エピソード⑦
「家計管理、任せるよ。俺、そういうの苦手だから」
結婚してすぐ、夫・翔太がそう言ってくれたとき、私は内心ほっとした。昔からお金の管理は得意だったし、計画的にやりくりするのはむしろ好きなタイプだったからだ。
結婚後は私が共働きでフルタイム、翔太は転職したばかりで収入はやや不安定。だからこそ、私は慎重に家計簿アプリで支出を管理し、生活費の振り分けや貯蓄プランまでしっかり立てていた。最初の数ヶ月はうまく回っていたし、「〇〇(私)がやってくれるから安心だよ」と言ってくれていた。
新婚当初、翔太は家計に無関心とまではいかないものの、お金の流れについて特に気にすることもなく、私の管理を信頼してくれていた。私も誠実に対応し、時折「今月はこれくらい貯金できたよ」と報告すると、「さすが!」と褒めてくれる関係が続いていた。しかし、転機は結婚から半年が経った頃に訪れた。
翔太の仕事の状況が変わり始めた。プロジェクトの失敗で評価が下がり、ボーナスも思ったより少なかった。そんなとき——。
「この前の週末、また外食だったよね? ちょっと出費多すぎない?」
突然の問いただし。え?と思いながらも「今月は残業続きだったし、食材が無駄になるよりは……」と説明したが、翔太は納得していない様子。それ以降、彼はレシートをチェックするようになった。スーパーで買った日用品に「これ本当に必要だった?」、クレジットの利用明細を見て「このサブスク、いつまで続けるの?」。
私が自分の化粧品を買ったときも「そんなに種類いるの?」と言われ、友人との女子会にさえ「またお金使うの?」と言われるようになった。一方で彼は、自分のゴルフ用品や趣味のカメラには無頓着に出費していた。この矛盾に気づいたとき、初めて彼に「私の支出だけ厳しくチェックするのはおかしいと思う」と言ったが、その反応はさらに予想外だった。
「俺が管理したほうがいいかもな」
……あれ、任せるって言ってたよね? 苦手だって言ってたのに?
それでも私は「家計は二人のものだし、話し合いも必要」と思い、毎月の支出をグラフでまとめたり、家計報告を丁寧にしたりと歩み寄ろうと努力した。エクセルで見やすい表を作り、項目ごとの支出や貯蓄率まで細かく分析した資料を作成した。でも彼のリアクションは、「じゃあさ、ここもっと削れるんじゃない?」というダメ出しのオンパレード。
「この保険、もっと安いプランに変えられない?」
「美容院、もう少し安いところでもいいんじゃない?」
しかも、じゃあ代わりにやってくれるかというと、そこまでは動かない。具体的な代替案も出さず、ただ批判するだけ。「お金のことは任せるよ」スタンスは崩さないくせに、口だけは出してくる。そのくせ、彼の趣味のアイテムにはしれっとお金を使っていたりするから、私の中のイライラはもう爆発寸前だった。
ある日、彼の友人夫婦を招いて食事会をした際のこと。私が作った料理を皆で美味しく食べ、楽しい時間を過ごした。しかし翌日、彼が言った一言がすべてを台無しにした。
「昨日、ちょっと豪華すぎたんじゃない? もっと予算抑えてもよかったと思うけど」
その瞬間、もう限界だった。「翔太くん、最初に家計は任せてくれるって言ったよね?なのに、どうして私のすることすべてにダメ出しするの? もう自分でやってよ」と、初めて感情をあらわにして言い返した。彼は一瞬驚いた表情をしたあと、「俺はただ心配しているだけだよ……」と言葉を濁したが、それ以上の説明はなかった。
気づけば私は毎日、レシートを見せることにプレッシャーを感じ、買い物のたびに「これも突っ込まれるかな」と神経をすり減らしていた。一度は好きだった買い物も、今では彼の顔色をうかがいながらの緊張した時間になってしまった。食費節約のために手作りお弁当を頑張っても、「これってコスパいいの?」と言われるとやる気が失せる。
「信頼してるって、言ってたのに」その言葉が、今では一番、信じられない。
幸せなはずの新婚生活の中で、私はいつからか「管理される立場」になってしまった。家計簿を開くたびに、胸が締め付けられる感覚がする。彼の言葉と行動の不一致に、私の心は少しずつ離れていっていることに気づいている。




