聖女よ安らかに眠れ
人魚族たちとお互いにお礼を言い合い別れ、キャンプ地へと戻った頃には第三近衛中隊は数名を残し近くの散策へと出かけているのか、数名の新人と副隊長のマルティンの姿しかなく敬礼姿で出迎えられた。
「予定通りに部隊を分け散策へ向かい、薬草や食べられる野草を探させております」
マルティンの敬礼姿に笑美も同じ姿で敬礼し、ピピラは同じ様に敬礼する弟の姿を思い出し笑いそうになるのを堪える。
「そうか御苦労。夕食はグリーンフォースを使ったスープと肉を焼く予定だったな。新人たちは拠点での過ごし方に問題はなかったか?」
「特にはありませんが、あるとすれば緊張し過ぎかと、リラックスし過ぎの者も一名いますが、リラックスしながらも警戒は解いていない様でそこが困ったものです。話を聞いたのですが、ここに来るまでも一人で野宿し魔物を狩って食い繋ぎ、魔石や皮を売り稼いできたとか……近衛よりも冒険者に向いていると思うのですが……」
褒めているのか貶しているのか解らない言い方ではあるが、本人は肯定的に受け止め尻尾を軽く揺らしながらも鼻の穴が膨らみ敬礼するシャムール。その姿を笑美も真似し鼻の穴を大小に動かし敬礼を続ける。
「シャムールは最年少近衛ホルダーとしてその名が通っているが、今は私の部下の一人でしかないということも忘れるなよ。態度や行い次第では即刻帝都へと戻し、その経歴に傷が付くと思え」
「はっ!」
ピピラの言葉に気を引き締めて返事をするシャムール。
「それでは警戒を続けろ! ささ、ふぇるりんさまはこちらでお寛ぎ下さい」
笑美の足元でへっへしていたふぇるりんへ上質な魔物の革を敷いた場所へと膝をつき両手で誘導するピピラの変わり様に、笑いそうになる新人たちと頭を抱えるマルティン。
「ピピラよ、お主の故郷を守ったふぇるりんを持て成したいのは解るが、その変わり様は滑稽なのじゃ。少しは笑いを堪える部下の気持ちも考えるのじゃ」
アステリアスに指摘されたピピラは我に返り、破顔していた顔を凛々しく戻し立ち上がる。
「はっ! アステリアスさまの言う通りですね。私が態度を示さなくてはならないのに……しかし、そうなると私はどうふぇるりん様に接したら良いのか……」
一人反省するピピラにふぇるりんはトテトテと足を進めピピラの敷いた魔物の革の上に乗り体を横たえ、くぅ~んとひと声上げ尻尾を揺らす。
「はっ!? ふぇるりんさま……私などに気を使って頂き……ありがとうございます……」
ピピラはふぇるりんに敬礼しながらもその手にはブラシが握られており、ブラッシングする気満々な態度にアステリアスとマルティンは頭を痛め、新人たちは笑いを堪えるのだった。
ピピラの軽いコントに付き合った土筆は小さなテントへと戻り、約束した料理を教えるべくエムエムの元へと向かうのだが、テント内は様変わりしている事に気が付き驚きの声を上げる。
「うさぎ小屋かな? それに畑も用意されている」
「私たちが人魚族さんたちの所へ行っている間に用意したのでしょうか?」
「仕事が……早い……」
「微かな神力を感じるのです!」
「角うさぎちゃんたちが向かってきますよ」
土筆の後に続き、聖女とペティートにエルエルが続き、レレがテントへと入ると角うさぎたちから歓迎のモフモフが開始され、頬をすり寄せてくる角うさぎたちに癒される乙女たち。
「自分は先にエムエムさんと合流してきますので、皆さんは癒されて下さい」
乙女たちは個々に返事をして茶色や白の角うさぎたちに囲まれ、抱きしめたり手で背中や喉を撫でたりと癒しの時間を楽しむ。
土筆は角うさぎたちのミーと叫ぶ声に後ろ髪を引かれる思いだったが、夕食の準備があると気を引き締めてエムエムがいるだろう白い屋敷へと足を進める。
家までもうすぐといった所で玄関のドアが開きエムエムが現れ丁寧に頭を下げる姿が目に入り、土筆もそれに倣い頭を下げ合流する。
「人魚族さんたちの所から帰りましたが、うさぎ小屋に畑まで用意したのですね」
「はい、我らが主さまが降臨なされ角うさぎの飼育の許可に加え、あの様に素晴らしい飼育小屋と畑をご用意して下さいました」
薄らと涙を溜めた瞳に、土筆は女神ベルカが降臨した事を聞かされ軽い頭痛を覚えるが、角うさぎたちの飼育許可が下りた事には感謝し笑顔を向ける。
「それは良かったですね」
「はい、我らが主さまにお褒めの言葉も頂き、この地の管理をしてきた事に誇りが持てました。それに料理をする許可も頂きました……その、それについてなのですが……」
何やら奥歯に引っ掛かる物言いをするエムエムに土筆が言葉を投げかける。
「その何かあったのですか?」
「我らが主さまよりカレーなる料理の作り方を土筆さまに教わりなさいと申されまして、お教え下さいませんか?」
申し訳なさそうに話すエムエムに、土筆は何だそんな事かと思いながらも「もちろんです」と言葉を添える。
「ああ、我らが主さまも土筆さまなら断らないと仰いましたが……ありがとうございます」
「うおっ!?」
「必ずカレーなる料理をマスターして見せます!」
エムエムは目に溜めていた涙を振りまきながら土筆に抱きつき、驚く土筆にカレーをマスターするという宣言をする。
「ん? 土筆がラブラブ……」
「あれは……エムエムさまが抱きつきました!?」
「土筆の悪い所だにゃ~」
「おのれ! 天使といえど土筆さまに不埒な行いは許しません!」
聖女は腕に抱き撫でていた角うさぎの子供を近くにいたペティートの頭の上に置き、軽く周りを確認してから走り出す。
「こらー! 天使だからって不敬です! 天罰が下りますよ!」
天使相手に不敬と叫ぶ聖女ペアネは長距離移動と散策で疲れが溜まっていたが、残り少ない体力を使い力の限り足を動かす。
「離れろ天使! 土筆さまは渡しません!」
鬼の形相で近づいて来る聖女の言葉に素直に離れるエムエム。
息を切らし登場した聖女は最後の力を使い果たしたのか、花々の咲き乱れる草原に横たわりながらも目的を達成し満足げな表情を浮かべる。
「も、申し訳ありません。私みたいな天使が土筆さまに抱きつくのは不敬です」
謝罪の言葉を口にして頭を下げるエムエム。
「いえ、驚きましたが、その大丈夫ですから。それよりもペアネさんは大丈夫ですか?」
エムエムの抱擁に大丈夫だとフォローを入れる土筆。
「だ、大丈夫……少しこのまま休ませて下さい……体力が……も、持ちません……」
酸欠のためか少し青い顔をする聖女ペアネは息を切らしながら仰向けで息を整えつつ、土筆に心配され青くした顔色の頬を赤くするという珍しい表情を浮かべる。
置いてきた乙女たちと角うさぎが土筆たちの元に集まるまで聖女は大地に横たわり続け、子供の角うさぎたちにミーミー鳴かれ心配される聖女の姿に、ペティートは静かに手を合わせる。
「安らかに……眠れ……」
「い、生きて、ますからっ!」
体力がそれなりに回復した聖女はゆっくりと起き上がるが膝はガクガクと震え、それに気が付いたレレはすぐに手を差し伸べ、南の鬼人族特有の力強さを発揮しお姫様だっこし持ち上げる。
「キャッ!? こ、これは……ど、どうせなら土筆さまにして頂きたかったです……」
その言葉にレレはしまったと思い土筆へと視線を向けると、その顔は横に振られており何ともいえない表情へと変わるが、抱き上げられている聖女には土筆の顔を見えておらず口を尖らせていた。
「あの、中へどうぞ」
何とも気まずい空気にエムエムが屋敷のドアを開け、土筆たちを誘導するのであった。
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