Scene Charlie-1【Splendours Season1】
空が夏を装い出す七月半ば。
ソレイユの万年雪が上に逃げて行く頃だというのに、オーウェンは澄ました青白い顔でマントを羽織い机に向かっていた。
羽ペンが滑らかに紙を滑り、綺麗なラインズ語が紙に現れる。
「Alors il(そこで彼は)——」
「——a été mangé par son gentil frère(優しい兄に食べられてしまいました)」
振り向くとブレイクがニコニコしながら肩を掴んできた。
「ねぇ、ちょっとついてきて欲しいんだけど、いいかな」
頷くとブレイクが手を離した。ペンを置き立ち上がると、いつの間にやら彼はドアの前に立っていた。
回廊に差し当たったあたりでふと気になった。
「珍しいねお兄様。呪文研究はいいの?」
「いいんだよ。一回ぐらいやらなくたって、そう大差は生まれないさ」
そう言ったお兄様の顔には隈ができていた。
それから程なく、小さな扉の前に辿り着いた。
「礼拝堂?」
「そう。ちょっと目を瞑ってて」
言われた通り目を瞑ると、お兄様が離れていくのとドアが開くのがわかった。また同時に礼拝堂の古木の匂いが漂ってくるのも感じた。
「まだダメだよ」
念を押されながら手を引かれ、中に入れられた。何ヶ月も来ていないせいか中の広さが分からず、いつか壁にぶつかるのではないかとヒヤヒヤしながら歩いていた。すると、あるところで椅子に座らせられた。
「ちょっと待ってね。いま用意するから」
——一体何が現れるというのだろう。まさか人間界のように縛り付けて異端尋問でも行うのだろうか? もしそうならお笑いものだな。
そんな荒んだ思考とは裏腹に、礼拝堂は静寂に包まれていた。何かを用意しているはずなのに、物音ひとつ聞こえてこない。強いて言えば呼吸の音が聞こえるくらいだ。
「これから目隠しするけど、驚かないでね」
目を瞑っているのが信用できないのだろうか? 布が目元に当てられた。しかも慈悲もなしにきつく結んでいる。これはいよいよ腹を括らなければいけないのか。
「そしたら……これを噛んで」
何かわからず黙っていると、口元に柔らかい何かが押し当てられた。
「これだよこれ! 牙を立てて、思いっきりさ!」
お兄様はどこか焦っているようだ。それに、口元に当たっている「何か」が震えている。
——腕だろうな。
そう思うと、いやでも貪りたくなった。
満足に食事をしていないことがバレたか、それとも献血パックを飲んでいないことがバレたのか? どちらにしろ、しばらく血を摂取していないことは露呈しているはず。やらかしたな——。
我慢していた分思いっきり口を開いて、それでいて優しく牙を立て皮を破った。すると予想通り血が流れ出てきた。溶かした鉄のような味と、喉にこびりつくこの感触。なのに本能的に欲する魅惑の食材。自我が持っていかれそうになる。
「そう、もっと飲んで——いいこだよ」
頭を撫でられながら飲むのは少し恥ずかしいが、議席を奪われた理性になす術はなかった。
脳内の議席で再度理性が過半数を獲得した頃、目隠しが解かれ、視界に真っ赤な腕が入った。
「慌てないで。絶対に逃げないから」
もう一方の腕で抱き寄せられながら、贅沢で甘いティータイムを過ごした。
満たされ眠ってしまったオーウェンを抱き抱えながらも、ブレイクの視線は別の場所に注がれていた。
「ありがとうブレイク。これでしばらくは暴走しないだろう」
「恐縮です陛下。ですが、お気づきですよね?」
「あぁ、もちろん」
「ご配慮痛み入ります」
ブレイクはそのままオーウェンを抱えて礼拝堂を出ていった。
残されたパトリックは床に溢れた血を舐め取り、その甘さになんとも言えない表情をこぼした。