無事、盛大な花火があがりました
金属で出来た鎧が凹む音が響く。素手で兵士を次々と沈めていく光景にグリッドと級友の騎士たちが顔を青くしていた。
「いくらガタイがいいからって、なんてバカ力だよ」
「しかも、ただの平民がこれだけの兵を倒すなんて」
「ありえねぇよな」
級友たちの言葉をグリッドが叩き折る。
「兵が腑抜けているだけだ! たった一人相手になさけない!」
そこにグリッドが待ち望んでいた朗報が入った。
「セリーヌ様を保護しました!」
兵士の報告にニアの動きが止まる。
「離しなさい! 私は誘拐などされていません!」
後手に縛られた私は罪人のように兵士の前を歩かされていた。なんとか逃げ出そうとするけど、縄が外せない。
グリッドが私を見るなり両手を広げて迎えた。
「おぉ、セリーヌ! さぞや怖い思いをしたであろう。さぁ、もう大丈夫だ。城へ帰ろう」
これも芝居のセリフそのまま。どこまで芝居の主人公のつもりなのか。
私は悪態をつきそうになったが、グッとこらえて笑顔を貼りつけた。ここを穏便に済ますには、芝居にのるしかない。
「グリッド王子。きっと助けに来てくださると、信じておりました。早く城へ帰りましょう」
これも芝居のセリフの一つ。私が捕まってしまった以上、ニアの足を引っ張ることになる。それなら、さっさとグリッドたちをここから撤退させるほうが得策。
そう考えたのに。
グリッドは私のセリフに気を良くしながら、別の言葉を言った。
「そうだな。この不届き者をさっさと始末して帰ろう」
芝居にそんなセリフはなかった!
私は慌てて叫んだ。
「この地は人間と竜族の中立地帯! つまり不可侵地帯です! そこに武装した兵がいることが見つかれば、条約違反になります! 早く撤退を!」
そうなのか!? と、全員の視線がグリッドに集まる。だが、グリッドはあざ笑って私の意見を蹴った。
「そんな話は知らん。それに侵攻しているわけではない。さっさと、そいつを処分して撤退すれば問題にはならん」
「王子!」
私の訴えも虚しくグリッドは兵に命令した。
「さっさと処分しろ」
「ニア! 逃げて!」
私の叫びにグリッドが反応する。気味悪く口角をあげて、身分の違いを分からせるように怒鳴った。
「おい、痴れ者! もし逃げたり、反撃をしたら、セリーヌがどうなるか、分かっているな?」
「チッ」
グリッドの脅しにニアが手をさげる。距離をあけていた兵士がここぞとばかりに集まり、手をあげた。
「グハッ……」
四方を囲んだ兵士が一斉にニアを殴る。それでもニアは避けることも、反撃もしない。ただ、殴られるまま、蹴られるまま。体が砂袋のように揺れる。
「王子! おやめください!」
私は必死に懇願するがグリッドには届かない。それどころか、つまらない劇を観賞しているかのように髪の毛をいじりだした。
その間にも、どんどんニアが…………どんなに殴られ、蹴られても、決して倒れない。それでも、血を吐き、骨が折れたような鈍い音が響く。
「とめてください! 王子!」
私は膝をつき、泣き崩れた。体が引き裂かれそうに痛い。つらい。こんな痛みは感じたことない。
「おねがい……します…………」
私のせいで、ニアが……ニアが………………こんなの見ていられない。
「そうだな。終わりにするか」
グリッドの軽い言葉に私は希望をもって顔をあげた。しかし、そこにあったのは……
「どけ。道をあけろ」
剣を手にしたグリッドがニアに近づく。グリッドが近くにいた兵士に命令した。
「抑えてろ」
兵士がボロボロになったニアの両腕を持ち、グリッドの前に立たせる。かろうじて息はしているが、紫の目は前髪に隠れて見えない。
グリッドが卑しく笑う。
「私を愚弄した罰だ」
「やめてぇ!」
肉を裂く音が私の耳に刺さる。グリッドの剣がニアの胸を突き抜けた。
ゴフッとニアの口から血が吐き出る。グリッドが剣の抜き、兵士がニアから手を離す。
ニアがゆっくりと力なく地面に倒れた。
「ニア!」
私は後手に縛られたまま駆け出した。慌てた兵士がすぐに私を捕まえようとする。しかし、それをグリッドが止めた。
「好きにさせとけ。中途半端にセリフを言いやがって。シラけたから帰るぞ。セリーヌはあとから連れてこい」
グリッドが級友の騎士や兵士を連れて歩きだす。
後手に縛られたままの私はなにもできない。ニアの背中から流れ出る血を少しでも止めようと、全身を押しつけた。
「ニア! ニア! 死んだらダメ!」
涙で前が滲んでニアの姿が見えなくなる。
「ダメ! 消えないで!」
私はニアがいることを確認するように顔を背中に埋めた。鉄のにおいが鼻をつき、私の服がじわりと血に染まる。
ガラスを作る時、いつも見ていた背中。そして、私の視線に気がついて、振り返り笑ってくれた顔。
大変なこともあるけど、充実した日々。そんな時間がいつまでも続くと思っていた。
ずっと……ずっと、ニアと一緒に…………
「死なないで…………ニアが死んだら、私……」
涙が止まらない。私は子どものように、駄々をこねるように言った。
「ニア……ニア……お願い…………生きて……治って……」
私の声に応えるように、ニアの胸が輝き始める。それは次第に大きな光となり、虹になった。
「え?」
なにが起きているのか分からない私は、呆然とニアから体を起こす。柔らかい光がどんどん膨れ上がりニアを包んだ。
異変に気がついたグリッドたちが振り返る。
「なんだ!?」
兵士たちがグリッドを守るように連隊を組む。
警戒と鋭い視線が集まる中、私はそっと呼びかけた。
「ニア?」
ニアの指がかすかに動く。そして、ゆっくりと腕を動かし、膝を立て、体を起こした、次の瞬間。
突如、突風が吹き荒れた。
枯れ葉や小石が周囲に飛び散る。グリッドたちが腕で小石を防ぎながら背を向けた。
鳥や獣たちが暗闇の中をけたたましく逃げ去る音が響く。
次に静寂。
突風が嘘のようにおさまり、葉が擦れる音さえしない。不気味の静けさに満たされた森を、満点の星空が心許なく照らす。
兵士たちが消えた松明を急いで灯した。明かりを手がかりにグリッドたちがこちらを向く。
「なっ!?」
その場にいた全員が絶句した。目玉が飛び出し、顎が地面につきそうなほど口が開いた間抜け面が並ぶ。
視線の先には悠然と立つニア。
その背中には身長の倍はある黒い翼が広がり、腰から太い尻尾が生えている。
誰も声を出せない中、ニアが足元に座り込んでいる私に手を伸ばした。
「心配させて、悪かったな」
優しく儚く微笑むニア。まるで幻のよう。
「えっと……夢?」
理解が追いつかない私にニアが吹き出す。
「あー。まあ、そう思うよな」
「だって、ニアが生きてて、しかも竜族で……」
私の言葉にニアが苦笑いをする。
「いや、これが終わったら話そうと思っていたんだ」
「話すもなにも、死ぬところだったじゃないですか!」
ニアが膝をついて私の縄をほどく。
「そう、怒るな。本当はこっそり治癒魔法で刺されたところは治していたんだが、おまえの治癒魔法が強くってな。全回復したうえに、翼と尻尾が消せないぐらい魔力まで開放されちまった」
「私の治癒魔法?」
「そこら辺はあとで説明する。それより」
ニアがグリッドたちに視線を向ける。それだけで兵士たちが一歩下がった。
夜明け色の瞳が炎を散らす。
「我は竜族のニアリザルト。セリーヌを泣かせた罪は重いぞ。覚悟はいいか? 人族」
闇夜に響く渋い声。落ち着きと余裕。そして、怒りがこもった、圧倒的な力の差。
呆然として声がでないグリッドに代わり、級友の騎士たちが呟いた。
「これ、ヤバいんじゃねえ?」
「竜族に剣を向けたことになるのか?」
「それって、条約に引っかかるんじゃ……」
「人間と竜族はお互いに剣を向けないって条約だったか?」
「思いっきり破ってるじゃねぇか!」
級友たちが慌て始め、その姿に兵士たちが動揺する。
グリッドがざわめきを振り払うように剣を振った。
「落ち着け! 不可侵条約を先に破ったのは、そっちだ! ここは我が国の領土! そこに不法に入り、婚約者を誘拐したのだからな!」
ニアが呆れたように肩をすくめる。
「おまえなぁ、王子なら自分の国の領土事情ぐらい把握しとけよ。さっきもセリーヌが説明したが、この山は竜族と人族の中立地帯で侵攻不可の条約を結んでいる。出入りや住むのは自由だが、武器を持って侵攻した時点で条約違反だ」
全員の視線がグリッドに集まる。
分が悪いグリッドは、それでも負けじと声をだした。
「だ、だが、婚約者を誘拐……」
「なら、証拠は? オレが誘拐したという証拠をだせ。証拠がないなら、冤罪をかけられた、とオレは人族を訴える」
「なっ!?」
言葉がつまったグリッドに級友がこっそり声をかける。
「おい、ここは一度引いたほうが……」
「うるさい! 竜族がなんだ! 数はこっちが上だ! さっきだって、勝っていただろ!」
グリッドの決断に全員がドン引く。しかし、ニアだけは好意的に受け取ったようで。
「それが答えなんだな?」
嬉しそうに好戦的に笑う。
「そうだ!」
「もう、容赦はしないからな」
「全員、かかれ!」
グリッドの命令と同時に、盛大な悲鳴と花火が上がった。




