたのか、イーリスは更に眉間にしわを寄せ、
「もうっ、桃花ったら! 黙ってないで何か言ってよ! アタシだけがペラペラしゃべって、バカみたいじゃない!」
そう言って、ぷうっと頬を膨らませた。
不機嫌そうな顔をしていても、これだけ可愛いんだなぁ……などと感心しつつ見つめると、桃花はフッと微笑む。
「ごめんなさい。イーリスさんの迫力に、ちょっと、驚いちゃって」
答えた後、桃花は三人に目をやり、
「……でも、怪しいかどうかはわからないけど……確かに、東雲さんと鵲さんは、無理してるっぽいですよね。すごく汗掻いてるし……。ダイジョーブかな? 熱中症になっちゃったら大変だし……止めた方がいい……ですよね?」
今度はイーリスをチラリと見て、遠慮がちに訊ねる。
イーリスは、う~んと唸って目を細めた後、ハッとしたように目を見開いた。
「そーだわ! あれがあったんだっけ。――国吉っ!」
後方に控えていた国吉を振り返ると、彼は即座に『何か御用ですか、お嬢?』と返す。
イーリスはコクリとうなずくと、
「預けておいたバッグがあったでしょう? あれは、当然持って来てるわよね?」
「ええ、もちろんです。こちらに――」
そう言って国吉が指し示した先には、大きめのビーチバッグが置かれていた。
イーリスは『そうそう、これよこれ!』などと言って近付いて行き、ビーチバッグを持ち上げると、国吉の前に差し出す。
「この中に、男性用の水着が三着入ってるわ。――国吉。今すぐ、東雲さんと鵲さんと一緒に、どこか物陰にでも行って、着替えて来なさい」
命令口調で告げられ、一瞬、国吉は戸惑ったように小首をかしげた。
「水着に……ですか? 俺――……いや、私も?」
「そーよ、あんたも! どの水着にするかは、三人で相談して決めるといいわ。――ほらっ、早く! いつまでも、そんな鬱陶しいスーツ姿で、目の前をウロチョロしないでちょーだい! 不愉快だわっ」
「……いや、しかし――」
「いーからっ!! さっさと着替えて来なさいってば!――これは命令よッ!!」
ハッキリ『命令』と言われてしまっては、国吉の立場上、拒むわけには行かないのだろう。
彼はため息をつき、『承知しました』とイーリスの手からビーチバッグを受け取ると、はしゃいだフリしてビーチボールを打ち合っている、男三人の方へ近付いて行った。
「まったく。いちいち命令しなきゃいけないんだから。……ホント、面倒な男」
国吉の後姿を見つめ、イーリスは腕組みしてつぶやく。
その声が、どこか寂しげにも感じられ、桃花は反射的に、彼女へと視線を移した。
「――ん? なあに、桃花? 何か、気になることでもあった?」
「え…っ?……あ、ううんっ。べつに、そーゆーわけじゃ――」
慌てて言葉を濁すと、イーリスは『そう?』と言って、微かに笑みを浮かべた。
……笑顔すら、切なげに見えてしまうのは、どうしてなのだろう?
理由がわからず、桃花は妙に落ち着かない気持ちになった。
だが、すぐに答えを見つけられるはずもなく……。
しゅんとして、うつむくことしか出来ないのだった。
その後、しばらくの間、イーリスは桃花に顔を向けることはなかった。
しかし、
「あの水着……。フフッ。あれは、いったい誰が着て来るのかしら?」
ふいに、目の前に広がる海を眺めながら、楽しげにつぶやいた。




