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Splendours Season1  作者: Saki Tachimazaki
2nd Act - プリンス・オブ・アルファライン -
9/18

Scene Charlie-1【Splendours Season1】

 空が夏を装い出す七月半ば。

 ソレイユの万年雪が上に逃げて行く頃だというのに、オーウェンは澄ました青白い顔でマントを羽織い机に向かっていた。

 羽ペンが滑らかに紙を滑り、綺麗なラインズ語が紙に現れる。

「Alors il(そこで彼は)——」

「——a été mangé par son gentil frère(優しい兄に食べられてしまいました)」

 振り向くとブレイクがニコニコしながら肩を掴んできた。

「ねぇ、ちょっとついてきて欲しいんだけど、いいかな」

 頷くとブレイクが手を離した。ペンを置き立ち上がると、いつの間にやら彼はドアの前に立っていた。


回廊に差し当たったあたりでふと気になった。

「珍しいねお兄様。呪文研究はいいの?」

「いいんだよ。一回ぐらいやらなくたって、そう大差は生まれないさ」

 そう言ったお兄様の顔には隈ができていた。


 それから程なく、小さな扉の前に辿り着いた。

「礼拝堂?」

「そう。ちょっと目を瞑ってて」

 言われた通り目を瞑ると、お兄様が離れていくのとドアが開くのがわかった。また同時に礼拝堂の古木の匂いが漂ってくるのも感じた。

「まだダメだよ」

 念を押されながら手を引かれ、中に入れられた。何ヶ月も来ていないせいか中の広さが分からず、いつか壁にぶつかるのではないかとヒヤヒヤしながら歩いていた。すると、あるところで椅子に座らせられた。

「ちょっと待ってね。いま用意するから」

 ——一体何が現れるというのだろう。まさか人間界のように縛り付けて異端尋問でも行うのだろうか? もしそうならお笑いものだな。

 そんな荒んだ思考とは裏腹に、礼拝堂は静寂に包まれていた。何かを用意しているはずなのに、物音ひとつ聞こえてこない。強いて言えば呼吸の音が聞こえるくらいだ。

「これから目隠しするけど、驚かないでね」

 目を瞑っているのが信用できないのだろうか? 布が目元に当てられた。しかも慈悲もなしにきつく結んでいる。これはいよいよ腹を括らなければいけないのか。

「そしたら……これを噛んで」

 何かわからず黙っていると、口元に柔らかい何かが押し当てられた。

「これだよこれ! 牙を立てて、思いっきりさ!」

 お兄様はどこか焦っているようだ。それに、口元に当たっている「何か」が震えている。

 ——腕だろうな。

 そう思うと、いやでも貪りたくなった。

 満足に食事をしていないことがバレたか、それとも献血パックを飲んでいないことがバレたのか? どちらにしろ、しばらく血を摂取していないことは露呈しているはず。やらかしたな——。

 我慢していた分思いっきり口を開いて、それでいて優しく牙を立て皮を破った。すると予想通り血が流れ出てきた。溶かした鉄のような味と、喉にこびりつくこの感触。なのに本能的に欲する魅惑の食材。自我が持っていかれそうになる。

「そう、もっと飲んで——いいこだよ」

 頭を撫でられながら飲むのは少し恥ずかしいが、議席を奪われた理性になす術はなかった。


 脳内の議席で再度理性が過半数を獲得した頃、目隠しが解かれ、視界に真っ赤な腕が入った。

「慌てないで。絶対に逃げないから」

 もう一方の腕で抱き寄せられながら、贅沢で甘いティータイムを過ごした。


 満たされ眠ってしまったオーウェンを抱き抱えながらも、ブレイクの視線は別の場所に注がれていた。

「ありがとうブレイク。これでしばらくは暴走しないだろう」

「恐縮です陛下。ですが、お気づきですよね?」

「あぁ、もちろん」

「ご配慮痛み入ります」

 ブレイクはそのままオーウェンを抱えて礼拝堂を出ていった。

 残されたパトリックは床に溢れた血を舐め取り、その甘さになんとも言えない表情をこぼした。

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