唇を塞ぐ指
シズクがわたしの胸ぐらを掴んでいる。
「……」
一瞬、声の出し方を忘れた。
「──えっ」
ラッパちゃんは見当たらない。無事に警備のひとたちのところへ連れて行けたんだ……そんな安心を遥かに凌駕する動揺がパニックを呼ぶ。
(い、いきさつ)
記憶にない。
(理由……)
わからない。
(つまり?)
なぜかとんでもないことになっている。
「え、あ、何で、どーして……っ」
頭の中がそのまま声帯につながったように、勝手にこぼれるのはこんがらがったことば。
どうしてこんなことに? 改めてもう一度そこに考えを向けた途端、熱暴走を起こしかけていた思考は急速に冷えていく。シズクは天地がひっくり返ってもこんな乱暴なことはしない。少なくともわたしには。
何より、焦りと悲しみをない混ぜにした苦しそうな顔でわたしを見る理由がない。
と、いうことは。
(よかった……!)
時々見る、感覚のないあの夢だ。現に、わたしの意味をなさない声にシズクは何の反応も示していない。よくよく見れば、その視線は下げられていない。誰か、同じような身長の相手を真正面から睨みつけているんだ。
思い当たるのはただひとり。わたしはその彼の視界を共有している。
「なぜなんだ」
絞り出すようなそれは、ほとんど呻き声だった。もしわたし自身に向けられていたなら、悲しくなって何も返せなくなるような。
「お前たちには心しかない。好意も悪意もないはずだ。なぜ」
黙っている。これほどのものをぶつけられても、このひとは黙ったまま。
「あの子をどこに連れて行った」
シズクは大声で問いただすのをかろうじて抑えている。怖い、をお腹の底に隠して。
(何を、怖がってるの……?)
精霊さんを十分に警戒していたのは、何かを恐れているから。その何かが起きてしまったのだと気づいた。だからシズクは、そんなにも気持ちを乱している。
「……わかってる、わかってるさ。僕は逃げずに答えるよ。あんたと同じように」
やっと聞けたそれを、少しの間だけ知らない誰かのものだと勘違いしてしまった。それほど、トウカは抑揚ごと気持ちを押し殺した低く弱々しい口調をしている。
「今の僕は例えまねごとでも人間だよ。いい加減に信じてくれ、僕はただそばにいてほしいだけなんだ……!」
折り畳んだ上から土を被せて踏みつけていたのを、それでも隠し通せない。受け入れられないとわかっている主張をそれでも貫こうとするような頑なさが、ちくりと胸に刺さる。
ふたりの間には大前提がある。だからわたしにはその一端しか理解できない。
わかりたいと思った。きっとそれが、あんなことを言い出した理由につながるから。
「お前のそれは人間とは違う」
緩く首を横に振って、シズクは怒りを内包しながらどこか諭すようにする。
「あの子を傷つける」




