第22話 結太とイーリス、桃花の前で口論する
結太が自分の横に立ったのを確認すると、イーリスは両手を腰に当て、満足げにうんうんとうなずいた。
「そーよ。それでいーのよ。――まったく、世話が焼けるんだから」
「……べつに、世話焼いてくれって、こっちから頼んだ覚えはねーけど」
「はああっ!? なによその、可愛くない言い方!?……フン。じゃあいーわよ! 桃花にはアタシから、ないことないこと吹き込んじゃうんだから!」
「ちょ――っ、なんだよそれっ!? 『あることないこと』ならまだわかっけど、『ないことないこと』ったら、全部嘘ってことじゃねーか! ジョーダンじゃねーぞッ!?」
「うるさいわねっ! 結太が素直に感謝の意を表さないのがいけないんでしょ!? 人がせっかく、桃花を引き止めといてあげたってゆーのに!」
「だからっ!! どーしてオレが話すってことになってんだよ!? 元はと言えば、イーリスのメチャクチャな行動が原因で、ややこしーことになっちまったんだろ!? そっちからちゃんと話してくれんのが、筋ってもんじゃねーのかッ!?」
「す――っ、筋なんて知らないわよ! 最初はアタシから説明するつもりだったけど、気が変わったの!」
「な…っ、何ぃいいいいいーーーッ!? 『気が変わった』だぁ!?」
「そーよ、気が変わったのよ!!……だって、アタシはべつに、結太が桃花に嫌われよーが誤解されよーが、知ったことじゃないもの! 知ったことじゃない――けどっ、結太がいつまでもいつまでもショボーンとしてるから、可哀想に思えて来て、協力してあげよーかなーって気になったんじゃない! なのに何なのよその態度!? 本当なら放って置いても構わない問題に、わざわざ手を貸そうとしてあげたんでしょ!? 感謝されこそすれ、文句言われる筋合いないわよ!?」
「……だーかーらーーーッ!! 今こーなっちまってるのは、全部イーリスが原因だろーがッ!! オレはとばっちり食っただけだろッ!? だったらやっぱ、イーリスが責任取ってくんなきゃ困――っ」
「ふふっ」
ふいに、座って二人の話を聞いていた桃花が、片手を口元に当て、可愛らしく吹き出した。
二人はピタリと言い争いを止め、同時に桃花に顔を向ける。
「ふ――っ、フフフ。……ご、ごめんなさい。――フフっ。笑ったりして。……でも、なんだか二人が言い合ってるの聞いてたら、お……おかしくなって、来ちゃって――」
今度は両手で口を覆い、桃花は尚も、クスクスと笑い続ける。
呆然としていた結太だったが、次第に、胸がジ~ンとして来てしまった。
(伊吹さん……。伊吹さんが……笑って……。ああ……やっと……やっとオレの前で笑ってくれた……!)
しみじみと、幸せを噛み締める。
誤解されるようなことをして(正確には〝されて〟だが)しまい、すっかり嫌われてしまったと思っていたが、こうして笑ってくれているところを見ると、ただの考え過ぎだったのだろう。
よかった。
本当によかった。
これでもう、毎日思い悩むことはなくなるのだと、結太は心からホッとしていた。
あまりにもホッとし過ぎて、顔がだらしなく歪む。
その顔を目にしたクラスメイト達は、
(――えっ!? 楠木が笑ってる!?)
(毎日毎日、つまんなそーに窓の外眺めてる楠木くんが、ヘラヘラ笑ってる……)
(へー。笑うと、印象ガラッと変わるんだなー。……結構、可愛いんじゃん?)
(今までノーマークだったけど……へー。……へぇええーーー。……うん。なかなかいーんじゃない?)
などと、密かに見直し始めていた。
そんなことになっているとは露知らず、結太はハッと我に返り、慌てて表情を引き締めた。
せっかく、桃花との間にあった、重苦しい雰囲気が和らいだのだ。だらしない顔を晒して、台無しにするわけには行かない。
「なーんだ。そんな風に笑ってるってことは……桃花、結太のこと、怒ってたわけじゃないのね?」
イーリスの言葉に、クスクス笑い続けていた桃花は、『えっ?』と声を上げ、驚いたように上を向く。
「怒ってる?……わたしが……楠木くんを?」
意外なことを言われてしまった――とでも思っているのか。桃花は、ただでさえ大きな目を、ますます見開いた。
「えっ?…………マジで? 怒ってたわけじゃねーの?」
今度は結太が目を見張る。
結太の問いに、桃花はふるふると首を振った。
「お…っ、怒ってないっ。全然、怒ってなんかないよっ?」
「え……。じゃあ、どーしてあの日以降……オレのこと、避けて……?」
訝る結太に、何故か桃花は頬を染め、恥じらうようにうつむく。
「……伊吹……さん?」
結太は首をかしげ、じぃっと桃花の頭頂部を見つめた。
桃花はしばらくモジモジしていたが、やがて、少しだけ顔を上げると、ぽつりぽつり、理由を話し始めた。
「あの……。えっ……と、違うの。怒ってたわけじゃ……なくて……。避けてたわけでも、なくて……。その……ただ、あの……。楠木くん、見るたびに……あの時の、二人が……二人の格好――ってゆーか、床で重なってた……光景が……頭に、浮かんで来ちゃって……。なんだか、その……無性に、恥ずかしく、なって来ちゃって……。だから……」
……なんだ。
つまりは、普段見慣れないもの(男女が重なり合って倒れているところ)を見てしまって、照れていただけだったのか……。
桃花に避けられていた(故意ではないにしても)理由が判明し、結太は心底安堵した。
まあ、重なり合って倒れていたと言っても、べつに、裸だったわけでもないのだし、そこまで恥ずかしがらなくても……とは思う。
しかし、咲耶から聞いた話によると、桃花の両親(特に父親)は、彼女を溺愛しているらしい。一般的な家庭以上に、男女のあれこれが桃花の視界に入らぬよう、気を付けて育てたのだろう。
だから、服を着ていようといまいと、男女が重なり合っているだけでも、桃花にとっては、充分に〝恥ずかしい場面〟――ということになってしまうのだ。
(そっか。そーだよな。純粋な伊吹さんには、たったあれだけでも〝刺激的な光景〟だったんだ。……なーんだ。そっかー。やっぱ伊吹さんは、見た目通りの、純情可憐な女の子だったんだな。……フフフ。そっか。……そっかー……)
結太は再びデレデレと、だらしない顔を晒し始めた。
それに気付いたイーリスは、何故かむぅっと口を結び、片手を伸ばして、思い切り結太の二の腕をつねった。
「で――ッ!!……いっ、痛ででででッ!!……ちょっ、何す――っ!? 何してんだよイーリスッ!?」
イーリスはパッと手を離し、腕を組んでそっぽを向く。
そして『フンッ』と鼻を鳴らすと、
「知ーらないっ!……結太が、だらしない顔してるのがいけないんでしょっ?」
どこまでも面白くなさそうな様子で、冷たく言い放った。
やきもちを焼いているようにも思えるイーリスですが、果たして彼女の本心は……?
――ということで、第1章はここまでとなります。
お読みくださり、ありがとうございました!




