第204話 七つ目への既視
「時にアイリス様?」
「……? どうしたのシトリンちゃん?」
「私が聞いた七不思議の噂は6つまででした。アイリス様はあと1つをご存知なのでしょうか?」
「……ん。気になるの?」
「なんと言えばいいのでしょうか。気になるというよりは……“歯痒い?”がもっとも近しい表現だと感じます」
「ふ〜〜ん。なるほどね」
さて——
僕がシトリンに裏切られへこんでいるのをよそに、少女2人の会話が続く。
それは先ほどの七不思議の続きの話だ。
シトリンが語ったのは6つまで——どうやらシトリンは最後の1つを知らないらしい。
まぁ〜〜七不思議という辺り、そのトピックスは7つあるはずだ。そのうち6つを網羅したのはいいものの、最後の1ピースだけが埋まらないのは確かに歯痒いことだよね。
その感情が分かってしまうほどシトリンは首を傾げている。
「アイリス様? どうでしょうか?」
「うん。知ってるわよ」
「ほ、本当ですかッ——?!」
「ええ。ただ、この噂は凄く胡散臭い話よ? 学園の七不思議と言っておいて学園とは関係ないんですもの」
「それでも結構です! ぜひ聞かせてください! このままでは凄くムズムズなのです!」
そして、その最後のピースの予備はアイリスが持ち合わせていた。
彼女はなんでそんなこと知ってるんだろうな? はなはだ疑問だ。暇人なんだろうか〜〜??
「ナニ? 何か文句があるのウィル?」
「——ッ!? い、いや〜〜何も?!」
「ふ〜〜ん? それが事実ならいいのだけれど……?」
「事実だとも!? ぼ、僕は嘘つかな〜〜い!」
「そう、ならそういうことにしといてあげる。フンッ!」
そしてそんなことを思ってジト〜〜ッとアイリスを見つめているとだ。これに気づいたアイリスは眉間に皺を寄せて睨み返してくる。
そこまで激しく睨んだつもりはないんだけどな。僕って顔に出やすいのか——すぐにアイリスには考えていることを見透かされてしまう。
僕に眼光を放つなんてやめてほしいな。いつかそれに刺されてしまいそうだよ。
「アイリス様?」
「……ッと、ごめんなさいねシトリンちゃん。七不思議の最後の1つだったわね。まったく、ウィルが変な顔で覗き込んでくるから話が逸れちゃったじゃない!」
「申し訳ありませんです。それは主に代わって謝罪いたします」
そして、話題が逸れてしまったのは僕のフェイスが原因か〜〜ってやり取り……これは遺憾だぞ?!
いくらなんでも言い過ぎじゃない??
アイリスに〜〜それにシトリンッッッ!!
「それで最後の噂だけれど……それは……」
——第7の噂——
『黒い外套を纏った子供』
特にもったいぶってる訳ではないだろうが最後の噂を聞くのに随分とかかったモノだ。
そんなモヤモヤを心の内に燻り始めた僕だったが……それはどこかで聞いたことのある、これまたモヤモヤでくだらな〜い話題だ。
なんだよ。それ——
それって……
「それって学園に限らず……巷で有名になってる話題じゃなかったっけ?」
「ええ。ウィルの言う通りよ。ダンジョンに最近出没するようになった冒険者……とおもしき人物のくだらない噂話」
「お〜も〜し〜き〜?」
「そんな間延びした返答はやめてよ。この噂には確証がないのだから仕方ないのよ」
学園内だけにとどまらず至る所で耳にする噂だ。
学園の七不思議は知らなかったけど……その噂は僕でもよく知ってる。なんてたってダンジョンを攻略中の冒険者までもが同じ噂を口にしていたんだ。それを僕は耳にしている。だからこそ、その噂を知るに至ったんだ。
「恐ろしく強い人物だそうよ。なんでもダンジョンのボス部屋をソロ攻略したらしいのよソイツ——。こんなの信じられる?」
「まぁ〜〜強者ならいけるんじゃないの?」
「確かに……できなくはないでしょうね。だけど冒険者は安全策をとるものよ。ソロ攻略なんて例えできたとしても本当に実行しようとする奴なんてそうそういない。それは、いざっていう時に逃げ出せなくなってしまうからなんだけど……。それより、目撃情報によるとソイツは背の低い人物。黒い外套を纏ってたって……」
「ふ〜〜ん? 文字通り噂通りってとこか?」
「まあ。そういうことよ」
詳しい情報は知らない。噂話を耳にしたぐらい。
アイリスの口から、僕はその内容を初めて知った。
背の低い。黒い外套を着た人物……あれ……?
なぜだろう……僕は今、猛烈に既視感を感じている。
僕はその人物を知っているような気がしてならない。
な〜〜んでそう思っているのかは分からない。脳内をモヤモヤが駆け巡るかのような感覚が僕の認識をくすぐるんだ。
だけど一向に答えは現れない。だって、靄がそれを隠してしまっているからね。
さて……僕は一体何を忘れているんだろうか?
思い出せそうで思い出せない。この感覚って本当に気持ち悪いな。
本当は、その答えなんてどうでもいいはずなんだけど……なんとも言えないもどかしさが僕の廃れた好奇心を刺激して邪魔をする。まったく……厄介な症状だよ。
まぁ〜〜とりあえず、記憶を漁ってはみるさ。このままだと、もどかしさが悪さして夜しか眠れない日々を送ってしまいそうだからさ。
ん——それって普通だろうって?
いやいや、バカを言っちゃいけない。
授業中に得る惰眠ってのは、想像以上に素晴らしいものなのだ。それを放棄して真面目に授業を受けるなんて気が狂ってしまいそうだよ……。
して——
噂の子供か……そう、それはぁ……
「……ッあ」
「……? “あ”って……何よ、ウィル。何か思い当たる節でもあるの?」
1つ思い出したことがある。
僕の溢した声を拾ってアイリスが反応する。
そうだよ。僕はその噂ぼ子供について知ってるはずだ。
だって……
僕はその人物に会っているんだから——
「僕、ソイツに会ったことがあるよ!」
「……はあ?」
「奴の名前は“ポッピー”! とってもヒエヒエで、こわ〜〜い奴なのさ」
「……そう……なんだぁ……」
そう! あれはダンジョンでの出来事——
僕はミノタウロスを氷漬けの凍死に追い込んでいる子供の姿を目撃している。
噂にまでなる奴なんだ。それはたぶん、恐ろしく強い人物に決まっている。
それらの条件を満たしている人物——僕の中では1人しか知らないはずさ。
その名も“ポッピー”——その人である!
どうりで知ってるはずだ。
僕はどうでもいいことは記憶に留めない癖があるんだけれど……あれだけヒステリックでバトルジャンキーな彼女は印象的すぎて忘れたくても忘却は不可能さ。
この僕が覚えているんだから、ポッピーは誇ってもいい。
ああ〜〜よかった思い出せて! 僕の心は澱みなくスッキリしたよ!
相変わらずアイリスの視線は冷たいままだ。それは『何言ってんだコイツ?』と言われている気分にさせる。
だけど、そんなことはどうだっていい。僕の話を信じるか、信じないか、それはアイリス個人の問題であって僕には関係ないし、そもそも興味なんてありゃしないんだ。
これ以上の詮索は、ただ闇雲に頭を使うだけで頭痛の種にしかならない。
僕は無駄なことに思考を割くのが嫌いなんだって……いつも言ってるでしょう?
そんなことよりも今は、ダンジョン攻略に向けての作戦立案が重要だ。
特にシトリンの【神器】の扱い方について——彼女の華奢な身体で、あの神器を担がせてどう立ち回らせるか——?
これは難題だよ。普通に考えると無謀でしかない。何か名案はないだろうか?
ただでさえウォーハンマーの自重で押し潰され身動きが取れなくなっているんだ。これじゃあダンジョンになんて連れて行けやしない。
まずはあの武器が使えるようにしなければ……そうだな〜〜いっそのこと軽くさせ飛んで浮かせるな〜〜んてことができれば……。
まぁ〜〜そんなことはできっこないんだけれど……武器を浮かせるなんてぇ……まさか、そんなぁ……
「……ん? 浮かせる?」
僕は現実逃避ともとれる思考を巡らせた。
しかぁ〜〜し!
な〜〜んか頭の中に『ピコンッ!』とくる兆しが現れた。
だけど……
「てか、アナタ——いつまでその格好でいるつもりよ! いい加減、とっとと脱ぎなさい!」
「——イタッ!!??」
パンッ——と一発、僕の後頭部をアイリスの平手が炸裂した。
僕がずっと“女の子ウィリアちゃん”のままでいたのが気に食わなかったらしい……。
にして、いきなりド突くのは酷いと思わない? もうちょっと優しく接してくれよ……とは、これまた不可能な話だな。
さて……
僕は今、何を思いつこうとしてたんだろうか?
今の一撃で全てが何処かへすっ飛んで行ってしまった……が、これを思い出すのはアイリスを追い返してからだな。
とっとと帰ってくれないだろうか?
そもそも……
彼女は一体何しに来たんだよ?! まったくよう!!




