第1話 だ、旦那様! お嬢様が!
(ユキちゃん、ユキちゃん、起きて……)
ん……
誰?
この声はどこかで聞いたことがあるような……
それにしても、やけに瞼が重いな……
うっ、眩しい!
なんでこんなに眩しいの?
というか、なんだかいろいろとおかしい。目を覆いたいのに手が動かない。
あれ、声ってどうやって出したっけ……
あ、ようやく目が慣れてきたかも……
ん? なんだか天井が低い気がする……
「……ここは?」
お、声が出たぞ。
それにしても、ここ、どこ?
あ、そうだ! 今日は入学式! 早く学校に行かなくちゃ。
そのためには、体を起こしたいんだけど…………
やっぱり動かない……
もしかして、これが金縛りってやつかな。
「え、お嬢様……。だ、旦那様! お嬢様がー」
女の子の声だ。
どうしてここにいるの?
お嬢様? 旦那様?
それよりも動けないのを何とかしてほしい!
「だ、誰かー、助けてくださーい」
ん? 今の声……
私の?
(ユキちゃん、ユキちゃん、大丈夫?)
さっきの声の人。
「すみません。どなたかわかりませんが、手を貸していただけませんか。体が全く動かないのです」
やっぱり声がおかしい。風邪をひいたにしては、いつもよりもいい声のような気がする……
あれ? 私が話した言葉って、何語?
頭で考えた言葉と口から出た言葉がどうも違う。さっき旦那様って言った人の言葉も日本語じゃなかったかも。でも、意味は分かったよな。どういうことだろう?
(ごめんね。ボク、ユキちゃんに触ることができないみたいなんだ……)
この頭に響くように聞こえる声は日本語だ。やっぱりどこかで聞いた覚えがある。
「あのー、どちら様でしょうか?」
(ボク? ボクはね……あれ? わからないや。ユキちゃん知らない?)
知らないかと聞かれても、体が動かせないから姿も見えないし、声で分かるほどの記憶もない。ただ、ユキちゃんというのはわかる。それは私の名前だ。
おっ、首は動くみたい。
声の主は……見当たらない。左右を見わたしても……誰もいない。
というか、本当にここはどこだ。天井がやけに低いと思ったら、これって天蓋付きのベッドだぞ。それに私の部屋よりもかなり広くて、こんな豪華な内装はテレビでしか見たことがない。
あ、ドアの外が騒がしくなった。誰か来るのかな。
ベッドからかろうじて見えるドアが開き、一目で外国人とわかる顔立ちをした中年の男女と若い女性が飛び込んできた。
「ティナ! ああ、ティナ、よかった!」
「ティナ! 目が覚めたのですね。信じていましたよ!」
ティナって誰? というか、この人たちは何者?
「すみません。私の名前は有希、春川有希です。ティナではありませんよ。どなたかとお間違えではありませんか?」
私はすぐ横までやって来た中年の男女に向かって答える。
「おお、ティナよ。きっと、夢の続きを見ておるのだな。それで、私がわかるか?」
いえ、さっぱりわかりません。
「私の可愛いティナ。お父さんのことは忘れても、私のことは覚えてますよね?」
ごめんなさい。あなたのこともわかりません。……というか今、お父さんって言った?
「……ごめんなさい。お二人とも……わかりません」
「そうか……。ティナよ、気分はどうかな?」
体が動かないだけで、気持ち悪いということもないな。
「ティナではありませんが、気分は悪くないですよ」
「……母さん。ティナは目覚めたばかりで混乱しているようだ。まだ休ませた方がいいと思うのだが、どうだろうか?」
「そうですね。まずはお医者様に知らせないと。ティナ、あとからまた参りますからね。エリス頼みましたよ」
エリスと呼ばれた少女は『畏まりました』と頭を下げ、それを見た中年の男女は部屋を出ていく。
(ユキちゃん、何しているの?)
「いや、あの女の人が手を振りながら出ていったから、手を振ろうと思ったんだけど、動かなくて」
まだ、金縛りが解けないようだ。首以外が全くと言っていいほど動かない。
「ティナ様、どうされました? 誰と話されているんですか?」
誰と話しているのかって言われても……姿は見えないし、声は頭の中に聞こえる……もしかして幽霊?
それじゃ、この金縛りの原因はこいつか!
(あんた、早くこの金縛りを解きなさいよ!)
(えっ! ボク、何もしてないよー)
お、あいつに向かって考えるだけで通じるみたいだ。
(いいから、早く何とかしなさい!)
(そう言われてもぉー)
「あのー、ティナ様?」
いけない。この子のことを忘れていた。
「ごめんなさい。……えーと、エリスさんだっけ。体を起こしたくても動かないの。手伝ってもらえるかな」
「はい! ティナ様!」
ところでこのエリスって子は誰なんだろう? 私のことを様付けで呼んでいるから姉妹ってわけではないよね。それに着ている服がさっきの女性と違って動きやすそうな感じだ。そういえば地球で見たメイド服に似ているかも。ということはメイドさんなのかな?
考えているうちに、エリスは私の体を抱きかかえ起き上がらせてくれた。そして、体の後ろにふかふかのクッションを敷いてくれたので、このままの姿勢で話すことができそうだ。
しかし、この状態でも体が動かないな……
「ティナ様。私、感激しました! 今日初めてお声をお聞きしましたが、想像していたよりも可愛らしくて……5年間お仕えしてきた甲斐がありました!」
エリスは、布団がかかっている私の右手を出し、両手でそっと握ってくれた。暖かく柔らかなその手は、どうしたらいいのかわからない私の気持ちまで、優しく包み込んでくれているようだった。
それにしても、5年間ってどういうこと?
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