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第1話 美肌のDランク探索者

 モンスターが出現し、倒すとアイテムを落とすダンジョン。


 出現から50年が経過した時代において、当然のことが一つある。


 主要な稼ぎである『魔石』の値崩れだ。


 魔力を含んだエネルギーであり、今では『魔石発電所』も建造され、確かな需要はあるが、日本中で探索者が増えた結果、稼ぎの軸であった魔石は値崩れし、それを集めるだけでは稼げなくなった。


 昔はフリーランスも多く、『魔石を持ち帰ってくるだけのソロ探索者』でも十分な稼ぎがあったが。


 今では、『良い探索者事務所に入って、固定給を貰うこと』が、勝ち組とされている。


 そんな時代の、とある『ダンジョン管理支部』のロビーにて。


「ねぇ、あの人、肌、綺麗すぎじゃない?」

「でも、Dランクでしょ? 『中級下位』だよね。稼ぎなんてそんな多くないはずなのに……」


 椅子に座って順番待ちをしている一人の青年が、通りかかった人たちの話題になっていた。


 黒髪の、ごく普通の青年だ。

 年齢は二十代半ばだろう。そこまで身長が高い印象はない。

 顔立ちは『優男』と言ったところだが、骨格が特別、優れているわけでもない。


 ただ、その肌。

 どんなスキンケアをやっているのか。どんなエステに通っているのか。

 想像もつかないほど、陶器のような肌をしている。


刃島閃斗(はじませんと)さん。いらっしゃいますか?」


 カウンターの職員が確認して、椅子に座っていた青年、閃斗が腰を上げて、カウンターに行く。


「換金結果が出ました。こちらでよろしいでしょうか」


 書類を渡されて、閃斗は確認。


「いつも通りの金額ですね。大丈夫です」

「わかりました……あ、あの、肌、お綺麗ですけど……日給5000円ですよね? どんなエステをやってるんですか?」


 職員の女性は、目の前にいる閃斗の肌を見て、少し困惑している様子だ。

 閃斗は『いつも通りの金額』と言っているのでほぼ毎日ここにきているようなものだろう。

 ただ、職員の方が慣れていない様子なので、新人なのかもしれない。


「あー。そのあたりの話は『機密』って通してるんです。すみませんね」

「いえ、その、すみません」


 新人……まだ若い女性からすれば、『肌の質』というのは気になるものだ。

 支部の職員ともなれば、男性でもある程度は意識するだろう。

 ただ、閃斗の肌は『男性の清潔感』というそれでは納得できないレベル。


 それを遠慮なく聞くというのは、気持ちはわかるが、詳しい返答を貰うことは不可能である。


 とにかく。

 閃斗が受け取った金額は5000円であり、日給がこれで副業していないなら、稼ぎは低いと言わざるを得ない。

 そんな状態で、その肌質を維持できるはずがない。


「話には聞いてたけど、やっぱり日給5000円なんだ。なんであんな陶器みたいな神肌保てるわけ?」

「噂だとさ、どっかの大富豪の年上女性に貢がせてるらしいよ。実力がない『ママ活ホスト』だから顔だけ磨いてるんだって」


 ダンジョンに潜る探索者の中にも、若い……いや、幼い少女もいる。

 当然、肌質は気になるだろうが、『それっぽいストーリー』が出回っているならば、それで勝手に納得するものだ。


 そして、そんな陰口に閃斗が興味を示していないので、このあたりではよくある光景らしい。


「……?」


 換金が終わって閃斗がカウンターから離れた時だった。

 視線を感じて横を見ると……。


「……ぴぃ?」


 小さくて可愛らしい青いドラゴンが、疲れて寝ている白いブレザーの女子高生の膝の上から、閃斗を見上げている。


「精霊か。珍しいな」

「ぴぃ……ぴぃ!」


 何を思ったのか、ちっちゃなドラゴンは少女の膝から飛び立つと、パタパタ翼を動かして、閃斗の胸元に直行した。


「ぴぃ! ぴうぅ~♪」


 そのまま胸に抱き着いて、体を押し付けて、クンクン、と鼻で何度も吸っている。


「ぴぃ、ぴいっ!」

「あらら、なんか懐かれたか?」

「ぴいいっ、ぴぅ、ぴぃ……」


 閃斗が落ちないように手で支えると、ドラゴンはそのまま、スヤスヤと寝てしまった。


「えーと……どうすればいいんだこれ」


 閃斗が困惑した時だった。


「……ん、ん?」


 寝ていた女子高生の方が起きた。


「あ、あれ、ミーちゃん? ……あれ? え!?」


 膝の上にいたはずのちっちゃいドラゴンの精霊、ミーちゃんと言うらしいが、急にいなくなったので困惑して見上げると……。


 初対面で信じられないほど美肌の男性の胸元で幸せそうに寝ている。


「え、えっと……」

「あー、なんか、急に飛んできたんですよ。すみませんね」

「えっ、えっと……なんで? 私だって、お風呂上りにしか抱き着いてこないのに……」


 探索者はモンスターと戦うのだから、汗をかいて当然だ。

 お風呂に入ってさっぱりした後に、精神が幼いと思われる精霊が飛んでくるのはよくある話。


 ……では、『魔石を換金したばかり』の閃斗も戦ってからここに来たはずで、何故そんな彼に飛びついたのか、と言う話になるわけだが。

 真意はミーちゃん次第である。


「では……」


 閃斗はミーちゃんを起こさないように、優しい手つきで少女に返した。


「あ、ありがとうございます……」


 少女はミーちゃんを受け取って……閃斗の『至近距離でも毛穴ゼロの肌』に愕然としつつ、礼を述べた。

 閃斗はそのまま、少女に背を向けて歩き始める。


「……ぴ、ぴぅ?」


 ミーちゃんが起きた。

 そのままきょろきょろして、閃斗が歩いて離れていくのを見て……。


「ぴ、ぴぃ! ぴいっ!」


 翼をバタバタと動かした。

 背中を追おうとして、少女の腕の中で暴れ始める。


「ちょ、ミーちゃん! 落ち着いてって」

「ぴいっ! ぴいいっ!」


 しばらく暴れていたミーちゃんだったが、閃斗が支部から出て行くと、『ぴうぅ……』と非常に残念そうな様子になった。


「……ミーちゃん。そんなに良かったの?」

「ぴいっ! ぴいいっ!」


 少女がミーちゃんに聞くと、元気にうなずいている。

 どうやら、閃斗の体は相当、よかったらしい。


 あまりにも、やり取りが衝撃的だったためか、周囲も驚愕している。


「ねえ、あの人。宝生舞美(ほうしょうまみ)さんよね」

「うん。タレント探索者を多く輩出してる『白堂学園(はくどうがくえん)』の生徒会長」

「肌質なんて最もいいはずなのに……」


 ミーちゃんの主である少女、宝生舞美。


 黒髪ロングで大人びた美貌。抜群のスタイルを持つ美少女であり、純粋で幼い精霊からすると、母親のようなイメージがあるだろう。


 しかし、そんな舞美から飛び立って、閃斗の胸に飛びついていた。


 単に肌が綺麗と言うだけではない。

 精霊があそこまで懐くのは、相当なことだ。


「精霊は感情に敏感なはず、ピリピリしてたら絶対に寄り付かない。このロビーは閃斗さんの陰口なんて今更……」


 自身の豊満な胸に体を押し付けるミーちゃんを見ながら、舞美の中で考察が進んでいく。


「……そんな環境で、ストレスが全くなかったの?」


 物事の本質というのは、いつも残酷なものだ。


 舞美が発した言葉は、ロビーにいるすべての『閃斗を馬鹿にしていた探索者』に、敗北感を与えるのには、十分である。

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