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第3話 ぺっしてください! ぺっ!

 その後、お医者さまが訪れ、私を見るなり奇跡だ奇跡だと騒ぎ出し、診察をしたあと『悪いところは見られません』と言って点滴を抜いて帰っていった。


「はい、あーん」


 エリスに手伝ってもらって、久しぶりの食事をしている。


 もぐもぐ……、ほとんど味の付いていない麦粥だけど美味しい。たぶん、体が求めているんだと思う。


(おいしそうー)


 もぐもぐ……


(あんたも食べられるの?)


「はい、ティナ様。あーん」


 あーん


(どうかな……んー、無理っぽい)


 ?

 今何か変な感じがしたけど……

 もぐもぐ……


(あんた今何かやった?)


(えへ、バレたか。エリスちゃんのスプーンの粥を食べてみようとしていたら、ついユキちゃんの口にチュウしちゃった)


 ぶっ!


「ティナ様、大丈夫ですか!」


「み、水……それにお塩を」


「はい、水です。……お塩はここにありますけど、どうしたらいいんですか?」


「あ、ありがとう。お塩をスプーンに乗せて口に持ってきて」


「わかりました……はい――――あー、ティナ様! 塩をそんなにパクっと! ぺっしてください! ぺっ!」


 食べるつもりじゃなくて清めるつもりだから、もったいないけど言われた通りぺっした。


(それにしてもあんた、なんてことしてくれんのよ!)


(食べられるのかって聞いたのそっちじゃない!)


(だからって、キスすることなんてないじゃない。って、キス……)


 あれ、もしかしてこれがファーストキスになるのか? 起きる前にやった記憶がないぞ。


「ティナ様、お食事はどうされますか? 最初だからあまり無理されては……」


「まだ、食べる!」


 早く動けるようになって、こいつからさっさと逃げ出さないといけない!








 食事の後、エリスから両親だと聞かされたハーゲン・カペル男爵とアメリー・カペル男爵夫人が、私の様子を見に来た。ハーゲンさんは少しふくよかな体格で42才。貴族って言っているけど、漫画で見るような派手な衣装ではなくてどちらかと言えばスーツに近いものを着ていた。アメリーさんは38才で紺色の裾が長いワンピースを着ている。特段きらびやかな感じでもないので、二人ともこれが普段着なのかもしれない。


「ティナよ、調子はどうだ? エリスからたくさん食べたと聞いたが変わりないか?」


「少し食べ過ぎましたが、しばらくじっとしていたら大丈夫ですよ」


 正直、食べすぎて動けない。元々動けないんだけど、さらに動けない気がしている。しかし、あれくらいでお腹いっぱいになるとは……ほんとに長い間何も食べてなかったんだと実感した。きっと、胃が小さくなってしまっているんだと思う。


「その話し方……やはり、私たちのことは思い出せないか」


「あなた……」


「ごめんなさい……」


 思い出せるものなら思い出してあげたいと思う。きっと長い眠りにつく前は、普通の親子として生活していたと思うから。


「無理しなくてもいい。たとえ思い出さなくても、お前が私たちの娘であることには変わりないからな」


「ええ、そうよ。ティナはティナ。私たちの自慢の娘よ」


「はい……」


 しばらくの間二人は、クッションにもたれかかったまま動くことができない私の体を抱きしめてくれた。





「今日はもう遅い。ティナを休ませないといけないよ。さあ母さん、行こうか」


 そういえば、もう外も暗くなっている。思っていた以上に時間がたっていたみたいだ。


「えっ! もうそんな時間ですか。嬉しくて時間がたつのがわかりませんでした。ティナお休み。それでは、エリス頼みましたよ」


「おやすみなさい」「畏まりました旦那さま」


 二人を見送り、エリスと二人っきりになる。


(感じのいい人たちだったね)


 訂正! こいつがいた。


(うん、思い出してあげたいけど、どうしたらいいんだろう……)


「あのーティナ様、お考え中に失礼します。お休みの準備をしてまいりたいので、少しここを離れますがよろしいでしょうか?」


「あ、はい。お願いします」


 エリスは私を残したまま、部屋を出ていってしまった。


(ねえ、あんた。地縛霊ならどうして私が記憶をなくしたか……いや、どうして春川有希である私が、ティナの体に入っているのか知っているんじゃないの?)


(地縛霊??? ボクは地縛霊じゃないと思うよ。ユキちゃんが目覚めた時に一緒に来たからね。それに、どうしてユキちゃんがティナって子の中にいるのかは知らないよ)


 地縛霊じゃないの?

 確かに、こいつの声はどこかで聞いたことがある気がするんだよな。ただ、春川有希の記憶をたどってもそれが誰だかはわからない。


(あんた、私、春川有希とどういう関係だったの?)


(ボク、ボクはね、ユキちゃんの……あれ、なんだっけ? ただ、ものすごく大事な人だってことはわかるんだけど……)


 こいつにもわからないのか。


 その時ドアが開き、ワゴンを押しながらエリスが入って来た。上に乗っているたらいからは湯気があがっている。


「お待たせしましたティナ様。いつものようにお休み前に体を拭かせてもらいますね」


 体を拭いてくれるのか……ということは!


(あんた、男、女、どっち?)


(……たぶん男だと思う)


(それなら早くどこかに行きなさいよ!)


(だから、離れられないんだってば)


(だったら、絶対見るなよ!)


(わ、わかった。努力するよ)


(努力じゃダメ! 絶対!)


 やっぱり早くこいつから離れる方法を探さないといけないよー。


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