89 星王の結婚
「星王様の結婚?」
「ようやく、ゲートの開放からの旅人の受け入れ、その後の様々な問題が解決して、こちらからも、向こうの世界に進出する目処がたった、と言うことで、長年、先送りとなっていたご婚約者様とのご成婚を迎えられる事にされたそうなのよ」
そのニュースをもたらしたのは、エクタシアン国のエンチャンター:ル・ルーだった。EEC16歴にして15年目を迎え、ル・ルーも初老の域に入っていたが、相変わらず鍛えた身体に乙女の心を宿したオネエ様は健在だ。一族の長の地位は後進に譲り、今では、根の国でイバラやアマツマラらと共に、魔物討伐や物作りを楽しんでいる。
それでも、幼馴染のセラム国王夫婦の為に、相談役として表舞台に立つ事もあり、シデリアン国の東の端に引きこもっているクレハより、遥かに世論には詳しかった。
『知ってた、アレク?』
クレハは膝の上の愛猫に話しかける。
『いえ、初耳です。スポンサーは、今、ゲームどころじゃないので、こちらには最近、ログインしていないと思います。確認しますか?』
『え?別に必要ないよ。どうでも良いし』
ただ、以前に依頼?された星王の退位、にこの結婚が関係しているのか、それだけが気になった。
「ほら、去年は、旅人たちの世界へ渡れる猛者をスカウトしたせいで、ちょっと天下一大武闘大会が寂しかったじゃない?それもあって、今年は、星王陛下のご成婚祝いに、これまで以上に大規模に開催するらしいの。それでね、アタシも出ようかしら、なんて思ったりして」
「え?本気?」
思わず素で尋ねる。
「嘘よぉ。流石にこの年で優勝は出来ないもの」
ちょっと待て。優勝しないから出ない、のか?基準、おかしくないか?
流石にそのツッコミは飲み込むクレハ。
天下一大武闘大会は、現実ではGW開催のイベントだったが、EEC16では3年に1度のイベントだ。
それを、2年連続で開催しようと言う。
「だけどねぇ、人が大勢集まるとその分、トラブルも多くなるでしょう?お祝い事で遺恨は避けたいし、大会規模が大きくなると参加者が増えて、警備に回る人員が手薄になるから、そっちの応援に行こうと思うのよ。それで、申し訳ないのだけれど、バトラーちゃんを貸してくれないかなあ、と思って。
あ、勿論、バロネスの護衛のついでに、街を見て回る、程度で良いのよ」
その程度なら、いつもの事なので、クレハはバトラーの意見を聞いた上で、了承した。
今年は、生産職の販売ブースも倍の出店を予定しており、開催期間も延長するらしい。
星王の結婚のお祝いに相応しい品物を考えなければ、とクレハの意識は商品開発に向く。
『紅白饅頭とか、は、無いわー』
普通の人の結婚祝いなら、新居で使う食器や家電、ペアグッズなどだろうが、相手は星王である。直接本人に渡すことは無いとは言え、お祝いの気持ちを込めた品、おめでたい物、となると何だろう。
そんな事を考えているクレハに、ル・ルーは、もう一つの提案を告げた。
「でね、こっちが本題。今回、星王陛下のご結婚のお祝いに、エルフの郷から、使節が来る、って噂があるのだけれど、その様子じゃあ、バロネス、知わないわよね?」
これ、本当にイベントとかじゃないんだよね、クレハは猫アレクに念を押し、一体、何がどうなって、これまで没交渉だったエルフの郷が表舞台に現れる事になったのか、そのきっかけは何かを真剣に悩むのだった。
運営がイベントの定期開催を中止してからも、EEC16各サーバーでは、大きなトラブルもなく、日常生活が淡々と過ぎていた。
魔物を狩り、武器を揃え、生産を行い、NPCと交流し。たまに、ちょっとしたスタンピードがあるぐらいで、大きく経験値を稼げる機会は減っても、まだまだ、未探索の地方もあり、エターナル・エデンは、それなりに、旅人たちが闊歩していた。
それでも、星王の結婚は藍サーバー以外のサーバーでは、起こっていない。
一方で、高齢の星王を持つサーバーでは、近日譲位が行われる予定であったり、星王が正体不明の奇病に罹った噂が流れたり、など、星王絡みの何かしらが、起こっているらしい事を、紅葉は、現実で知った。
「これで、イベントじゃない、なんて、ホントかなあ」
EEC16プレーヤーである息子の龍樹は、今、現実に召喚される予定のネームドNPC ・JDのサポートのアルバイトを週末にしている、とかで、中々、連絡が取れない。
ネット検索能力の低い紅葉では、一人で調べられる事には限界があった。
と、言うわけで、こう言う時こそ、リ・リーの出番である。
元ネタが彼女の姉であるル・ルーから聞いていたこともあり、並列世界の情報として、他サーバーの話を聞くのに、サーバー会議のオブザーバーを務めたリ・リーは、打ってつけの人物だ。
実は、去年の夏休みイベント:7つの罪源において、セト神の協力を得、”憤怒”を発見したリ・リーたちのチームは、藍サーバーでは、上位の冒険者チームとして知られる様になっていた。中学生だった彼女らも高校生となっていた。すでに、ゲーム依存からは脱却し、それぞれが、自分の生活を現実できちんと見つめられるようになっていた。
リ・リーは課金して、アバターの見かけを20代半ばに変えている。それは、最愛の姉、ル・ルーとの年齢差を気にしての事だ。付き合いが良い、と言うのか、ロメオもビッグ・Mも同年代に変更しており、今は、クレハと見た目一緒だ。
久しぶりにエクタシアンの砂漠のオアシス都市で会う。
「星王様のご結婚について、でしたよね」
床に絨毯を敷き、幾つものクッションに凭れながら、デーツ茶を口にするリ・リーは、自分も不思議に思っていたのだ、と言う。
「バロネスもご存知とは思いますが、このエターナル・エデンは7つの並行する世界からなっています。それぞれを区別するために、私たち旅人はそれを虹の七色から取って、色で呼び分けています。ここ、私たちやバロネスのいる世界は藍サーバーと呼ばれています。
各サーバーにはそれぞれ、星王様が存在し、藍サーバーの星王様は、只人族の若い男性ですが、その他のサーバーでは獣人族の女性であったり、ドワーフ族の男性であったり、と種族・性別・年齢はバラバラです。
その7人の星王様に関連した何かが、同時期に星都で起こる、様なのです」
そう言って、リ・リーが上げた予定は、以下の通り。
藍サーバーでは結婚、紫サーバーでは譲位、緑サーバーでは病気治癒の祈祷、黄サーバーでは旅人とNPCとの協定締結、橙サーバーでは成人の儀、赤サーバーでは戦勝祝賀会、青サーバーでは即位100年記念式典。
「え?待って。なんで、病気治癒の祈願なんて、予定が決まっているの?」
クレハが尋ねるのも無理はない。今は、まだ現実で6月。EEC16歴でも、3月に相当する建辰月で、天下一大武闘大会は毎年10月の極陽月から11月の天泉月に開かれている。半年先の病気の治癒祈祷?
緑サーバーの星王は半年以上先も病気が続く予定なのか、それとも今は元気で半年後に病気になる予定なのか。
「あ、それは、長年伏せっている星王様の母君の為らしいです」
うん、ならまあ、あり、か。
さて、それを別としても、いつもより規模を拡大した天下一大武闘大会を、半年かそこらで開催すると言うのは、中々にハードだ。ル・ルーが警備に不安を感じるのも無理はない。
「でも、こんなに時期が被る、いえ、むしろ、時期を合わせたように各サーバーで何かを開催する、って、全体変だと思いませんか?」
リ・リーが身を乗り出した。
「で、私は、これは、やっぱりイベント、だと思うんです。
GWのイベントは天下一大武闘大会を毎年していたじゃないですか、こちらでは3年に1回の開催なんですけど、前回大会は、盛り上がりに欠けましたよね。それって、現実世界に有力者を引き抜いたから、って言うのもあるんですけど、現実世界からのサポートが切れたからだと思うんです」
「現実世界からのサポート?」
「はいっ!」
知らないふりをして首を傾げてみせる。
「私たちが言うイベントってのは、私たちの世界から、こっちの世界に干渉して、わざと事件を起こしてるんだ。
それを解決することで、レベルが上がったり、より強い武器をもらえたりするんだけど。でも事件を放置しているわけじゃなくて、きちんと、一応は、丸く治るように計画してる。で、前回から、その干渉を止めるって、宣言があったんだ」
ゲームイベントの説明者はビッグ・Mで、現地人のクレハにとっては、ゲームイベントは一種のテロだ。それが、今までは計画的であったのが、前回からは無計画になった、と説明している。
むむむ、とクレハの眉間にシワが寄る。
「っていうか、計画的テロをやめます、って宣言した筈なんだけど」
「でもねー」
「そうだよね」
「俺もそう思う」
「「「やっぱり、これは星王関連イベント、だと思う」」」
声が揃った。
「定期開催はしない、とは言ったけど、全くイベント自体をしないとは言ってないし。GWのログイン数が思いがけず低かった、とかで、公式も焦ったんじゃないかなあ」
「それで、開催します、と宣言はしないものの、同じ時期に、星王絡みの行事をまとめたんじゃない?」
「でも、星王様の性別とか年齢とか、バラバラすぎて、これまでみたいな、7サーバー全てで同じクエストが出せなかった」
「んで、こうなった、と」
クレハの存在をすっかり忘れて、わいわいと言い合う三人。
黙って聞いていたクレハだったが、それが一番ありえそうだなぁ、と納得したのだった。




