ミサトの仕事
しばらくすると、研修どころではなくなった。平和だった世界が動きはじめた。王制から民主化しようと歴史がゆっくり進んでいる。誰が悪いわけではない、わたしは歴史の授業で習ったから当然だと受け止めているけど、そう思っている人はN国でも少ないみたい。
どんなにユーリさんが神のようにうまくまわしている世界だとしても、全体が少しずつ動いていくのは止められない。騎士団という軍隊が動き出した。一気に戦争が身近になり、出兵していく人が増えている。
不安のせいで悪いうわさや心配をする人がたくさんいる、家族を戦地に送った人もいる、これは現実なのだ。
それでも王城に勤務している人や白の塔で、不安を口にする人など一人もいない。
白の塔内部ではユーリさんの報告で、ある程度どうやってこれがうまく収まるかまでわかっている。
大国②の属国の独立運動という他国の出来事で、どこまでN国有利にすすめて利益を得るか、という活躍をしているところだ。不安どころかアレクは笑顔で、毎日すばらしい、を連発している。どこが?
ケントくんはユーリ宰相補佐がわざと使わないから、実力に自信があるだけに不満そう。
「俺、本当に魔法使うのうまいのに」
とぼやいている。
そうこうしているうちに終わりがみえてきて、騎士団が戻ってきた。
それでも街中にある不安のようなものは消えず、何が終わったのかよくわからない人々の気持ちが大量に残っていて、黒い霧のようなものが薄くただよっている。
その日は特別な任務で、ユーリさんと二人で遠い国まで転移してきた。ユーリさんの知人だという女王様の、隣に座る男から声をかけられている。
「それで、ミサトがあのアレクシス・ファンジュールの妻なんだ?」
女王である魔王様とN国の宰相補佐が話しているのに、大声で大笑いするこの男、ヒュー・ベルリハルトはそんな事など全く気にせずに、少し緊張したわたしに興味津々だ。
「あのなに考えているのか全くわからない、すました不気味な男とミサトがねぇ。無理やり嫁にされたの?どんな手を使ったらこんなにかわいい魔術師をだませるんだろうねー、あいつ気味悪いよね」
「いいえ」
「あ、だまされてるよ、腹の中が全くよめない底知れなさが怖いくらいだよ。心から笑ったことなんてないんじゃない?」
「素直で、いつも笑ってますよ」
「素直で?アレクシス・ファンジュールが?」
ヒューはユーリさんの方をみて、変な顔で呆然とした後でまた大笑いした。うるさい男、おしゃべりだ、君はどうなんだね?魔王様の夫!アレクよりずっと変な人だ。
「ミサト、すまない、ヒューは遠慮を知らないんだ。これでよく宰相をしていられると思っているのだが」
魔王様が恐縮してくれている。
「ヒューが遠慮をしなければならない人間なんていないよ」
「あれ?ユーリさんにはいつも遠慮してるつもりなんだけどなー」
「いつも?」
「ヒュー、もう帰ってくれないか?」
魔王様が本気で怒り始めた。ヒュー・ベルリハルトは魔王様に弱いらしい。
「ごめんね、エル、怒らないで、また後で来るよ」
大国②はもう暇なのだろうか。
「不思議な男だろう?魔王様より常識がないらしいよ」
ユーリさんがおもしろいことを言うから、三人で笑った。
それにしても、今回の訪問は失敗してしまった。
大国②の切れ者、最高権力者の宰相と接触せずに魔王様の謁見を終えるはずだったのに、あっという間にヒューがやってきたのだ。この城は盗聴されている。
「ヒューに見られているのだろうな」
とあきらめた声で魔王様が言っている。本題に入ることなく帰る時間になった。
「ミサトとしばらく出掛けてくるよ、事後承諾になることが多いけど、許してほしい」
「ユーリ、私がユーリを許さないことなんて、何もない」
魔王様が艷やかに笑う。
これも見てるのかな、うすら寒い感じがしたまま、ユーリさんと魔王城を後にした。
ユーリ宰相補佐の全く問題ない、といった表情を尊敬している。
とりあえず白の塔に戻ってきた。アレクは宰相室で仕事中だから、わざわざ会いに行く必要はない。あの困った犬のような目で見つめられると出掛けにくいし。
ユーリさんとここに来たのは、猫に化けられるヨーカ様に会うためだ。魔王様の依頼で、猫になってこっそり猫の国に入る仕事なんだけど、猫になる方法を教えてもらうことになっている、楽しそう。
ヨーカ様はユーリさんの先輩で、白猫になれる魔術師だ。




