第四部 第一章 息子達
第四部 版図回復編です、結構長くなったので、もしかしたら途中で五部にするかもです。
一日一章ずつ上げていきますので、のんびりと読んでいただけると嬉しいです。
第四部 プロローグ
魔法歴940年正月、謁見の間で諸侯から新年の祝賀を受けた皇帝ユーグは、自室に戻り皇后マロリッツアから、新たな内政上の進言を受けている。
「通貨の統一?、どう言う意味かな?、我が帝国では基軸通貨としてローマ帝国やフランク王国由来の『デナリウス銀貨』が使用されている筈だが?、あ、そうかイスパニアでは確かまだ、コルドバ帝国時代の金貨「ディーナール」と銀貨の「ディルハム」が使われていたな、確か1ディーナールは12ディルハムで、1ディルハムは良質のデナリウス銀貨一枚と等しかったかな」
「流石は陛下です、その他にもローマの魔法教皇庁ではローマ時代からの『ソリドゥス金貨』もありましたが、これも一枚の価値は『ディーナール金貨』とほぼ同じです、更に帝国には補助通貨としての『セステルティウス黄銅貨』もございます 」
「うんそれで?」
「実は帝国の各地では、以前大公国の時代から流通している独自の銀貨も存在して、その品質もまちまち、更には場所によっては、金貨と銀貨との交換比率も違います、エドモンド・ストラスブルグ伯爵の意見では、そろそろ帝国も帝国内や他国との取引に使用する独自の通貨、金貨、銀貨、銅貨を鋳造するべきと言う事です」
「なるほどね、流石伯爵だ、理に適って居るな、金貨や銀貨には確か昔の皇帝や王の顔が刻んであったが、それはどうする?まさか、私の顔を使うとは言わないよね?」
「はい陛下、陛下がその様な事をお嫌いなのは良くわかっておりますから」
とマロリッツアは微笑んだ。
旧フランク王国では国王の巨大な銅像、石像等が建てられている事も多かった。
だがユーグは自分の生存中にはその様な物を建てる事を禁止している、これはただ単に趣味の問題だ。
「金貨には陛下の御父上の『ウード陛下』の肖像を使わせて頂きたいと思っております、カペー王朝の初代国王を記念するという事ですね、銀貨の方は魔聖ローマ帝国皇帝を歴史上最初に名乗ったカロルス大帝(地方によってカール或いはシャルルマーニュまたはチャールズと呼ばれる)がよろしいかと、銅貨には帝国の紋章を表に裏に魔法教会の紋章をと考えております」
「そうか、それなら良いだろう、だが銅は良いとして、そもそも貨幣に使う金や銀は足りているのかな?」
「宝物庫にある質の悪い金貨や銀貨を鋳潰して錬金術(灰吹法)で、新たな金、銀にして鋳造するとの事です、帝国内で徐々に流通を増やしていけば、いずれは各地の不良な金貨と銀貨を一掃できるでしょう、あ、それと伯爵から『鋳造場』では大量の『熱』が発生しますから、それを使って『湯』を沸かして、陛下が兼ねてより建築を希望されていた『大浴場』も作れる様になりますとの事でした」
「そうか、それは素晴らしい副産物だな、コルドバの街で入った大浴場は素晴らしかった、この宮殿にも
浴場を作ったが、まだまだ物足り無かったからな」
「まぁ陛下、貨幣より浴場の方がお気に召した様ですね」
とマロリッツアは笑いながら話を終えた。
この後、帝都には鋳造所が設立されて、そこで発生する『湯』を使用した『大浴場』が建築される事になる、この大浴場は古代ローマの文献にある『カラカラ大浴場』を再現した物で、帝都の新たなランドマークとなった。
そして、新貨幣『ウード金貨』と『カルロス銀貨』『魔法銅貨』は、帝国の標準通貨として帝国内に留まらず、アラブ世界や東方でも流通する事になった。
この世界(我々の世界でも同様だが)旧ローマ帝国の時代には貨幣経済が発展していて、例えばローマ帝国の兵士は年棒で450枚のデナリウス銀貨を得ていたと言われている、だが帝国の崩壊と蛮族の支配(ユーグ達フランク人もその蛮族の血統だ)の混乱の中で世界は物々交換の時代に後退してしまっていた、フランク王国の時代になりやっと貨幣経済が復活しつつあるが、帝国内でもまだ地方では物々交換や小麦等の物品貨幣制度が残っている所も多かった。
さらに皇帝ユーグは魔法教皇と教皇庁を廃止した事に合わせて魔法教会の改革にも取り組んでいる。
魔法教会では従来は、魔法の属性を水、火、風、土の四属性に分けて整理して術式論を展開していた、それをユーグは大幅に変更して、ヴァイキング達が多用している『氷』魔法を水属性魔法から独立させ、さらに、自ら編み出した『雷』属性魔法や、ジョルト達呪術師の『木』の呪術を木の属性魔法として公認、そして自ら魔法書や古文書を解析した事で再発見した『光』と『闇』の属性魔法の存在も公式とした。
これにより、魔法教会は魔法の属性を今までの四属性から一気に九属性に拡張した。
それに合わせて旧来の魔法理論にあった『水>火>風>土>水』と言う属性の相性や有利論を実験の結果
事実では無いとして廃止、さらに魔法力は力の大小はあるが全ての『人』が生まれついて持つ、という事を公式見解とした、これにより従来生誕時に行われていた魔法力チェックでは、微細な魔法力を感知できなかったと言う事も公式に魔法教会から公示された。
魔法教会は今まで、教会のシンボルとして使用していた四芒星の意匠を、皇帝ユーグの意によって九属性を表す『九芒星』に変更する事になった。
もちろん、この事によって未だ教会内に存在する『教皇派』達は大反発をして、皇帝に叛意を示す者も
現れたが、その者達は全員粛清され、反対派の教会や修道院は破却されるか皇帝直属の教会となった。
これにより、皇帝ユーグはその力を更に強大にしたのだった。
第一章 息子達
魔法歴940年初春。
新宮殿『パンテオン城』の中庭にも以前の宮殿と同じ様に練兵場が設けられている。
ここは、皇帝ユーグの子供達の魔法や剣術の修行の場でもあるからだ。
歳が同じ未来の皇太子ユーグ2世と次男ロベールは二人で並んで弓の稽古をしている。
この頃魔聖ローマ帝国の正式な兵制には既に弓兵や弩弓兵は存在していない、古参のヴァイキング兵達の中には、弓を使う者もまだ多数居るし、狩人達も当然弓を使用しているので、武器としての弓が無くなった訳では無い、武人の嗜みとして二人は弓を習っているのだった。
二人に弓を教えているのは、イスパニア王の称号を持ち、『帝国騎士学校』の校長職にあるエルベールだ、皇帝ユーグが義兄を子供達の武術の師範としたのは、エルベールが基本に忠実な正統派の剣士であり
槍や弓も人並み以上に使いこなしていたからで、特にユーグが重視したのは『基本』と言う事だった。
ユーグが少年の頃の剣の師匠だった老騎士アンリもまた基本に忠実な剣士であり、ある程度基本を学んだ上で自分に合った剣技に進めば良いと言う教え方だった、今は殆ど使う事が無いがユーグ自身も片手剣のレイピア以外に普通の片手剣スパータや両手剣のツヴァイヘンダーを自由に使う事ができる。
エルベールはユーグより一回り以上歳上で、この時代の水準では既に老齢と言われる歳だ、なのでユーグの子供達からは『エルベール爺』と言われて慕われている。
エルベールのヴェルマンドワ家は旧フランク王国の王家だったカロリング家のイタリア王ピピンの庶子ベルンハルトの子ピピン1世を祖として、現在は当主であるエルベールがイスパニア王、長男ウードはイスパニア総督兼ロタリンギア公爵、次男アルベールはヴェルマンドワ公爵、長女アデルはルテニア王妃、次女リュートガルドはグレートブリタニア王妃と言う事で皇帝ユーグの親族として帝国では皇帝、皇后に次ぐ地位にあるとされている。
仮に、エルベールが娘婿達と図り皇帝に叛旗を翻したとしたら、その戦力は帝国を二分する事となる。旧フランク王国の時代なら危険な存在として、粛清される事になっていただろう。
息子と腹違いの弟が中庭で弓の稽古をしている所を上層のテラスから見守っている皇后マロリッツアは、ローマに於いては常にNo.2の家系を排除する事で、トゥスクルム伯爵家の権勢を保って来た。その方法論から言えば、ヴェルマンドワ家は排除される可能性が高いのだが、そうならないのは、エルベール本人が政治や領地経営に全く興味無いので、実質全てのヴェルマンドワ家の領地を仕切っているのはユーグの姉で、皇后の腹心となっているアデルだからだ。
そして、皇后は魔聖ローマ帝国の各王達が、皇帝ユーグとその魔法力に絶対の忠誠を誓っている事を知っている、だがしかしその忠誠心が二世皇帝となるユーグ2世にも同じ様に向けられると無条件で考える程楽観論者でも無い、だからその時の為に叛意の危険性のある人物をいつでも排除できる体制を作るのが今の皇后の重要課題だった。
そして、当然だが自分の子供以外のユーグの男子達は、自然な形で帝国の権力中枢から排除する方法を考えている、ただそれは粛清するとかでは無く、帝国の皇帝直轄領の都市の侯爵とするとか、魔法教会の大司教に任命するとかだ、ただ次男のロベールは母親が元は自分が可愛がっていた侍女ルクレチアの子なのでそれなりの待遇を与えてやりたいと思っている。
そんなマロリッツアに中庭に降りた皇帝ユーグが片手を降っている、マロリッツアもそれに答えて手を上げた。
「どうだ、弓の練習は?」
「父上、剣とはまた違い面白いと思います、エルベール爺に教わったのですが、今は帝国の軍では弓を使わないそうですね、それは何故ですか?」
「簡単だ、弓は初歩の風魔法で容易く防ぐ事ができる、当たらなければ武器としては使い物にならんからな、義兄殿、私に向かってあの辺りから弓を放ってくれるかな?」
「はい陛下」
皇帝に矢を向けるなど不敬罪の極みだろうが、エルベールは自分の弓の矢が絶対にユーグに届かない事を知っているので、言われた通りに矢を放った。
矢はユーグ目掛けて真っ直ぐに飛ぶが、直ぐに明後日の方向にコースを変えられてしまい、力なく地上に落ちる。
「一番初歩の風魔法『ヴェンティ・ウオール』でもこうなる、わかったな」
とユーグは言うが、どうも二人の息子は納得が行かない様だ。
「父上、誠に申し訳無いのですが、あの的の後ろに立って、もう一度風魔法で防いでいただけますか?」
「(うん?何か気になる事でもあるのか、まぁ良いだろう)」
ユーグは自分の子供の頃の事を思い出した、良くこうして疑問を魔法の師匠ギョームや剣の師匠アンリにぶつけて困らせた物だった、二人の師匠は当たり前の様なユーグの質問に嫌な顔一つせずに答えてくれた。
「(思えば私は、子供の頃に良き師匠に出会えたのだな、いやそんな師匠を私に付けてくれた父母に感謝するべきか)」
「これで良いか?」
ユーグは庭の端にある弓の的の後ろに立ち、風魔法ヴェンティ・ウオールを発動する。
「はい、父上では」
ユーグ2世とロベールがお互いに目で合図すると、それぞれが弓に矢を番えて放つ。
「(うん?これは魔法?)」
最初にユーグ2世の放った矢が子供が射たとは思えないスピードで飛来して、ユーグのヴェンティ・ウオールを突破して的に刺さる、そして次にロベールの矢が今度は炎を纏って『火矢』の様な状態でこれも
ユーグの風の防壁を突破して的に刺さった。
「なんと?」
二人を監督していたはずのエルベールが口を大きく開けて唖然としているし、それはユーグも同じだ。
「(二人共矢に魔法を纏わせて放ったと言うのか?、しかも私の魔法防壁を突破しただと?)」
ユーグの魔法力が巨大なので、初級魔法のヴェンティ・ウオールでも普通の大魔術師の放つ上級魔法
『ヴェンティ・ワッルム』を凌ぐ崩御力がある、それを軽々と二人の息子は突破してきたのだ。
「二人共、もう一度だ」
「はい父上」
ユーグは今度は上級魔法ヴェンティ・ワッルムを発動してみる。
流石に二人の矢はこれを突破する事は無く、ユーグの足元に落下した。
「ちぇ、やっぱり父上には敵わないかぁ」
二人が顔を見合わせて、膨れ面をしている、本当に悔しがっている様だ。
「二人共、見事な工夫だった、しかし矢に魔法を纏わせるなど、誰に教わったのだ?」
「教わって無いよ、だって剣にも魔法を纏わせるでしょ、だったら矢でもできると思っただけ」
と二人は声を揃えた。
「成程、流石は陛下のお子ですな、昔陛下が初めて剣に魔法を纏わせた事を思い出しますな」
とエルベールは関心している。
そう、今では魔法剣士達が剣に魔法を纏わせる事は普通になっている、だがそれはユーグがまだ子供の頃に独自に編み出した技なのだ、だか、この技がもたらした圧倒的な魔法攻撃力によって当時は西フランク王国に幾つか存在した王の血筋の貴族の一つに過ぎなかったカペー家が西フランク王国の王権を得た原動力ともなった技だった。
そしてこの二人の矢への魔法付与は、今まで誰も考え付かなかった事であり、帝国の軍制を更に発展させる可能性がある事だった。
「(矢に魔法か、全く想像もしていなかった、この私がこんな事を見落とすとはな)」
とユーグは自省したが、その一方で二人がこの事を発見した事は、大いに褒めてやろうと思った。
「二人共、今日の鍛錬は終わりだ、手と顔を洗い、服を着替えて私の部屋まで来なさい」
「え?なんで、何も怒られる様な事してないよ」
と二人は口を尖らせる。
「怒っているのでは無い、褒美をやろうと言っているのだ、良いから早く」
「はい!」
と二人は駆けて行った。
「義兄上、今の技……」
「はい陛下、これは偉い事になりますな、しかし矢に魔法ですか、魔術師達に弓矢が扱える者が何人いるか?、いや逆に狩人達で魔法を使える者を探した方が良いのか?」
流石にエルベールだ、直ぐにユーグの意図を察している。
「義兄上、その事は後ほど、息子達の褒美、立ち会っていただけますか?」
「もちろんです」




