足元注意
「おまっ、ばかやろっ!」
見つかったらやべーと、慌てて駆け出して梯子を渡ろうとした瞬間、俺は急ブレーキをかけた。
ヒロハルのやつが、まだ俺が渡ってねーのに、梯子を持ち上げやがった。
「あんたは、ミナトのあんちゃんじゃない!」
ヒロハルは怒鳴り声を上げた。
つか、勘づかれたらしい。
「今は、それどころじゃねーだろ!」
「そこが一番重要なんだよ! あんたは、中身が別人の誰かだ。 あんちゃんは、知らない人には絶対敬語使ってたし…… もし記憶をなくしたのが本当なら、俺に対しても敬語だったはずだよ。 人格が変わったら、もうあんちゃんでもなんでもないよ!」
……おいおい、その理屈は結構ひどくねーか?
だって、性格が変わったら、もう赤の他人ってことだろ。
例えば、認知症で別人になっちまったからって、親の介護をほっぽりだすのか?
……だけど、いつまでも嘘はつけねー。
ここは一旦本音で話して、あいつを納得させねーと。
「確かに、俺はミナトじゃねーよ! だけどよ、俺は身内も他にいねーし、お前に頼るしかねーんだよ!」
「知らないよ! 赤の他人の面倒なんて見れないって」
くっそ……
わかんねーでもねーけど。
俺だって、赤の他人となんか一緒に住めないし。
「だったら、頭下げりゃいいのかよ? 敬語で話せばいいのか?」
「何でそんな喧嘩腰なの!? すごい失礼だと思うんだけど」
今のこいつには何を言っても無駄だった。
俺を屋根の上に放置して、さっさと移動しやがった。
俺は、片手に持っていたツナ缶を床に投げつけた。
ふざけやがって……
こっからどう降りればいいんだよ。
俺が観念して、あぐらをかこうとした時だった。
「わあああああああああああああああっ」
向こうから悲鳴が聞こえた。
「ヒロハルッ」
俺は、瞬時にかけ出した。
あいつ、梯子をかけたはいいが、その隙間に挟まってやがる!
「待ってろ!」
俺はダッシュで断崖から飛び出した。
体が宙を舞う。
高さや距離なんて、ほとんど意識しないで飛び出したため、ギリギリ届くかわからねー。
「うらああああああああああああああっ」
俺は、全力で腕を伸ばし、辛うじて爪の先が建物の淵に引っかかった。
爪がはがれかけて、血が腕を伝う。
かんけーねえええーーーっ。
俺はグイ、と腕を伸ばし、はがれる爪なんておかまいなしに、屋根の上へとよじ登った。
急いでヒロハルの元に駆け付けると、梯子を渡って、手を伸ばした。
「捕まれっ」
ヒロハルの手をとり、体を引き上げる。
「ごわがっだよおおおおおお」
ヒロハルは、涙目で鼻水を垂らしながら、俺の胸に飛び込んで来た。
「バカやろ、何で隙間に挟まってんだよ」
「えへへ、でも、良かったよ。 あんちゃんは、やっぱり本物だった」
まさか、わざとやったんじゃねーだろな?
んなわけねーか。
「ヒロハル、俺はミナトじゃねーんだ」
「助けてくれたじゃん!」
ヒロハルは、それ以上言わず、満面の笑みで屋根の向こうに渡っていった。




