Act.0029:そういうイメージなんです
街から離れた荒れ地で、初めて雷獅子に乗って試した後、和真は世代から説明を聞いた。
「この雷獅子のテーマは、『スーパーロボット』なんですよ」
その意味がわからず、和真はかるく首をひねる。
だが、世代はそれに答えず、大木に寄りかかりながら空を見つめるように顎を上げた。
視線の先にある遠い何か、それを嘲るように彼の口角は歪んでいた。
見方によっては、自嘲しているようにもうかがえた。
「ボクがもともといた世界には、魔法なんてなかったんです。……うーん。待てよ。もしかしたらあったのかもしれないけど……少なくともボクは見たことがなかった」
世代はそう言うと、今度は腰のバッグを叩いて見せる。
そこに入っているのは、世代が最初に描いた魔生機甲設計書。
「だから、このヴァルクをデザインした時も、魔力なんていう要素を考えていなかった。まあ、きっとそれでも、『そもそも魔生機甲が魔力で動く存在』だったから、問題なく活性化できたんでしょうけどね」
和真としては、世代が異世界から来たというのは半信半疑だった。
しかし、それなりに根拠に関しては、いちずからも聞いている。
だからそのまま、「それで?」と話を促す。
「というわけで、ヴァルクは魔力をエネルギーとしてしか扱わない機体になったわけです。でも、2機目の【銀猫】の時は、魔力という要素を少しだけわかっていました。だから、動力や防御などに取りいれてみたんですね。でもそれは、ボクが知っている技術の代替えにすぎなかった」
「……どういうことだ?」
「言い換えるなら、魔法を魔法らしく使わなかったって感じかなぁ。たとえば、銀猫は攻撃魔法を撃つことができないんです。ボクの中でまだ、『魔法攻撃なんてなし』ってのがあったから」
「なるほど……。確かにあの銀の猫を思わす、双葉の魔生機甲には、爪とか銃などの武器がついていたな。まあ、双葉は魔力量は多いが、回復魔術以外のコントロールが苦手だからちょうどよいだろう」
「そう、それなんですよ!」
くるっと振りむき、世代は和真を熱のこもった眼で見つめてくる。
ひ弱そうな体格からは、考えられない気迫がわきはじめる。
「双葉が『魔力コントロールが苦手』と言っていたことから、『魔力でどこまでコントロールできるんだろう?』という興味もでてきたんです。『脳波コントロールと同じぐらいできるのか?』とかね!」
「脳波? ……それはつまり、魔力とは関係なく、考えるだけで動くということか?」
「ですです! ボクたちの世界には、そういうのがあったんですよ。側頭部に機械を埋めこんだりして。まあ、ボクは生まれたときからiBICがあったんだけど」
「……?」
何を言っているかわからず、和真が顔を顰めると、世代は「今のは忘れてください」と謝罪し、説明を続けだした。
「とにかく、魔力コントロールについて調べたくなったんです。そこで蛇腹・球体関節で、多くの自由度を設けて、コントロールの激烈難しそうな魔生機甲を作ってみようと思ったわけで。それが、【蛟剣】……3機目ですね」
「それは見たことないが、話には聞いている。蛇のような腕と、蛇のような尻尾をもったミカ殿が乗る、特異な姿の魔生機甲だと」
「はい。ミカの能力も高かったおかげか、想像よりはるかに動いてくれて、結果的には大成功の機体でした。けど、蛟剣にも魔法攻撃は装備させていなかったんですよ」
「……法術がきらいだったのか?」
和真の問いに、世代が腕を組んでしばらく唸る。
「う~ん……嫌い……というより、『なんか違う』って感覚なんですけどね。ただ同時に、勉強してたら『ああ、法術って便利だな』とも思ったんです。そうしたら、今度はとことん法術で戦う魔生機甲を1度は作ってみたくなりまして」
「それが、あれか……」
荒れ地の数百メートル向こうに陣取っている魔生機甲を和真は見つめる。
長い錫杖を片手に持ち、か細い純白のボディに、同じく真っ白な羽を広げている。
それはまるで、伝説の天使のような姿をしていた。
「はい。【魔女の天馬】です」
ついさきほどまで、雷獅子のテストを隠すために、このあたり一帯に断絶結界を張っていてくれた魔生機甲だった。
普通、魔術師数人でおこなうような魔術を、たった1機でおこなってしまうのだからバケモノじみている能力だ。
もちろん、乗っているパイロット――フォーという銀髪の少女――の能力の高さがあってこその力かもしれない。
「魔女の天馬は、本当にとことん法術にこだわったため、逆に科学系攻撃兵器がついていません。これはこれで、面白いのができたなと思っていますが、あとで知ったんですけど、あそこまで魔力コントロールをこなせる人って、ほとんどいないみたいですね。フォーがいてよかった。無駄になるところでしたよ」
そう言って、楽しそうに世代は笑う。
普段の気だるそうな所もなく、本当に魔生機甲のことは楽しそうに語っていた。
「そして次に作ったのは、魔法と科学のバランスをとった機体です。まあ、これはご存じですよね」
「ああ。嫌なほどな。いちずの炎竜だろう」
眉を顰める和真に対して、肯定の意味で世代はかるく微笑する。
「ゴーレム召喚の古代魔法を使いながらも、ビーム兵器やミサイルも装備できるバランス型。たぶん作った中では最も汎用性に優れていると思います。……で、何が言いたいかというと、ボクにとってヴァルク以外は、テーマごとの実験機でもあったわけです。そして、雷獅子にもテーマがあります。それが『スーパーロボット』なんです」
「ロボット……魔生機甲のことを言っているのだろう?」
たまに世代が、魔生機甲をそう呼んでいるのは聞いていた。
「うーん。まあ、そう思っていてくれていいです。でも、この際ですから『スーパーロボット』というひとつの単語で覚えてください。スーパーロボットは、『正義を信じる心でいくらでも強くなっちゃうロボット』です」
「……な、なんだ、それは?」
あまりに突飛な説明で、思わず和真は目を丸くする。
だが、世代の表情はあくまで真剣だ。
「そうイメージして描いてみましたってことです。まあ、本当にそんな風に働くのかどうかは知りません」
「おい……。なんか無責任だな」
「もちろん、その根拠になるように、駆動系、出力系、修復系、防御系のすべてに、魔力による増幅装置を組み込んでいます」
「つまり、魔力をこめればいろいろと強化される……ということか?」
「端的に言うと。……ただ、いろいろと調べて、試してわかりましたが、魔生機甲はそんな根拠よりも、結局はイメージが物を言う、不思議魔法生物なんですよ。そして雷獅子は、あなたをイメージしてデザインしています」
「俺のイメージ……どんなのなんだ?」
「前にも言いましたよね。あなたは、『スーパーロボット物にでてくる主人公のような人』って。あなたは自分の正義を信じられる、とんでもなく真っ直ぐな人……そういうイメージなんです」
「…………」
「だから、あなたがそうである限り、雷獅子もそうであろうとするはずです。……まあ、ボクはそういうご都合主義なロボットがタイプじゃないんですけどね」
「ご都合主義って……」
「ああ。それから、|いくらでも力を出そうとする《・・・・・・・・・・・・・》と、|いくらでもパイロットから力を吸いとろう《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》とします。下手すると死んじゃうと思うので気をつけて」
「――おいっ!! 怖いなっ!!」
◆
「……とは言え……」
目の前で次々に構築される山賊たちの魔生機甲を前に、獅子王・雷堂和真は、世代からの説明を思いだしていた。
「今回は出し惜しみなしでがんばってもらわないといけなさそうだな……雷獅子!」
まるでその言葉に応じるように、雷獅子の機体全体が、金色の電撃を纏い放ち、獣の咆哮のごとき雷鳴を轟かせたのである。




