【第0話:(プロローグ)二度目の戦乱、脆弱な器】
「なぜ人は戦争をするのか」――かつて最強と呼ばれた宮廷執事の魂が、死体へと憑依した。しかし待っていたのは、魔力も筋力も平均以下の脆弱なバフ職人の肉体。戦いたくない、だが明日のパンは欲しい。これは、元騎士団長が知恵と泥臭い実務スキルだけで、過酷な戦乱を裏からハックしていくお仕事ファンタジーである!
暖かな陽光が差し込む宮廷の最奥。老境を迎え、ベッドに横たわるのは、王直属の最高峰の執事であり、かつて一軍を率いた伝説の騎士団長サマエルであった。その枕元には、彼を慕う多くの部下たち、そして涙を流す愛精霊バルトロスが囲んでいる。
「サマエル…様…! 嫌だ、行かないでくれ……!」「泣かないでください、バルトロス。私は、もう退場の時間なんです。」
(……ああ、次こそは。二度目の生があるならば、剣などという物そうで物騒なものは捨て、平和な世界で……ダラダラとお茶でも淹れて、のんびり過ごすのだ……)
サマエルは至高の満足感とともに静かに目を閉じた。しかし、静寂は一瞬だった。次に鼓膜を突き破ったのは、けたたましい爆音、金属の擦れ合う怒号、そして人間の悲鳴。サマエルは、泥まみれの冷たい地面の上でカッと目を開いた。
「……はっ!? 生きている? 手足が短い……。いや、それよりもここはどこだ」
立ち上がろうとするが、信じられないほど体が重い。視界に飛び込んできたのは、燃え盛る戦火、飛び散る鮮血、そして総崩れになって逃げ惑う兵士たちの群れ。明らかに凄惨な「戦場の最前線」だった。サマエルは即座に己の胸元に強烈な違和感を覚え、視線を落とした。粗末な麻の服の胸元に、ぽっかりと小さな円形の穴が開いている。
「……ん? なんだこの穴は」
指先でその穴の縁をなぞる。周囲の焦げ跡、そして布地のほつれ方を、元騎士団長としての圧倒的な検死知識で瞬時に分析した。
「布地の融解。貫通痕の形状が、外側から内側に向かって引き裂かれている。間違いない。これは遠距離から放たれた、極大の熱量を持つ魔術による心臓への穿孔だ。即死を狙った正確無比な一撃。……つまり、この肉体の元の持ち主は、数分前に確実に一度『死んでいる』」
手首の脈を測ると、弱々しくもトクン、トクンと動き始めている。他人の死体の中に、自分の魂が宿って蘇生したのだとロジックで理解した。同時に、この肉体の最低限の記憶が脳内に流れ込む。
「名前はアルト。職業は、爪を少し硬くする程度の能力しか持たない、最弱の補助魔術師(バフ職人)」
周囲の泥水には、無惨に転がる兵士たちの骸。上空を飛び交う敵勢力の魔術の光。
「おい、そこの雑魚の補助魔術師! 突撃だ! 敵の魔の軍勢が防衛線を突破したぞ! 死にたくなければ、防壁の呪文でも何でも絞り出せぇ!!」
「……は? 補助魔術師? 敵の軍勢?」
見渡す限り、自分が最も忌むべき、命の軽い戦乱の世。前世のあの美しく感動的な大往生と、平和な世界でダラダラ過ごす計画が、開始一秒で完全に崩壊したことを悟った。アルトは泥まみれの戦場で、頭を抱えて全力でずっこけた。
「ず、ずこーーーっ!!! 何だよーー!もーーーう!また戦乱の世かよ!!! しかもこの貧弱な体で補助魔術師(バフ職人)とは何事だチクショーーーッ!!!俺のDream plan(夢の計画)がぁぁぁっーー!」
降り注ぐ戦火の光の中、絶望に顔を歪める少年の声が、虚しく響き渡るのだった。
第0話プロローグをお読みいただき、誠にありがとうございました!最高のハッピーエンドから一転、最悪の雑魚肉体で戦乱の世に放り込まれてしまったアルト。しかし、ここから彼の「頭脳」と「執事スキル」を使った本当のサバイバルが始まります。次話からは、数年間の皿洗いという泥臭い努力を経て、いよいよ公認勇者ファニルたちのパーティ面接へと突入します。彼がどうやってホワイトな職場にしがみつくのか、ぜひご期待ください!




