55 奇跡を望んで良いですか?
「呪われる?」
「そや。自分、もう、わしの事、気ぃついとぉやろ?
シャーマン、言うんは、呪いを生業にしとぉねん」
「私が呪われることが、二人を助けることになるんですか?」
「それは知らん。けど、わしが自分を呪う。自分がシフの金髪を呪う。ならシフの金髪は自分の呪具になって、自由に使えるで。ついでに言うと、アンドヴァラナウトも自分が呪われた存在になったなら、その指に拘る必要はなくなる、っちゅうこっちゃ」
アンドヴァラナウトはクレハが自らの呪いに侵されないように、魔除けの指に嵌っている。
けれど、ロロルの言葉に己は好き好んでこの指にいるのだ、と抗議するようにチカチカ瞬いた。
「ロロルさまが、直接、シフの金髪を呪具に変える、では駄目なのですか?」
流石に、ゲームの中とは言え、自分から呪われたい、とは積極的に思わない。
「そしたら、その呪具は自分、使えへんで。二人を何とかしたいんは、自分、ちゃうんか?」
いつもはおちゃらけているロロルの口元が、違う形で笑みを浮かべた。
背筋の寒くなるようなそれは、クレハの覚悟を問うている。
クレハは簡易なベッドの上で彫像のように動かない二人を見つめた。
『うん、きっと大丈夫。ここで生きていくクレハには、この二人は絶対必要だもの。多少のリスクは背負わないとね。それに現実に何か不都合がある訳じゃなし』
「わかりました。お願いします」
クレハの覚悟を受けて、ロロルの表情がふっと変化した。
「命の糸、紡ぎ、測り、断つ、運命の女神モイラよ。
偽りの生を与えられし世界に、女神の代行者を我は望む」
ロロルは左手の小指に歯を立てると、鋭い牙がぷつりと皮膚を破る。軽く出血した小指がクレハの眉間から鼻先をスッと撫でた。途端に息が苦しくなる。はっはっと、呼吸が浅くなり、目が霞む。
そんなクレハの変化をじっと見ていたロロルは、大袖の結界内のシフの金髪を無造作に摘み上げ、クレハの掌の上に乗せた。両手を組むよう命じる。
「汝が手に持つは、命定めし運命の糸。
運命の女神モイラの代行者よ。
その名において、願え」
遠くに聞こえるロロルの声に、何を願うか、クレハは迷わなかった。
「アンちゃんとバトラーを助ける力を」
クレハの手の中が一瞬熱くなる。驚いてロロルを見上げると、しっかりと頷かれた。
両手を開く。手の中のシフの金髪が赤く染まっていた。
呼吸は楽になり、視界も開けた。
「よっしゃあー、成功。ほな、行くで」
一時の神聖さは霧散し、いつもの軽薄なロロルに戻った彼は、クレハを促し、バトラーのベッドサイドに立った。
「え?え?」
クレハは思考が追いついていない。
自分が呪われ、更に自分が、シフの金髪を呪った。そして、目の前には、彫像のように固まったまま動かないバトラーの狐耳とふわふわ尻尾をもふもふと満喫しているロロル。
「ほんま、こんな時でもなきゃ、モフらせてくれへんからなあ、バト坊は」
「いいなあ、じゃなくて、ロロルさまっ!私、本当に呪われ?たんですか?それに、これ、色変わってるんですけど」
「あー、運命の糸、ゆうたら、赤、に決まっとぉやろ。大丈夫やって。ほら、それバト坊の右手首、最初に感染した場所に置くんや」
それでも躊躇するクレハに、ロロルは
「ほら、早ぅしないと、星王が戻って来てしまうで」と急かした。
セイが戻ってきたら、面倒な事になりそうだ。
促されるまま、クレハは赤く染まったシフの金髪(おかしな表現だ)を握り込み、端をバトラーの右手首に当てた。
アンは左脹脛を蟻地獄の顎に挟まれた時に、ウィルスの感染を受けた。バトラーの右手首にもミミズ腫れがあった。
「ここ、ね」
ゴクリ、とクレハは喉を鳴らした。
呪いで、運命の赤い糸、となったシフの金髪は、クレハがその先を、ミミズ腫れの端に当てると、シュルシュルとミミズ腫れに沿って伸びていった。所によっては、ミミズ腫れが無くとも、目に見えない何かと対になるように迷わず、伸びて行く。
「魔力を追いかけている?」
「それが、シフの金髪の性質やろ。魔力を糧に伸びる髪の毛、や。そないな事より、ほら、そろそろ終いやで」
ロロルの示す先、バトラーの右の肩口で、髪は動きを止めた。
バトラーの右上半身は、今や、赤い糸で刺繍を施されたかの様だった。
「こんなに…」
その感染範囲の広さに、クレハは唇を噛む。
「こんなの本当に取り除けるの?」
「運命の女神モイラは、運命の糸を、紡ぎ、測り、断つ。
糸は既に、紡がれ、測られた」
関西弁が鳴りを潜めたロロルの口調は、畏怖を抱かせる。
「女神モイラの代行者よ。汝が断つのはただの髪に非ず。それが捕らえしは、この世界の破壊者。さあ、断ち切れ」
促されるままに、クレハは、バトラーの肩口に顔を寄せた。
運命の糸を断つ道具は、己自身の体のみ。
クレハは、運命の糸の端を咥えた。呪いに赤く染まったシフの髪を、糸切り歯で、断った。
ロロルが、よくやった、と言うようにクレハの頭を撫で、そして、断たれた髪の先をつまむ。
そして、そのまま、一気に、引き上げた。
壁に伝うアイビーの様に、バトラーの体に絡みついていたミミズ腫れは、糸と共に、バリバリと剥がれた。
「どうした?これで終わりではないぞ」
呆然とロロルの手元を見ていたクレハは、その言葉に、弾かれた様にアンの元に駆け寄った。
助けられるかもしれない。
シフの金髪ならば、二人を侵食するウィルスを除けるのではないか?
そんな漠然とした思いつきが、本当になるかも知れない。
『ああ、神様、奇跡を望んで良いですか?』
クレハは、祈りを込めて、アンにも運命の糸となったシフの金髪を使う。
侵食を受けて間もない為か、髪糸はバトラーの時より、早く成長する。あっという間にアンの左下肢はレースのタイツを履いたようになった。
今回は、戸惑いなく髪糸を噛み切る。そのまま、糸の端を思い切り引き上げた。
バトラーの時と同じ様に、赤い糸に絡め取られたミミズ腫れが、アンの白い肌から引き剥がされていく。最後の糸がぷちり、と離れた。
「アンちゃん」
髪糸を握り込んだまま、クレハは剥き出しになっていたアンの下肢を掛け布で隠すと、そっと彼女の手を握った。
まだ冷たいそれを自分の手で温める様に包み込む。
「アンちゃん、目を覚まして。いつもの様に、美味しいお茶を淹れてほしいな。バトラーに一緒に文句を言おう?
いつまで経っても帰ってこないなんて、執事失格だ、って」
隣のベッドでひくひくとケモ耳が動いた。
「お、バト坊は、大丈夫そうやな」
ロロルの言葉に、クレハは顔を上げた。
バトラーの体がゆっくりと獣化していた。暫くの後、そこに横たわっていたのは銀狐だった。
「ほんま、かわええなあ。ほな、わし、行くわ」
最後に銀狐姿のバトラーを一撫でして、あ⁉︎と思う間もなく、その場にはすでにロロルはいなかった。
「お前!何したんだ!」
同時に、セイが感染制御室に駆け込んで来た。
「こ、こいつらのプログラムが、動いてる!」
「え、えっと?」
クレハの手の中で、アンの指がぴく、と動いた。
「アンちゃん!」
「あぁ、くそっ、俺様がいない間に何があったんだー!」
セイの叫びが、室内に響いた。
「えっと、シフの金髪は魔力を吸って伸びるでしょ。セイ君が、ウィルスに魔力のマーカーを付けて、見えるようにしてくれたから、ミミズ腫れみたいになってて。だから、シフの金髪だったら、その魔力を吸収しながら伸びて、ひょっとしたら、一緒にウィルスも剥がれてくるかなあ、と思って」
見た目から、外科的に剥がせそうな気がした、と答えるクレハに、セイは頭を抱えた。
「そんな方法、思いつくかよ。大体、ミミズ腫れみたく見えたからって、それを剥ぎ取った所で、プログラムに入り込んだウィルスまで除けるものなのか?」
「そんなの知らないわよ。ゲームプログラミングなんて、欠片も理解してないもの」
「何なんだ、何なんだよ、一体。ど素人が解決するとか、プロ、馬鹿にしてるのか」
髪の毛を掻きむしるセイ。
「それにしても、そのシフの金髪ってあんたどうやって手に入れたんだ?一度手放して、オルドビス国の宝物庫に封印されていただろう?」
流石は、星王を名乗るだけのことはある。
シフの金髪を誰が見つけて、どういう経緯を辿って、オルドビスの宝物庫に収まったのか、まで、セイは把握していた。
「お願いして、1本だけ貰って来た」
「…ちょっと待て。誰が、貰って来たって?」
「?勿論、私」
「この部屋を出たのか?」
「出なければ、いけないでしょう?何、当たり前の事、言ってるの?」
「いやいやいや。じゃあ、誰があんたをこの部屋に入れたんだ?」
「??オトヒメさまに決まってるじゃん」
「馬鹿言うな!ここは、EECで、最もセキュリティの厳しい所なんだぞ。管理責任者は俺様だけだ!だから、俺様の許可なく、入室は出来ないんだよ。それどころか、入室時と退室時にボディチェックもしてる。俺様に断りもなく、何かを持って入ったり、持って出たりは出来ない筈なんだ」
筈なんだ、と言われてもねえ、とクレハはオトヒメを見た。オトヒメは笑うだけで答えない。
「おい、オトヒメ、お前、まさか」
そこまで言いかけて、セイは口を噤んだ。
「まあ、オトヒメの事は、今はいい。で、それがその剥がれたミミズ腫れ?、とシフの金髪?は?」
クレハの手の中の物を胡散臭いものを見るような目でセイは見た。
(決して金髪には見えない)赤い糸が、加熱前のソーセージにぐるぐる巻きついている、と表現するのが、一番しっくりする。これが、ウィルス感染部位を切除した結果、と言われても、素直に頷ける筈もない。
一例では、信憑性に欠けても、二例、三例と集まれば、そこには規則性が見て取れる筈。
「で、獣人の方のミミズ腫れはどれだ?」
と、セイは尋ねた。




