表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/8

プロローグ

「ようやく手に入れた『自分を透明に戻す時間』を、あの女の気ままで切り裂かれた――」

39歳、大人の女性としての余裕と、その裏にある言葉にならない焦燥。

 広尾の部屋から、深夜の六本木、青山墓地へ。まるで名曲の歌詞をなぞるように滑り出すタクシーの中で、主人公・祥子の胸に去来する怒りと、どこか哀しい「諦め」の正体とは?

華やかな都会に生きる誰もが抱く“孤独”と“絆”の狭間で揺れる、極上のシティー・サスペンス。

あなたもきっと、この夜の同行者に。


 深夜の東京を滑るタクシーのシートで、麻木祥子は深くため息をついた。「セリーヌ」のネイビーのトレンチコート。フロントのボタンは留めず、ベルトだけを無造作に、けれどちぎれんばかりにきつく結んでいる。シルクのルームウェアの上に直に羽織ったその姿は、端から見れば都会の夜をハシゴする奔放な美女のそれだが、彼女の胸中は怒りと、それ以上の「またか」という諦めで占められていた。

 鏡も見ずに唇へ滑らせた「トムフォード」のボルドーが、ネオンの残る車窓に映って怪しく光る。それが、39歳のクリエイティブ・ダイレクターである彼女が、深夜に突如呼び出された戦場へ赴くための「鎧」だった。

 カーラジオから、少し前にヒットしたシティーポップが微かな音量で流れている。その歌詞が、あまりにも今と重なりすぎて、祥子は自嘲気味に口元を歪めた。


アノコのあてもなく

呼び出す電話が

ソファのうえでなる

メロディつづいてる


わたしのともだちは

青山あたりの

どこかのカフェで

飲んでる姿うかぶ


広尾の街の空

六本木抜けて

夜更けのタクシー

青山墓地あたり


アノコは店の中

名前をいわなきゃわからない

どっち曲がる どこへいく

あのこはいつもきままな女


「……本当に、きままな女」


 祥子は、数十分前まで自分がいた広尾の部屋を思い出す。ようやく「自分を透明に戻す時間」を手に入れたはずだったのだ。あの忌々しいスマホのバイブレーションが、静寂を切り裂くまでは。

『麻里』

――待ってなさいよ、麻里。



 深夜の青山墓地をかすめ、ヘッドライトが虚無的な闇を切り裂いていく。車窓を流れるネオンを眺めながら、麻木祥子はきつく結んだトレンチコートのベルトにそっと手を置いた。

 なぜ、39歳にもなったクリエイティブ・ダイレクターの私が、金曜日の貴重なプライベートタイムを捨てて、シルクのルームウェアにセリーヌを羽織っただけの歪な姿で、夜の街へと駆り立てられているのか。

すべては、あの高橋麻里という厄介な小悪魔のせいだ。

今思えば、私と彼女の奇妙な狂騒曲は、夜更けのタクシーのエンジン音と窓に映るネオンまでかき回す。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ