弟王子
PV・ブクマありがとうございます。
こっそり もう一話追加。
「義姉上って面白いよね」僕はいつものようにブラートに話しかける。
ぎりぎりアウトの領域に踏み込んでいる兄上の執着すら華麗にスルーできるあの鈍さはいっそ才能だと思う。
……今はまだ婚約者だけど、兄上がまず逃がさないだろうから、もう「義姉上」でいいよね。
まわり中の人間から、ほとんど崇拝に近い思慕を寄せられているのにまるで気づかない。
「エーディク様はご友人が多くていらっしゃいますのね」って
宰相子息なんて義姉上が入学してくるまで、ほとんど兄上と話したこともなかったよ?
毎日のようにやって来るその人、明らかに義姉上目当てだよね。
彼女を慕う義弟についても「でも、あの子、最近一緒に寝てくれないんですよ」とか不満げに言うから、兄上が
「むしろ最近まで一緒に寝てたのか?一体いつまで?!湯上がり姿とか、寝顔とか、寝起きの無防備な素顔とか見せたのか?!」って、彼から強制的に記憶を抜き出す魔法陣調べてたね。
その魔法、下手すると相手を廃人にしてしまうから今のところは自重しているみたいだけど。
ただ、そんな彼女の取り巻き連中をいつの間にか懐柔して、何となく味方にしている兄上も、その実すごいよ。
彼女の崇拝者の一人である学院の魔術講師とか、最初は
「私の女神にふさわしいだけの力はつけてもらいます」って、兄上を目の敵にしてしごいてたはずが
次第に、「第一王子の苦悶に歪む顔が堪らない!」とかハアハアしだして、
最後は、「おかげで実力が付いた」っていう兄上のきらきら王子様スマイルに鼻血吹いてたよ。
この講師……野放しにしておいて大丈夫だと思う?
ブラートは僕の膝の上に頭を置いて興味なさげに居眠りしている。
いくら賢くても犬は返事をしないことはさすがに僕も分かっている。
ところで、ずっと「兄上」って呼んでるけど、エーディクは本当は僕の双子の弟だ。
双子が不吉であるというのと、僕の色味があんまりよくないというのとで、僕の方が妾腹の第二王子ということになっている。この取り替えで、国は見目麗しく優秀な世継ぎの王子を手に入れ、兄上(変えるのも面倒くさいから呼び方はこのまま通す)は婚約者殿を手に入れ、僕は気ままな立場を手に入れた。
なのに、いったいどこから聞きつけるのか、知らない人がやってきて
「あなた様の本当の権利を取りもどすべきです。我々がお味方します」とか言いだすから、全く余計なお世話。
僕は今の状況に満足してるので放っておいて欲しいのに。仕方ないからしつこいヤツは没落させる。
まあ、やる気のない僕なんかを担ぎ出してどうこうしようなんて考える人たちは基本的に頭の悪い、身勝手な人なんでちょっとつつくだけでぼろぼろ悪事が露見する。わざわざ罪状をでっち上げなくて済むから、その辺は楽でいいよね。
そんな事を何度か繰り返したら、「呪われた第二王子に関わると不幸に見舞われる」と噂になった。
おかげで僕のまわりからは人がいなくなり、兄上と義姉上の愉快な仲間たちを観察していたけど。
最近新しく入った編入生に、義姉上が珍しくこだわっているみたい?
今までになく執心する義姉上に兄上が気を揉んでいる。
編入生は他の女の子たちのように兄上に憧れることもなく、婚約者殿を崇拝することもなく。冷めた目で周囲を見ている。
幼女から老婆まで、あまねく女性の憧れをあつめ、近衛騎士にも「殿下になら抱かれてもいい!」というコアなファンを持つ兄上に微笑みかけられて
「もげろチャラ男」って返す人初めて見たよ!!
* * *
ある日、実技の授業から戻って来たらその編入生がブラートをめちゃめちゃ もふっていた。
「……なにしてるの?」
「あ、禁忌キッズ」……何ソレ。意味が分からない。
「すみません。この子があんまりにも、おっきくてふわふわで、なで回したいという欲求を抑えられませんでした」
思わず睨み付けるが、彼女は全く気にしない様子で、一応は謝罪の言葉を述べつつも手は止まらない。
「勝手に触らないで」ブラートは穏やかな性格だが、基本的に他の人間には懐かない……はずなんだけど。
「じゃあ許可下さい」
「君の翼猫でも撫でてればいいでしょう?」彼女の連れている霊獣だって毛並みは相当綺麗だ。
「ミケはちっさくて、もふり甲斐がありません」
「断る」減るもんじゃないのに。とかぼやいていたけどすり切れそうな勢いだったからね!?
しかし、その1回で、ブラートはすっかり陥落させられていた。
彼女を見るとそわそわと落ち着かない。ダメ?ね、ダメ?とばかりにこちらを見上げてくる。
試しに僕も彼を撫でてみたが、や、お前にはそっちは期待してないよ、って諦めたような目で見ないで欲しい。
地味に傷つくから。
編入生、どれだけ魅惑のテクニシャン!?
「しょうがない、いっておいで」何度かの邂逅の後、最終的には僕が根負けした。
嬉々として自分よりも大きな犬を全身でなでくり回す編入生に、陶然として身を任す僕の幼なじみ。
全く、緩みきっただらしない顔して。お前には野生の誇りというものはないのか?
……や、ごめん、ないよね。子どものころからずっと僕といたんだから。
ずっといたのに、僕よりその子の方がいいんだ。
気のせいか、最近、なんだか毛づやまでよくなってきて。
この子、清廉な魂とかじゃなくて、究極のもふりテクニックで、精霊竜も体から堕としてるんじゃないのかという疑惑。
* * *
その日も義姉上に羽根トカg……精霊竜をけしかけている編入生、リーザを眺めていた。
不敬罪にも問われかねない彼女の行動が黙認されているのは、兄上も楽しんでるね。あれ。
婚約者殿の涙目がかわいいからって、そんなことばっかりしてて大丈夫?
義姉上、密かに駆け込む修道院の下調べしてるから。逃げ込まれたら如何に兄上とはいえ、手出しは難しいよ?
「あなた、卒業後は宮廷魔道師になるのよね?」話題はいつのまにか、リーザの進路の話になっていた。
「そういう契約になってますね」
「エーディク様が即位なさったら、直属の部下の扱いになるわね」そうか、宮廷魔道師は国王直属か。しかも彼女の魔力ならあっという間に長官だろう。側近として、ほぼ常時そばに侍ることになる。それは……。
「……年季が明けるまで現国王に一日でも長くがんばってもらって……いざとなったら国外逃亡か……」
って、リーザ、嫌がってるのが周囲にダダ漏れだよ!!
どんだけ兄上のこと嫌いなんだ!
だったらいい手があるよ。僕のものになればいいんだよ。
学院に入学したときの契約は「卒業後は学院で得た知識を使い、最低10年、国と王家に仕えること」ってなってるから
学院で学んだマナーや社交術で僕の奥さんになればそれでクリアだよ。10年で離職はできないけどね!
なんか兄上が珍しいものを見るような目で僕をみてた。
「……イリヤーが笑ってる」ん?
その晩、僕は生まれて初めて兄上と「話し合い」をした。
まあ、お互いの立場と意見の確認みたいなものだったけど、それなりに有意義だった……ような?
彼は僕から全てを奪ったというけど、別に僕には要らないモノばかりだから全然構わない。
その完璧さに賞賛をおくりつつ、これからの協力を約束する。
兄上が「第一王子」として悩んでいるのを知りつつ、黙って放っておいた僕も割と悪かったと思うし。
「ただ、リーザだけはあげない」
「いや、それは私の方から遠慮したい……」うん。あんな態度を取られてそれでも彼女に好意を抱いていたら、さすがに兄上の性癖を疑う。
それでも、あの学院講師みたいに、その気になれば落とすことだって可能だからなこのヒトは。
牽制もかねて、協力の手始めに、義姉上の駆け込み修道院リストの存在をバラしておいた。
あの人、兄上が好きなようで、そのくせ根本的に信頼していないから、早めに囲い込んじゃった方がいいと思うよ?
って伝えたら、兄上の目が仄暗く燃えてたから、当分はそっちにかかりっきりだね。
* * *
学院主催の舞踏会が近づき、誰もがそわそわと浮き立つ中、リーザは一人我関せずの姿勢を貫いている。
「舞踏会の準備はしなくていいの?」ちなみに今この瞬間も彼女の手は絶賛もふり中。
「イベントには興味ないんで、その日は風邪をひく予定です」彼女の言う「イベント」という言葉はただの「行事・催し物」というのと少しちがう響きを持つ。彼女にはそういう「普通」とはちがうところがいくつかある。
「ドレス作るお金が無いの?」
「それもあります」
「なら僕が作ってあげるよ」
「なんで?」意味が分からないと、問い返してくるが、それはむしろこっちのセリフ。
「だって、君、ずっと、ブラートに生命力を流し込んでるでしょ」彼女は大きな目をさらに見ひらく。
ばれないと思ってた?
確かに最初は気づかなかったよ。そんな事が出来るなんて聞いたこともなかったし。でも考えてみればブラートはもう結構な年なんだ。同じ犬種を調べてみればとうに寿命を迎えていておかしくない。
実際、彼女が来る直前は食事も減り、昼寝していることが多くなっていた。それが、最近は一時前のように食べるし、動く。
そうと意識して見てみれば、これって生命力の譲渡だよね?
最上級の治癒魔法でも不可能な延命治療。
君、規格外にも程があるよ
「いますぐやめて」僕にも、この国の魔法体系とは異なる『力』がある。人や獣を従わせる言葉。声に出されない言葉を聞き取る耳。僕はそれを密かに使う。
「やです」案の定『力』を込めて放った言葉に平気で逆らう彼女。
「それは君自身の命をすり減らすよ」彼女の心は他の人と比べて聞き取りにくい。それでも伝わってくるのは兄上への分かりやすい嫌悪と、……その根底にある僕への分かりにくい好意。僕は人の中に初めて見つけたそれを失いたくない。
「好きでやってるんです。その子撫でるのは私の癒やしなんです」
「ただ、撫でるだけならいいよ」
「……」そうだね、そしたらブラートの命は遠からず尽きるだろう。でも続ければ君の方がどうにかなるよ。
「君がやめないなら、ブラートを、いや、いっそ根源である僕を消してしまえばいいのかな?」
すっごい睨まれた。この視線をいつも正面から受け止めている兄上がちょっと羨ましい。
どれだけそうしていたのか、
彼女の連れている虎模様の翼猫、霊獣がやれやれ、と言った風情で精霊竜を見やる。
その後のことは正直、理解の範疇を超えていた。
精霊竜は自分のしっぽを食いちぎると、ブラートの前にひょいと投げて寄こした。
トカゲのしっぽよろしくぴくぴくと動くそれをブラートがぱっくりと。
……え?!待って、それ食べるの!?
慌てて止めようと出した手を
がぷ。
……霊獣に思いっきり囓られた。
隣から焦った声が聞こえてくる。
「ミケ!!そんなもの食べちゃいけません!」……そんなもの。
「おなか壊すから、ぺっしなさい!ぺっ!!」おなか壊す……。なんかひどい言われような気がする。
少女は優しげな容貌に似合わず、翼猫のあごを上下から掴んで引きはがすという豪快な行動に出た。
嚙まれた手にわずかににじむ血を翼猫がぺろりとなめる。
『やっぱり、お前、金の妖獣使いの血筋だな』
「え?」翼猫に……話しかけられた?霊獣って話すんだ!?
『お前、人の心の声が聞こえるだろう?俺の声が聞こえるのも血の力だ』
「あれ……じゃあ、僕って本格的に魔物?」もしかしてそうじゃないかと思ってはいた。
『阿呆。「魔物」じゃない「妖獣使い」。その昔、妖獣を使役して国を守ったという伝説の英雄だ。確か隣国の王祖じゃなかったか?』そういえば僕らの母親は隣国の王家から嫁いできた人間だった。
『まったく人間の伝承というのはいい加減だな。まあ、そんなことはいいとして本題だが』
人生の根底を揺るがす衝撃の事実がまさかの余談扱い!
精霊竜のしっぽを食べて、霊格が上がったブラートは半霊獣になったそうだ……
そもそもが、潜在的に妖獣の血も入ってたみたいで。強化されて、若返って、あと100年は生きるって。
「よかった~」あまりの展開に呆然としてたらリーザが半泣きでブラートにすがってた。ちょっとむっとした。
「もうそっちは撫でなくても大丈夫ってことだよね」彼女をひっぺがして抱える。
「あの?」
「僕のこと撫でたらいいよ。なで甲斐のある大きさだよ」彼女の手を取って自分の頬に寄せる。
「え、ヤダ。毛が少ない」
「伸ばすよ」
「そういう問題じゃなくて……」
あ、逃げた。
彼女の中に僕への好意は確かにあるはずなんだけど、それは複雑に迷走していてどこへ向かうのか見当が付かない。
「ねえ、僕、この国の隠密部隊掌握したよ。一緒に兄上の秘密や弱みを握って嫌がらせしよう?」
宮廷魔道師にもならずに済むよ。というその提案には、彼女も魅力を感じたようだった。
うん、この方向だね。
がんばって、卒業までに彼女を落とすよ!
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ヒロインが思わぬツンデレマインドの持ち主でした。
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エーディク様の外見イメージは某チョコレートの人。