ある病室にて
「久しぶり」
僕は見舞いに行った彼のベッドの隣で微笑んだ。
彼は、少しはにかんだ様子で僕を見た。
僕はいつものように彼と手を繋ぎながら、彼の手と腕に何度もキスをした。
僕にとっての、至福の時間。
会えなかった時間の分だけ、彼の感触をギュッと確かめた。
「ねえ」
『うん?』
彼と目が合った僕は、一拍置いてから話を続けた。
「結婚しよう」
緊張していた僕だったが、彼の表情の変化は僕にもわかった。
『な、いきなり何を言い出すんですかぁ~!』
彼は両手を僕に向かってブンブンと振り回した。
その手を、僕はガシッと掴んだ。
「あなたは、彼を愛しますか? はい、愛します」
彼の恥じらいにも構わず、僕は自分で外国人風の神父を演じ、一人二役を始めた。
「あなたは、彼を愛しますか?」
次に、僕は彼に向って言葉を投げた。
『何言ってるんですか~。僕が愛するのは……、このスマホですよ』
「あなたは、彼を愛しますか?」
僕は少し顔を近づけて、ふざけるようにして繰り返した。
『だから、こんな病人のどこがいいんですか~?』
彼の丸い頬は、とても愛らしかった。
『……だから、愛してますって…………。……このスマホをね』
おどけながらも、観念したように、彼は誓った。
「では、二人、誓いのキスを……」
僕は、もうだいぶ近づいていた自分の顔を、彼に重ねようとした。
すると、彼の両手は渾身の力で僕の顔を挟み、遠ざけた。
『ここはダメですってばぁ』
必死に堪えながら恥ずかしそうに彼が言った後、
こぼれそうになったよだれを、彼は吸いこんだ。
「じゃあ、ほっぺにさせて」
僕の懇願に、彼はタオルで唇をガードした。
それは、オッケーというサインだった。
僕は彼の頬にキスをして、いつものように彼の髪を梳いた。
今日もゆっくりとした時間が過ぎてゆく。