第21話 イーリス、桃花に声を掛ける
帰りのHRが終わり、担任が教室から出て行ったと同時に、イーリスは椅子から勢い良く立ち上がった。
まっすぐに桃花の席へ向かうと、
「ねえ、桃花。これから、ちょっとだけ時間もらえるかしら?」
肩にポンと手を置き、単刀直入に訊ねる。
いきなり隣に現れたイーリスを見上げ、桃花は目をパチパチと瞬かせた。
「え?……あ――、えっと……。は……はい……」
戸惑いながら、蚊の鳴くような声で答える。
イーリスはにこりと微笑み、『そう。ありがとう』と礼を言ってから、くるりと後ろを振り返った。
早速、話をしに行ってくれたのかと、イーリスの様子をチラチラと窺っていた結太は、突然、自分の方を向かれてギョッとする。
「結太、よかったわね!! 桃花、話聞いてくれるって!!」
おまけに、結構大きな声で呼び掛けられてしまい、結太は『ええッ!?』という、驚きと困惑の入り混じった声を上げ、のけ反るように体を引いた。とたん、椅子の背もたれに体重が掛かり、危うく、椅子ごと転倒しそうになる。
慌てて上半身を前に倒し、重心を前に持って行ったので、既のところで転倒は免れたものの……。
結太はふぅ~と息をつき、顔を上げてイーリスを睨んだ。
彼女は少しも動揺することなく、結太を満面の笑みで見返している。
……いったい、どういうつもりなのだろう?
てっきり、イーリスが桃花に説明してくれるものと思い込んでいた結太は、困惑して眉をひそめる。
まさか、ここでイーリスが、自分に話を振って来るなどとは、少しも予想していなかった。
確か彼女は、『放課後にもう一度、桃花に話してみるわ』と、言っていたのではなかったか?
その上、『アタシのせいで、結太が桃花と気まずいままだなんて嫌だし、何より申し訳ないもの』とも、『ここはアタシに任せて?』とも、言っていたはずだ。
そこまで言われたら、普通は、〝結太と桃花がギクシャクしてしまっていることに責任を感じ、わかってもらえるまで、何度でも事情を説明する気でいる〟ものと、誰だって思うだろう。
……だが、違ったのか?
イーリスは最初から、結太自身に説明させようとしていたのか?
彼女が『アタシに任せて』と言ったのは、〝桃花に自分から説明する〟ことではなく、〝結太の話を聞いてもらえるよう、桃花に話してみる〟ということだったのか?
つまり、
『放課後に(結太の話を聞いてくれるよう)もう一度、桃花に話してみるわ』
……と、イーリスは言ったつもりだった……?
「えぇぇ~~~? そーなのかぁ?……確か、『アタシが直接訊いてみる』とか、『わかってもらえるまで説明する』とかって、ハッキリ言ってた気ぃすっけどなぁ?」
結太は釈然としないまま、イーリス達には聞こえない程度の声で、ブツブツとつぶやいた。
あれが全て、自分の聞き違いや勘違いだとしたら、相当ボケているぞと、不安にもなって来る。
……しかし、それはまあ、今は考えないことにしよう。
自分に若年性認知症の疑いがあったとしたら、大問題ではあるものの……とりあえず今は、目の前の問題をどうにかしなければなるまい。
(けど、どーすりゃいーんだ? 急に『話聞いてくれるって』って言われても、心の準備が全然出来てねーよ……)
それに桃花だって、イーリスに『ちょっとだけ時間もらえる?』と訊かれたのだから、当然、話があるのは彼女だと思っているはずだ。
それなのに、自分がしゃしゃり出て行ったりしたら……。
「もぉっ! 何をモタモタしてるのよ、結太ったら? せっかく桃花が話聞いてくれるって言ってるのに! 気が変わっちゃったらどーするのっ?――ほらっ、早くこっちにいらっしゃい!」
結太の気持ちなどお構いなしで、イーリスが苛立ったように手招きする。
教室内にいる他の生徒達は、帰り支度をするフリをしながら、結太達を盗み見ているようだった。
(――ったく、イーリスのヤツ! すっかり注目浴びちまってんじゃねーか! こんな中どーやって、あの時の状況を説明しろってんだよ!?)
ほとほと困り果て、結太はさりげなく、イーリスの横に視線を走らせた。
桃花は困ったような顔で、彼女をじっと見上げている。
(ほら見ろ! 伊吹さんだって困ってんじゃねーか!……あの話はなぁ、人が大勢いるようなとこで、出来る話じゃねーんだよ!……だいたい、イーリスだって嫌なんじゃねーのか? G見たとたんパニくって、転んだオレの上に覆い被さって来たあげく、なかなか離してくんなかった――なんて話を人前でされたら、恥ずかしくて耐えらんねーと思うんだけどな。オレはオレで、ぜってー知られたくねーし。事故のよーなもんとは言え、〝イーリスに抱きつかれた〟なんてことが、クラスの男共の耳に入ってみろ。ますます孤立しちまうじゃねーか)
ただでさえ、仏頂面のせいで友達が出来にくいのだ。
これ以上、周囲にマイナス面を印象付けたくない。
「もーーーっ、結太!? 早くこっちにいらっしゃいって言ってるでしょッ!? 何度も言わせないで!!」
業を煮やしたかのようなイーリスの大声に、結太はゲンナリしてため息をついた。
気は進まないが、ここまで騒がれてしまっては仕方がない。
観念して、行くしかあるまい。
「わかったよ。あんまり大声出すなよな……」
ブツブツ文句を言いながらも、結太はのろのろと歩を進め、手招きするイーリスの前に立った。




