第28話 リスのようにお寿司を頬張る43歳
「うん。おいしい! こんなおいしいお寿司。食べるの初めて!」
「「むしゃむしゃ食べてるな」」
「ぴうぅ?」
鮨処・鮫皮の閃斗専用席にして。
結月は、出てくるお寿司を食べまくっていた。
「だって、ここで食べなかったら、次がいつになるかわかんないんだもん!」
「それは、そうですけど……」
45層から持ち帰った食材……その中でも、特別な調理方法が求められるものだ。
45層の中では一番おいしいだろう。もっと奥の階層でなければ手に入らないようなおいしさ。
双葉ケ丘市の中ではもっとも人気があり、高級寿司屋ゆえに一貫が高額だが、そんなことを気にしなくなるレベルで、とてもおいしい。
ただ、それと同時に予約が常に埋まっており、テレビ局からの依頼も優先していれることはない。
45層から魚を自分で調達する以上、寿司屋で最も金がかかる『魚』の原価がとても低いのだ。
ダンジョン産の食材を使った高級料理屋というのは、原価も高いので意外と儲けるのが難しい。
そういう状況のため、『何かに媚びる、特例がある』という要素がほぼない。
それゆえに。
この店の唯一の『特別』である閃斗がいて、この席に座れる今を、大切にしなければならないのだ。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ……」
「あの、43歳ですよね。そんな油が凄い大トロばかり食べて、胃の方は大丈夫なんですか?」
「あとでカニを食べて帳尻合わせるわ」
「合うんかそれ」
舞美の口から丁寧語が抜けた。
「ぴぅ? ぴいっ!」
生のカニが出て、ミーちゃんは美味しそうに食べている。
「……あの、大将さん」
「何かな?」
「在庫って、大丈夫ですか?」
「大丈夫。マグロはかなり調達してるけど、大トロは値段の都合で余ることも多いからね。今日は会食の予約もないし、多く食べる人はいないよ」
「なるほど……」
舞美はメニューを見る。
「大トロ、一貫で4000円……え、そんなにたくさん食べて、お金、大丈夫なんですか?」
「大丈夫! それに、都内だと、特別仕様の大トロが一貫で1万円とかするんだよ? それに比べたら余裕余裕! 大将! あと10貫!」
「はいおまち!」
4万円追加!
「10貫って……」
「舞美ちゃんも、ここでたくさん食べておかないと損だよ!」
「あ、いえ、私は週一で、閃斗さんと一緒に食べにきますから」
「ブフッ!? ゴフッ」
あまりにストレートな発言に結月がむせた。
「ま、舞美ちゃん。なんだろう。その格好の時は意外とアグレッシブだね」
「そうですか?」
閃斗の腕に抱き着いて胸を押し付けた人のセリフではない。
「ぴう」
ミーちゃんは頷いた。
普段から一緒に居るミーちゃんから見て、『生徒会長としての舞美』と、『変装中の舞美』は明確に違うようである。
「あと、閃斗さん。さっきから一言もしゃべってませんけど、大丈夫ですか?」
「……こんなに食べ方が豪快な人。見たことないからな」
「私もです」
「いろんなところにデートに行く予定だったけど、もうここで全部済ませてもいいくらいだね! 他の店には何時でも行けるもん!」
「そうかい……」
「……というか、大将さん。ずっといますけど、他のお客さんへの対応って……」
予約が取れないほどの人気店なのだ。
当然、他の席もお客さんがいる。
「弟子に任せてるから問題ない。それに、基本的には決まった皿の提供だからね。その分の仕込みをしておけば弟子でも対応できる」
「そうですか……」
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ……」
「……まぁ、こうなるとは思ってなかったけどね」
「ですよね」
結月はもぐもぐ食べている。食べ続ける。
「それになんといっても、このワサビが最高だね。もう醤油の中に練りこんじゃったもん」
「あ、わかります。魚は確かに美味しいですけど、ワサビは別格ですよね」
「鮫皮おろしを使ってるのは見えたけど、それだけじゃない『格の違い』を感じるね。本当においしい。閃斗君の持ち込みだけど、一体どこから持ってきたんだか」
「「……」」
「どうしたの?」
「いや、あの、なんで、口の中をいっぱいにしたまま喋れるんですか?」
リスのように頬一杯に大トロを口に含んで、どうやって喋ってるのだろう。
「風属性魔法で声を作ってる」
「器用ですね……」
「舞美ちゃんもできるようになると便利だよ?」
「腹話術じゃないんですから」
「意外と面白いよ。新人Dの男の子にASMRとか」
「遊んでんのかオイ」
丁寧語が崩れた。
「……枢木結月さんって。こんな人だったんだな。朗らかとは聞いていたが、ここまで豪快な人とはねぇ」
大将も苦笑いである。
その後も、結月は食べ続けた。
もちろん、大トロだけではなく、いろんなものを食べ続けた。
……で、結局。
「お会計、52万円だね」
「カードで」
「……はい、お支払い完了です」
「よっしゃ! 腹ごしらえはできた! 閃斗君もいるし、コスメショップに連れ込んでいろいろ試そう!」
「それ、前にやったんですよねー」
「私が見たいからやるんだよ! それじゃ行くよ!」
というわけで、寿司を食べ終わった後は、そのままはしゃぐように店を出ていった。
……落ち着きのないオバハンである。




