ミサキ
盲目の鬼人は完全体のそれよりも力が弱く、生命力も脆かった。とは言っても押せば倒れる、斬れば即死すると言うほどのレベルでもなく、牙と爪が申し訳ない程度に伸びた、力の強い人間という具合の強さを有していた。それが八人もいるというのか、八人しかいないと言うのか、マコトとミサキの間では受け止め方が大分違ったのだろうが、少なくともミサキにしてみれば敵は八人でおそるるに足らずと言った感じで、マコトにしてみれば敵は七人で恐怖の対象としてしか写っていなかった。
マコトの視界の端に捉えた鬼人は敢えて目線から外していた。
それが何よりも自殺行為以外の何物でもない事は分かっていたが、マコトの中で矛盾した気持ちが訳の分からない精神状態を作りあげていたのは確かだった。マコトは三人の鬼人に囲まれて防戦一方だったが、対照的にミサキは一騎当千を連想させるかのような剣の舞を見せていた。
「たあ!」
集団的に、かつ無秩序に攻撃を仕掛けてくる鬼人達の攻撃を交わしながらミサキは剣を振るっていた。彼女の戦闘において上手い所は瞬間的な状況判断が神がかっている所にある。
次々と、それこそ同時と認識させるほどに襲いかかって来る鬼人達の攻撃にもそれぞれ波やムラと言う物が有り、彼女にはそれを読みとる事が出来た。
ほんの一瞬早く攻撃に転じた鬼人の、振り下ろしてきた右腕に合わせるようにしながら、二撃目を放って来た鬼人とは反対の方向へ、体を空いているスペースへと流し攻撃を交わす。次いで降りかかってくるのは攻撃の態勢を整えた、第三撃目を繰りだそうとしている鬼人なのだがミサキは冷静に、剣を大ぶりする事無く直ぐに空いている方の左手で腰に刺さったナイフを抜きそれを鬼人の首へとあてがいサッと引いた。寸分違わぬ狙いで頸動脈を切られた鬼人は鮮血を辺りにぶちまけながら床に倒れ伏す。だがしかしミサキはそこで立ち止まらない。次なる攻撃に転じる為に直ぐ目の前にいる鬼人を相手にするのではなく、少し離れた位置にいる鬼人目がけて猛然と突進を果たすのだ。足を止めて打ち合うのではなく、足を絶えず動かし続けながら一人を相手にし、急所を突いて行く。
右手に剣、左手にナイフを持ったミサキの戦いはまさに鬼神を連想させるかのような、周囲に恐怖を与える戦闘だった。
ミサキは身体だけでは無く頭の中までフルに回転させているのだ。だからこそ彼女は、ミサキは戦闘において唯一無二存在だったのだろう。目が見え無ない鬼人がミサキの攻撃をかわせる訳もなく、走り抜けざまに首を撥ねられる。
ミサキがこの場を制圧するのも時間の問題だった。一方、マコトもマコトで足を動かしていた。しかしそれは攻撃に転じる為の動きでは無く、ひたすら相手に背中を向けての時間稼ぎの逃走にしか過ぎないのだが、だがマコトにもそれなりの考えはあった。非常に情けなく、格好のつかない考えではあったが、それでもマコトはその考えにすがるしか無かった。幾つもの棚が倒れている、この上なく悪い足元。目が見えない事によりおぼつかない走り。それでも何のためらいもなく標的目がけて全力で走って来る鬼人。
マコトは逃げているとは思えないかのような華麗なステップで棚を飛び越しつつ走り続け、そして距離が開いたと思ったら振り返り弓を構え矢を射った。それが例え外れようと、致命傷を避けて鬼人の身体に刺さろうと、それでも何度も同じ事を繰り返した。棚に突っかかる鬼人目がけ、愚直にまっすぐ走って来る鬼人目がけ、マコトは目を凝らし、何度も後ろを振り返り、周囲を伺いながら何度も矢を射った。しかしその時だった。視界の端にすら入れようとしていなかった一人の、八人目の鬼人が目に入る。他人の空似だと思って意識外へと飛ばしていた彼の目に、頭にダイレクトに入って来たのはどうしようもない程に見慣れてしまっていた祖父の顔だった。
マコトとは反対の方向、倉庫の端でこちらを見て立ち止まっている祖父がいた。祖父、トミジはすっかり鬼人になりかけているがそれでもマコトを見てハタと止まっているようにも見える。マコトとトミジの距離は互いに八メートル程もあったが、しかしマコトはしっかりと見てとった。その首元に真珠で出来た勾玉がある事を。マコトがトミジへと贈った、あの勾玉がしっかりと下がっている事を。そして厳然たる事実として、ミサキがトミジに襲いかかろうとしている事を。その距離がホンの二メートルしか無い事を、マコトは一瞬の内に読みとった。そして決してしてはいけない事を、絶対に言ってはいけない事を、彼は口走っていた。
「ミサキ!」
マコトは叫んでいた。思わず。躊躇わず。疑いもせずに。それがどのような結末を迎えるのかも知りもせずに。だからこそ彼は叫んでしまったのだろう。
「止めろ!!」
ミサキの信条は接近戦にあった。鬼人との接近戦がどれほど肉薄した物か、コンマ数秒の世界で命をやりとりをしあっている者に対して、横から槍を入れる事が何を意味するのか、マコトには分かっていなかった。
マコトが叫んだ瞬間、ミサキの視線が一瞬マコトへと向かった。そして怪訝な表情を見せ、マコトの叫んだ言葉に意味を見いだそうとした。決して立ち止まりはしなかったが、そんな些細な目線と乱れた呼吸が最悪の流れを生み、彼女の鬼神のような乱舞を終了に追い込んだ。
「ミサキ!!」
既にもう遅かった。マコトによって不意打ちを食らったミサキは後ろから襲いかかって来た二体の鬼人と、前にいるトミジから同時に挟撃にあい上から押しつぶされるようにしてその牙を体に刻みつけられた。
「ミサキィ!!」
瞬間、マコトの中で何かが壊れ、何かが生まれた気がした。




