⑩ ジャンヌ・ダルク
武道場への扉が開くと、部屋の奥の方でトレーニングをしている、ジャンヌ・ダルクの姿がちょうど目に入った。
どうやらチカラを使って、柔道スペースの畳を運んでいるようだ。
「精が出るわね?」
「ああ、雪子さん、来てくれたんですね?」
喋りながらも、集中力を切らさず、右から左に畳を浮かせて、正確に積んでいく。
合計20枚の畳を積み終えると、ジャンヌは一息ついた。
「それで……伯爵から、話は聞いて頂けましたか?」
「ええ、一緒に調査に行く件でしょ?OKよ。」
「ありがとうございます。」
「……それにしても、大したモノね。」
「……?」
「今の貴女の、チカラの使い方よ。」
「ああ、この畳の事ですか?私、まだコレ以上の重量のモノは、動かせないんですよ。」
「そんな事は、時間が解決するわ。本当に難しいのは、チカラの出力より、精度の方なのよ。貴女はその点、優れているわ。」
「お褒めに預かり光栄です。」
「……いつかきっと、何かの役に立つ日が来るわ。」
「……だと、いいんですけど。」
「じゃあ、シャワーを浴びてらっしゃい。その後、出発しましょう。ああそれから、冬服の準備もね……避暑にしては寒すぎる、雪山に行くから。私は地下駐車場の、シルバーのビートルで待っているわ。」
「はい!すぐ準備します。」
「いいお返事ね。」
ジャンヌからの依頼が有る無しに関わらず、雪子は次の調査対象を決めていた。それは、あの"ディアトロフ峠事件"だ。場所が場所だけに、今回ばかりは、彼女も冬物の黒いコートを用意していた。
先に地下駐車場に降りた雪子は、早速ビートルに乗り込み、センターコンソールパネルに、以下のような座標を打ち込んだ。
西暦1959年2月2日
時刻04時00分
北緯61度45分
東経59度26分
目指すは、ソビエト連邦のホラート・シャフイル山の東斜面だ。
事件の概要はこうだ。
イーゴリ・ディアトロフをリーダーとする、ウラル工科大学の学生と卒業生、男性7名、女性2名の一行は、ヴィジャイ村からオトルテン山を目指して出発した。
しかし途中悪天候に見舞われ、吹雪になり、視界の減少により、道に迷ったらしい。一行は西に道を逸れて、ホラート・シャフイル山へ登り始めてしまった。
やがて彼らは誤りに気づき、山の斜面でキャンプを設営する事にした。
全員が登山経験豊富だったので、敢えて何の遮蔽物もない、その場所での設営を決めたらしい。それはトレッキング3級の条件を満たすためであり、そもそも同じ理由で、こんな難ルートの踏破を目指していたのである。
……そして、事件はその夜に起こったのだ。




