「ダンジョン」
「もう二度と来んなッッ!!」
こうして僕は強制退去――もとい異世界に転生した。
………………
…………
……
僕はあいかわらず謎の結晶に閉じ込められている。まったく動けないままなのだけれど、僕は現状にとても満足していた。
【メニュー】を開いて初期能力値を確認すると、そのすべての能力が理論値の最大である105Pになっていた。僕は気まぐれな【ダイスロールの神】との根競べに見事勝利したのだ。その代償があの女神さまの罵倒なのだけれど。
なにはともあれ、ようやく僕の異世界冒険譚が始まるわけだが……いつになったらスタートするのだろう?
キャラメイクを終えて、スタート地点に配置されて、そろそろなにかオープニングイベントが起きてもいいような。
その時、待ち望んでいた異変が起きた。僕を封印していた結晶が砕け散ったのだ。
「――い。おい、大丈夫か?」
倒れそうな僕の体を支えてくれたのは、顔が怖いオッサンだった。
さらに周囲にはヒゲのオッサン、ハゲのオッサン、マッチョのオッサンがいる。オッサン全員が戦士や傭兵のような格好だ。
僕は警戒して口を開かずにいる。まずは様子見だ。なんでもいいから情報が欲しい。
「……あー、オレたちは怪しいもんじゃない。ダンジョン攻略中の冒険者だ。囚われている坊主を発見して、この結晶から解放してみたんだが……おい、大丈夫か? なにか覚えているか? しゃべれるか?」
オッサンたちの正体は冒険者だったようだ。ならず者や強盗じゃなかったらしい。しかもこの場所はダンジョンの中だったのか。
それを聞いた僕のテンションは跳ね上がった。あらかじめ女神さまからどういう世界なのか聞いていたけれど、あらためて「異世界に転生した」と実感したからだ。
しかし同時にこの異世界には『魔物』や『魔獣』が存在していて、前世の国とは比べ物にならないほど危険に満ちていることも思い出した。ここはひとつ彼らの庇護下に入って助けてもらったほうがいいだろう。
僕はさっそくオッサン冒険者たちとコミュニケーションをとることにした。
「……はい、しゃべれます。ただ、ちょっと……なにも、覚えてないです」
「そうか。結晶に閉じ込められていたからな、たぶん記憶の混乱かなにかだろう。少し休めばなにか思い出すはずだ。よし、ここらでキャンプを張るぞ」
リーダーのオッサンが指示して、仲間のオッサンたちが手際よくキャンプの準備を済ませる。全員の息がぴったりあっていて、あっという間だった。どうやらかなり熟練の冒険者たちらしい。良い出会いに恵まれたようだ。
キャンプ中、いろいろな話を聞いた。雑談をしてなにかキーワードを聞いていれば記憶も戻りやすいだろうとオッサンたちが気を利かせてくれたのだ。異世界の情報を集めたかった僕にとっては渡りに船だった。
この場所――【結晶の洞窟】は、古い大魔導師があやしげな研究をしていたという、いわくつきのダンジョンらしい。
オッサン冒険者たちはこのダンジョンに挑戦している途中で、僕が封印されていた結晶を発見したらしい。
「このダンジョンは行き止まりや鍵の掛かった扉だらけで、なかなか探索が進まなくてイヤになるぜ」
「へえ、けっこう難易度が高いダンジョンなんですね」
「それはどうだろうな。敵はたいして強くはない。罠や仕掛けが多くてなあ……、宝探しがイヤになっちまうくらいだ!」
オッサンたちはガハハッと豪快に笑った。冒険者ジョークらしい。
「ダンジョンの奥にはこれまた厳重に閉じられた扉があって、それがどうやっても開けられなくてなあ……。そこでだ。御大層に封印されていた坊主はそこの『鍵』じゃないかと、オレたちはそう考えているわけだ」
「なるほど、おもしろい考えですね」
僕は古い大魔導師になにかされた哀れな被検者じゃないかと思われている。
たしかに元から破格の高ステータス、しかも一緒に封印されていた装備も初っ端から高性能だ。僕自身にもなにかの『仕掛け』があっても不思議じゃない。化け物かなにかと思われていないだけマシだろう。
「僕も自分が何者なのか、正体が知りたいです。よかったらダンジョンを攻略するまで同行してもいいですか?」
「おう、かまわんぞ。さすがに目覚めたばかりの坊主を置き去りにしたりはせんさ。ダンジョンクリアした後も、近くの町まで案内してやろう」
任せろガハハッと、オッサンはまた豪快に笑った。ほかのオッサンたちも異論はないようで、記憶のない(という設定の)僕を気遣って励ましの言葉をかけてくれたのだ。
どうやら僕はすごい幸運に恵まれたらしい。誰だ、僕のリアルラックが低いなんて言ったやつは?
そんなこんなで話もまとまり、僕はオッサンたちと最奥部に移動した。固く閉ざされた扉が冒険者たちの立ち入りを拒んでいる。
すると突然、僕が最初から装備していた剣の紋章が輝きだした。
「どうやらオレたちの想像は当たっていたようだな」
「はい、そうみたいですね」
僕は見事に『鍵』としての役割を果たす。正確には僕の装備していた剣が、だが。
輝く紋章に反応した扉がゆっくりと開かれていく。かつて大魔導師が研究していたというなにかがこの先に――――
――――びゅんと、なにかが飛んできた。
オッサンリーダーの胸になにかが刺さっていた。
ほかのオッサンたちの悲鳴や苦悶の声も結晶洞窟に響き渡る。彼らの肉体にはなにか不気味にキラキラした半透明な触手が突き刺さっていた。
「ぼ、坊主……に、げ……ろぉ……」
次々と冒険者たちが、オッサンたちが扉の奥まで引っ張られる。
彼らが握ったままの松明が照らしだした、暗闇にいた化け物の正体は――――
「っ!? り、りせっ、【リセット】ッッ!!」
僕は全力で叫んだ。
………………
…………
……
僕はまた謎の結晶に閉じ込められていた。
その身はふたたび固定されて封印されて動けない。だが心の中の心臓はこれ以上なく鼓動を速めていた。もう破裂しそうなくらいバックンバックンだ。
扉の奥に潜んでいた化け物の姿が脳裏に焼けついて離れない。全身がキラキラと結晶化されたような不可思議な姿。それでいて半透明で透き通った部位とは対照的な、本能的に忌避感を覚えるおどろおどろしい狂気の造形。
ぞくりと背筋が凍えた。思い出すだけで身の毛もよだつ。あれはいったいなんだ。
ようやく落ち着いてきて、あの時のことをあらためて考えてみる。なんとなく思い至ったのは、あの扉の奥は『ボス部屋』あるいは『即死系のトラップ部屋』ではないかということだ。たぶん準備なし対策なしの状態では全滅確定なのだろう。
とにかくこのことをオッサンたちに伝えなければ。1週目のオッサンたちが文字通り体を張って手に入れた情報だ。彼らの犠牲をムダにしてはいけない。
しかしどう言えばいいのか、どうやればいいのかはわからない。
普通に考えればこのダンジョンの中に封印されている僕という存在はあやしい。ヘタな言い分だと逆に「やっぱりあの部屋があやしいのでは?」と思われてしまうかもしれない。むしろ「こいつはダンジョンボスの手先や罠なのでは?」と疑われるかも。そんなことになったらおしまいだ。オッサンたちとは敵対したくない。
どうやってこの情報を伝えたらいいものか。僕は特殊スキルのことを隠しながら、それとなくあの部屋に入ってはいけないことを彼らに伝えなくてはならない。
素直に話そうとすれば【リセット】のことも言わなければ話の筋が通らない。だが反則級に便利でイカれた性能の特殊スキルのことはあんまり吹聴しないほうがいいだろう。オッサンたちがどれだけ信頼できる人物かまだわからない。
ヘタに話すといずれ情報が広がって面倒なことに巻き込まれそうだ。そして散々いいように利用されて最終的に殺される可能性すらある。
……やっぱり『トライ&エラー』しかないようだ。
何度でもやり直せる【リセット】を駆使して、一番うまくいった方法を見つけ出すしかない。現実世界には選択肢が存在しないので、気が遠くなる作業かもしれないけれど、なぁに、僕にとってはいつものことだ。
さて、やることを決めたはいいけれど、まだ僕は結晶の中で動けないままだ。
そろそろオッサンたちがやってきて、この封印を解いてもいいころなんだけど――――おっ、ようやく結晶が砕けたようだ。テイク2、いってみよう。
「――おおい、話せるかね? ワシらはこのダンジョンを探索しておる魔法学者じゃ。封印されているオヌシを発見して……ふむ。ほほう、なかなか興味深いのう。オヌシは人間ではなく『ホムンクルス』じゃな?」
えっ? 誰、このおじいちゃんたち?
えっえっ? ホムンクルスって僕のこと?
………………えっ?




