序章
“ラーシュ”
殺すべき人間を、殺したことがある。
殺すべきでない人間を、殺したこともある。
昔は、その違いが分かっていた。
まだ、息をしている。
それが最初に気づいたことだった。血でも、影の力がケイルの体に刻んだ惨状でも、石壁にもたれたその姿が戦いの終わる前にすでに諦めたように見えることでも、なかった。息だった。浅く、遅く、間隔が開きすぎている。もう止めると決めた人間が、ただまだその手続きを済ませていないだけのような、そんな息だった。
ラーシュはこれまでにも人を殺したことがある。戦場で。夜の闇の中で。一度は、蝋燭と古い木の匂いがする廊下で、懇願する男を殺した。いつも清潔にやってきた。ソーダル団長に教わったとおりに――儀式も、憎しみも、躊躇いの余裕も持たずに。それが慈悲のの形だと信じていた。
これが何の形なのか、ラーシュには分からない。
自分の手がおかしい。
名前のつけられないおかしさだ。震えてはいない――震えが収まるまで太腿に押しつけていたから、それは確かだ。震えがまだ自分に起こるものだった頃の話だが。おかしいのはもっと静かな何かだ。この手が、これを望んでいる。言葉を持たない自分の奥底が、息を止めて吐き出す瞬間を待つように、ずっとこの瞬間を待っていた。そのことを知っている――自分がそれを知っているという事実だけが、今の自分の中で唯一、悲しみに似た何かとして残っている。
ケイルが目を開けた。
もうあまり、ケイルの目ではなかった。ここ数週間、影が縁から内側へと食い込み、静かな水に落とした墨のように灰色の瞳に滲んでいた。灰紋は首まで上がっていた“幾何学的な線が顎の下まで這い上がり、皮膚の上で静かに脈打っていた。だが今、ラーシュを見ているその部分は――彼の顔を見つけて、そこに留まっているその部分は――まだケイルだった。訓練場でラーシュの足さばきの下手さを笑ったあの少年だった。燃える村で見知らぬ人間の胸に手を当て、後でその行為に申し訳なさそうな顔をしていた、あの人間だった。生き延びることが謝罪を要するものであるかのように。
見られることが安全だと感じさせてくれた、唯一の人間。
口を開こうとした。言いたいことはあった。用意していた言葉が。夜中の三時に部屋の端から端まで歩き回って見つけた文章が。組み立てて、測って、整えた言葉が。説明。別れ。お前のことが好きだった、だからこうする、第三の選択肢が見つけられなくて申し訳ない、そういう意味になる何かが。ケイルの表情に止められた。
必死ではなかった。恐怖もなかった。ラーシュを見る目に宿っていたのは、何かを認識しているような、あるいは安堵しているような、あるいはただ、ずっと知っていたことがついに、取り返しのつかない形で真実になったときに人がする顔のような、そういうものだった。
止めてくれとは言わなかった。
何も言わなかった。
ラーシュは動いた。
動く前に何かを感じると思っていた。決意とか、恐怖とか、あるいは怒りとか。何かが背中を押すと思っていた。そうではなかった。ただ、体が動いた。意志と体の間に、いつもあるはずの一拍が、なかった。
ケイルは抵抗しなかった。
目を逸らさなかった。ラーシュの顔を見たまま、ただそこにいた。その目が最後まで、ラーシュの顔から離れなかった。
息が、止まった。どの瞬間だったのか、ラーシュには分からなかった。気づいたときにはもう、静寂だけがあった。
石壁に灰紋の残影が滲んでいた。影の力の痕跡だ。それもしばらくして、消えた。
ラーシュはその場に立ったまま、動かなかった。
泣いているのかどうか、自分では分からなかった。顔が濡れていた。それだけが分かった。
何かが終わった、という感覚はなかった。
何かが、ただ、なくなった。




